遺伝性乳がん卵巣がんと診断されたらどうする?予防的手術とリスク別乳がん検診の選び方を専門医が解説

遺伝性乳がん卵巣がんと診断されたらどうする?予防的手術とリスク別乳がん検診の選び方を専門医が解説
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増田美加
増田美加
2025-12-06

今、遺伝性のがんについていろいろなことが明らかになっています。遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)は、遺伝性のがんの種類のひとつ。アンジェリーナ・ジョリーさんがHBOCであることを公表して、予防のために乳房や卵巣を切除手術したことでも有名です。乳がん、卵巣がんに罹患した、していないにかかわらず、200~500人に1人がHBOCに当てはまると言われています*1。HBOCの診断に詳しい医師に聞きました。 *1「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)をご理解いただくために ver.2022」JOHBOC2022

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遺伝性の乳がん卵巣がん(HBOC)と診断されたら?

遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)は、乳がんや卵巣がんにかかるリスク(可能性)が非常に高くなることが知られています。もし、あなたが乳がんに罹患していて、遺伝性かどうかを確かめる検査をしてHBOCと診断されたとしたら、まだ、卵巣がんは発症していないけれども、今後発症する可能性が高いため、予防的な対策や予防的な治療は保険が適用になります。

一般的には、保険適用の範囲は、病気と確定してからで、今後かかる可能性がある病気に対する予防医療には健康保険は使えないことがほとんどです。しかし、乳がん(卵巣がんでも同じ)にすでにかかっていてHBOCと診断されている人には、まだ発症していない卵巣がんの検診や治療に対して保険が使えるようになっています。

「たとえば、乳がんとわかったときに、遺伝学的検査をしてHBOCと診断されたとします。治療方針を考えるうえで、HBOCかどうかによって治療(手術方法やお薬の治療)の選択肢が異なってきます。ですから、遺伝学的検査の情報がとても重要になります。これは、HBOCを検査する大きなメリットと言えます。さらに、がんを発症していないもう一方の乳房や卵巣への対策には、“リスク低減手術”と“サーベイランス(定期的な検診)”という方法があります」と戸﨑光宏先生。

リスク低減手術は、がんを発症する前に予防的に、乳房を切除、あるいは卵管・卵巣を摘出することです。乳房の切除後は、希望に応じて失われた乳房を再建する手術もあります。卵管・卵巣を摘出することによって、卵巣がんによる死亡リスクを大きく下げることができます。

すでに、乳がんあるいは卵巣がんを発症していてHBOCと診断された人に対する、予防的なリスク低減手術は、2020年から保険適用になっています。費用は、手術の種類によって異なりますが、乳房切除の場合は15~18万円(1~3割負担の場合)、卵管・卵巣摘出の場合は18~24万円(1~3割負担の場合)が目安です(別途入院費、検査費)。いずれも高額療養費制度の対象にもなります。 

血縁に乳がんや卵巣がんの人が複数いたら?

乳がんや卵巣がんの方が血縁に複数いらっしゃる場合は、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)が疑われます。自分は、乳がん、卵巣がんにはなっていないけれど、遺伝性が心配という人も少なくありません。 

「たとえば、血縁に乳がんや卵巣がんの方が複数いらして、HBOCかどうかを調べていない場合は、まずはがんにかかっている方が遺伝学的検査を受けます。そして、もしも血縁の方のひとりがHBOCと診断されたら、家系内のがん未発症の方も希望すれば、遺伝学的検査を受けることは可能です」(戸崎先生)

がん未発症の人は、HBOCの遺伝学的検査を受けることは可能ですが、自由診療(自費)になってしまいます。下記のHBOCに関連する遺伝カウンセリングを行っている医療機関で相談できます。

【一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)ウェブサイト「認定施設一覧」】 

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がん発症前に遺伝性乳がん卵巣がんとわかったら?

乳がんや卵巣がんのどちらも発症していないけれども、検査の結果、HBOCと診断されたら、どうしたらいいのでしょうか? 

「HBOCとわかった方は、乳がんと卵巣がんのハイリスクの方ということになります。そういう方の対策としては、サーベイランス(定期的な検診)とリスク低減手術があります。HBOCのサーベイランスとは、がんを早期発見するための定期的な検診です。乳がんの場合では、造影乳房MRI検査が優れた検出力を持ちます。それにマンモグラフィを組み合わせた検査を定期的に行います」(戸崎先生)

アメリカを始め世界で多く使われているガイドライン(NCCNガイドライン)では、「1年に1回の造影乳房MRIとマンモグラフィ」とされています。また、ヨーロッパのガイドラインでは「半年ごとの造影乳房MRIと1年に1回のマンモグラフィ」を推奨している場合もあります。

「HBOCなどのリスクの高い方の乳がんを見つけるには、造影乳房MRIがファーストです。超音波検査に関しては、海外では推奨されていません。海外では、そもそも乳がんを見つけるための検査としても超音波検査は推奨されていないからです。ただし、日本の場合には、超音波検査は簡便・被曝なし・安価・日本人は乳房が薄いなどの理由から、“半年ごとの超音波検査”を造影乳房MRIとマンモグラフィに追加して行われていることが多いです」(戸崎先生)

HBOCとわかっても、がんになる前は健康保険が使えない!

