乳がん手術後の胸をつくる「乳房再建」という治療。地域格差をなくすには?形成外科医の取り組み

乳がん手術後の胸をつくる「乳房再建」という治療。地域格差をなくすには?形成外科医の取り組み
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増田美加
増田美加
2025-10-24

“健やかで美しい体と心”を手に入れるための最新情報を女性医療ジャーナリストの増田美加がお届けします。10月はピンクリボン月間。東京タワーなど全国のモニュメントがピンク色に点灯しています。10月8日は「乳房再建を考える記念日」。「乳房再建」の確かな情報を全国に伝えるために、啓発活動にも力を入れている富山大学形成外科医の佐武利彦先生。乳がん手術のあとで失った胸を取り戻す「乳房再建」という治療の選択肢があるという情報が知られていない地域もあります。乳房再建の今、について佐武先生に伺いました。

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乳房再建という治療を知って欲しい

「乳房再建」という治療をあまりよく知らない人も少なくないと思います。乳房再建とは、乳がん手術によって損なわれた乳房を取り戻すために行う、形成外科分野の手術治療のことです。乳がんの手術によって、胸のふくらみが損なわれることで、女性らしさの象徴が失われたと感じたり、自分自身を見失ってしまうと感じたり、つらく悲しい思いをする女性は少なくありません。乳房再建手術を受けることで、自分らしい乳房と共に乳がん治療後にも乳がん前と変わらない自信に満ちた人生を取り戻したと感じる人もいます。

また、乳房再建を行うことで、胸の左右差が矯正できて体の左右差や歪みが減少したり、下着着用時の補正パットが不要になるなど、日常生活の不都合が減少することにも繋がります。さらに、手術後の抗がん剤などのお薬の治療にも、前向きに向き合えるという人も少なくありません。

「今、乳房インプラント(人工乳房)、自家組織(自分の体のお腹や背中などの組織を使う)による乳房再建は、保険適用で行える治療になっていますが、乳房再建という治療について地域によって情報格差、医療格差があるという課題を抱えています」と話す数多くの乳房再建手術を行なう乳房再建の第一人者、佐武利彦先生。その現状はどのようなものなのでしょうか?

乳房再建手術には、地域によって医療格差が!

佐武先生は、乳がん経験者の方々と協働して、乳房再建の情報や知識を伝えるための全国キャラバンを行ったり、10月8日は乳房再建を考える日と記念日登録も行って、乳房再建を知ってもらいたいと活動しています。乳房再建の一般の人への啓発活動をしている背景には、乳房再建の地域格差をなんとか埋めたいという思いがあります。都市部と地方で乳房再建手術ができる施設数に差がある現状はどうして起きているのでしょうか?

「大学病院の中には、乳がんを専門に扱う“乳腺外科”という診療科が独立していないところもあります。多くは“総合外科や消化器外科”などの一部門となっています。消化器外科の中で頑張っている乳腺外科医も多く、そういった病院では、マンパワーも不足していて乳がんを治すための治療である乳房切除までしか手が回らず、形成外科医とコラボして乳房再建手術を行える状況になっていない施設も多いのです。

乳房再建を行なうには、乳房再建を志向する形成外科医と、乳房再建に理解のある乳腺外科医の存在がなくてはなりません。乳腺外科医と形成外科医のチームができている必要がありますが、乳腺外科が診療科として独立していない医療施設ではそれが難しいのです。

全国に乳腺外科専門医は2005名(2025年1月現在)、形成外科医専門医は2914名(2022年8月現在)予想されていたより少ない数にとどまっています。国立大学病院でさえ、形成外科の診療部門がない施設がまだまだあるのです。鹿児島大学、旭川医科大学、富山大学などにはここ数年で形成外科部門が新たにできました。

下記の都道府県別の乳房再建率を見ても、東京、大阪などの大都市圏は、乳房再建率が高い現状です。富山、沖縄、広島の再建率が高いのは、乳房再建を行なう熱意ある医師がいる地域だからです。医師が一人いるだけで、地域医療は変わります」と佐武先生。

オープンデータ
森弘樹『乳癌学2024(上)―最新の診断と治療―V.乳房の手術 乳房再建手術の歴史,現況と将来展望』(日本臨床82巻)増刊号6(2024年8月31日発行)より引用改変

なぜ格差が埋まらないの? 形成外科医の不足の問題

2013年にインプラント(人工物)による乳房再建が保険適用になり、乳房再建を行なう医師が増えていくことを期待していました。地域で乳房再建を受けられる医師がどこにいるのかを知りたいと思っている患者さんもたくさん出てきました。乳房再建を行なう医療機関や医師が増えていくかと思ったのですが、乳房再建が保険適用になったあと、医療の現場では、どのような状況だったのでしょうか?