前述したように、乳がん、卵巣がんにすでにかかっているHBOCの人は、サーベイランスもリスク低減手術も保険適用されています。しかし、HBOCと検査でわかっても、がんを発症していない人に対しては、がんを発症するリスクが高いにもかかわらず、すべて自費で、保険適用にはなっていません。

現在、HBOCにもかかわらず、がん未発症の方は、すべて保険適用になっておらず、自由診療です。施設によってかなり差がありますが、造影乳房MRIでいえば、約3万円~5万円台。加えてマンモグラフィや超音波についても検査料金は自費になってしまいます。これも施設によってかなり差があります。そのため、HBOCとわかっても、がんをまだ発症していない人の経済的負担は、とても大きくなります。 

「私たち専門家グループは、臨床試験などを行い、国に対して保険適用を認めてもらえるよう活動しています。保険適用になるまではと思い、私が理事長を務めるNPO法人乳がん画像診断ネットワークでは、HBOCでがん未発症の方に対して、保険適用と同等の費用で造影乳房MRI検査が受けられるように、差額分を補助する事業をしています*」(戸崎先生)

NPO法人乳がん画像診断ネットワーク「ハイリスク女性に対する造影乳房MRI検診サポート事業」 

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HBOC以外の遺伝性乳がんや高濃度乳房も、がんハイリスク!

血縁に乳がんや卵巣がんの人がいてHBOCの遺伝学的検査を受けたけれども陰性だった場合、また、乳腺の密度が濃いタイプの高濃度乳房(デンスブレスト)の人などのように、乳がんのリスクが高い人の場合は、今後、どのような乳がん検診を受けていけばいいのでしょうか。一般的な2年に1回のマンモグラフィ検診で本当に大丈夫なのでしょうか?

「日本では海外にあるような乳がんのリスクモデルが作られていません。そのため、正式にはハイリスク、ミドルリスク、ローリスク(平均リスク)と、分けることは困難です。しかし、HBOCの人がハイリスク。次に乳がんを経験した人、血縁に乳がんや卵巣がんの人がいて遺伝学的検査で陰性だった人(HBOC以外の遺伝性のがんの可能性あり)は、ミドルリスク。乳がんのリスク因子が全くない人はローリスク(平均リスク)などと、大まかな分類は可能だと思います。おそらく高濃度乳房は、海外と同じように日本人でもミドルリスクに入ると考えています」(戸崎先生)

ハイリスク、ミドルリスク、ローリスク(平均リスク)に当てはまる人は、それぞれどのような乳がん検診が妥当なのでしょうか?

「ハイリスクの方には、1年に1回の造影乳房MRIとマンモグラフィに加えて、半年ごとの超音波検査。特にリスクがないローリスク(平均リスク)の方は、これまで通り、2年に1回のマンモグラフィでもいいでしょう。しかし、マンモグラフィ検診だけでは日本人の乳がん死亡率が減らないのでは、と近年盛んに議論されています。個人的には「1年に1回のマンモグラフィと超音波検査」が安全だと考えています。

ミドルリスク(乳がん経験者、HBOCではないが乳がんになった血縁者が複数いる、高濃度乳房)の方は、明確な基準がないですが、上記の中間。つまり、「造影乳房MRIを1年に1回、または2年に1回」「年1回のマンモグラフィと超音波検査」を加えて行うことが妥当だと私は考えています。

私の所属する相良グループのさがら病院宮崎では、乳がん術後の方には、造影乳房MRIは2年に1回、マンモグラフィと超音波検査は年に1回です。また、私のハイリスク外来(銀座医院)では、ミドルリスクの人には、造影乳房MRIは年に1回、または2年に1回、マンモグラフィと超音波検査は年に1回行っています」(戸崎先生)

【リスク別検診(リスク層別化検診)の考え方の提案】(戸崎先生)

ハイリスク:
「1年に1回の造影乳房MRIとマンモグラフィ」+「半年ごとの超音波検査」

ミドルリスク:
「造影乳房MRIを1年に1回、または2年に1回」+「1年に1回のマンモグラフィと超音波検査」

ローリスク(平均リスク):
「1年に1回のマンモグラフィと超音波検査」 

これまで、乳がん検診のすすめとして、よりよい乳がん検診はどのようなものか、という情報を発信してきました。40歳からマンモグラフィ検診2年に1回は、ローリスク(平均リスク)の人に向けた情報です。しかし今は乳がんと遺伝、易罹患性についての研究からHBOCの人だけでなく、HBOCではないけれども血縁に乳がんの人が複数いる人、高濃度乳房(デンスブレスト)のようにマンモグラフィでは乳がんが発見しづらい人など、さまざまなリスクの人がいることがわかってきました。

戸崎先生のお話から、“リスク別”に自分に最適な検診の提案をしてもらわないと不十分だということが理解できます。自分のリスクはどのくらいかを知るためにも、リスクをどのように設定するかは、専門家の議論がまだ必要です。でも、これまでのように、みんなが“平等”に一律に同じ検診を受けるという考え方から、一人ひとりのリスクに応じた“公平”な検診を受けるという考え方に変えていく必要があると思っています。

お話を伺ったのは…戸﨑光宏(とざきみつひろ)先生

相良病院 放射線科主任部長、昭和医科大学医学部 放射線医学講座客員教授
東京慈恵会医科大学卒業。東京慈恵会医科大学放射線科助手ほかを経て、ドイツ イエナ大学放射線科留学。亀田総合病院乳腺科部長(診断担当)、亀田京橋クリニック診療部部長。東京慈恵会医科大学放射線科非常勤講師兼務、昭和医科大学医学部放射線医学講座放射線科学部門客員教授。日本医学放射線学会専門医、日本乳癌学会評議員、NPO法人 乳がん画像診断ネットワーク(BCIN) 理事長、一般社団法人 乳腺画像・研究診断支援グループ代表理事。

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