「地方の大学病院の形成外科では、がんの再建医療が主業務で、特に頭頸部がんの割合が高く、ニッチな領域でかつハードワークが求められます。また、少ない形成外科医で多くの診療範囲をカバーしなければいけません。そのため、乳房再建まで手が十分に回らないというのが実際だと思います。これから人口減少が進み医師不足に拍車がかかっていくと、地方の患者さんがよりよい医療にアクセスしたい場合は、乳がんは地元の病院で治療して、乳房再建は首都圏の専門病院という選択肢を考えることも必要になっていくかなと思います」(佐武先生)

まず乳房再建の情報格差を埋めたい

乳房再建の“情報格差”が改善できればずいぶん違います。乳がんになって気持ちが揺れ動いて動転しているときに、“乳房再建”という言葉を知らなければ、そもそも“再建するかどうか”を選ぶこともできません。たとえその医療施設で乳房再建が行えなくても、乳房再建という選択肢があることを伝えてもらい、患者さんが自ら選択して、希望する場合は、乳房再建ができる病院リストや再建情報を得られるサイトなどを紹介するという流れができることを期待します。乳房再建をすることで、術後のQOL改善効果があるという情報も伝えてもらえたらと思います。

「医師は、病気を治すだけの存在ではなく、治療後に後遺症があればそれを解決して、これまでと同じ生活ができるように戻してあげることが大事だと考えています」(佐武先生)

乳房再建の治療は、経済負担を考えたら、1回で乳がん手術と乳房再建手術が同時にできる(一次再建)ほうがいいかもしれません。これが行える施設もありますが、施設によっては全てに対応できないこともあります。そういう場合は、まずがんをしっかり治し、乳房再建は後日、ほかの施設でじっくり行う(二次再建)という選択もあります。

「もちろん、施設によってできる、できないはあるかと思いますが、乳がん手術のときにエキスパンダー(本番のインプラントを入れる前に皮膚や筋肉を伸ばすために入れるもの)だけでも入れてもらうことができれば、術後に胸の喪失感なく過ごすことができますし、次の再建へのステップとなります」(佐武先生)

乳がん
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患者&市民への情報格差を埋めるための取り組み

患者が納得して選べる医療環境づくりには、何が必要でしょうか?

「医療者だけでなく、患者さんの視点をたくさん取り入れて、診療内容の構築を患者サービスの視点からも考えることが大切だと思います。それには、医療機関にも外部有識者の意見を入れる必要があります。患者さんの満足度や達成度などを知る評価制度も導入したいところです。

乳がんの患者さんは、年齢層が幅広く、地方から都市部まで環境はさまざまで広域です。みなさんに一様に情報を届けるようにするは、関係する学会、医療施設、患者さんや乳がん経験者(ピアサポート)からの3方向からの発信が必要だと思っています」(佐武先生)

日本形成外科学会、日本乳癌学会、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会などの関係学会からは、動画、小冊子、ホームページ、地方都市を回っての講演会などの啓発活動が行われています。患者会やピアサポート活動としては、リアル&オンラインセミナー、相談会、小冊子、SNS発信なども行われています。

「いずれも草の根的な活動ではありますが、ジグソーパズルのピースをひとつずつ当てはめていくように、少しずつ広げていくことが大切だと思っています。

乳がん治療によって、自分の体の一部分を失うことで、生活上の不具合、不都合、精神的ダメージ、罹患したつらさを感じます。乳房再建は、それらを解消するために行うことでもあると思います。

乳がん治療による不具合があったとしたら、乳房再建という治療でまずそれを改善して、以前の生活を取り戻すことをお手伝いしたい。乳房再建は、乳がん治療の満足度を高めて、治療後の人生をポジティブに生きるための扉を開くものです。胸を人に見せなくても、治療前の自分に戻って、今までと変わらない人生を生きるために必要と思う人には、大切な治療です。

私たち形成外科医は、がん治療はしませんが、生きていくために必要なものを作るクリエイティブな仕事をしています。単に胸をつくって差し上げるだけなく、患者さんをよりよい人生に導くための大切な仕事だと思って行っています。

患者さんから、“乳房再建があったから、つらい治療を乗り越えられた。乳房再建を受けてよかった”と言ってもらえることが、次の治療に向かうエネルギーになっています」と佐武先生。

乳房再建の医療者の学会である「第13回日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会」が2025年10月30日、31日と富山で行なわれます。この学会に繋げて11月1日、2日と「患者・市民参画プログラム」「ピンクリボンウオーク&トークショーイベント」が開催。富山城もライトアップされる予定です。

「ピンクリボンウオークは、医療者と患者さん、乳がん経験者はもちろん、それだけでなく、乳がん医療を理解していただくために、一般市民のみなさんや行政、政治の人たちにもピンクリボンウオークに参加してもらい、大きな力として一段レベルアップした啓発にしたいと考えています。秋の富山は、美しい景色と美味しい食が満喫できる季節です。 全国からの参加もお待ちしています」(佐武先生)

お話を伺ったのは…佐武利彦(さたけとしひこ)先生

富山大学学術研究部医学系 形成再建外科・美容外科 教授 (診療科長)

久留米大学医学部卒業。東京女子医科大学形成外科、川口市立医療センター外科、2002年より横浜市立大学形成外科、2006年横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科准教授 (診療教授)を経て2020年より富山大学へ。自分のおなかや太ももなどの自家組織「穿通枝皮弁」による乳房再建では国内でも数多くの手術症例数を有し、高い成功率を誇っている。「あたたかく、やわらかく、美しい」乳房再建をめざす。日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 理事。著書に『乳がんを美しく治す』(扶桑社)、『マンガと図解でよくわかる乳房再建』(講談社)ほか。

【第13回日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会】患者・市民参画プログラム&ピンクリボンウオーク2025
開催時期:2025年11月1日(土)~2日(日)
11月2日は、富山国際会議場とその周辺でピンクリボンリアルウオークとオンライン表彰式、フィナーレイベントとしてトークショーなどが行われます。参加費無料。

『ピンクリボンウオーク2025』
上記のイベントをフィナーレとして、スマホアプリで歩いた距離を計測するオンライン型ウオーク&ランイベントを開催。全国どこからでも参加できます。
実施期間:2025年9月23日~11月2日。エントリー期間:10月31日まで。

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