【昭和生まれ・40代のリアル】限界と無気力、その先に…「諦める」ことで見えた意外なもの

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【昭和生まれ・40代のリアル】限界と無気力、その先に…「諦める」ことで見えた意外なもの

井上敦子
井上敦子
2021-03-10

40歳を過ぎると、若い頃とは性質の異なる無力感を感じる方も多いようです。歳を重ねて、自分という存在や立ち位置を理解したからこそ感じる無力感。それは自分の限界が見えた時に感じる境地なのかも知れません。今回は、人生折り返し地点に立って「諦める」とこについて考えてみました。

自分像がはっきりと見えてくる40代

20代から30代前半の自分を思い返してみると、自分の描く自分像がアンバランスで揺れていたように思います。自分には可能性が無限にあるのだと思える日もあれば、自分という存在がちっぽけで何も出来ないように感じる日もある。そんなアンバランスさは、自分のことを理解していないがゆえの苦しさだったのかも知れません。

それに比べると40代半ばの現在は、自分という存在への理解が深まったと感じています。自分に出来ること出来ないこと、合うこと合わないことがはっきりと分かってきた。可能性が無限ではないと知った代わりに、自分に可能なことが明確に見えてきた。自分への理解が深まる40代は、等身大の自分像が明確に見えてくる時期なのでしょう。

諦めて、守りに入って…40代の無気力

一方で、自分像がはっきりしてきたからこそ感じる苦しさがあります。同世代の人たちと話していると、「自分の限界」を知ることが無力感に繋がっているようです。人生の折り返し地点に立って、元気なうちに出来ることは限られているのだという現実を突きつけられる。欲しいと願っても手に入らないものがあるのだとはっきりと理解できてしまう。あぁ、もう私は若くないし、無限の可能性なんてないのだと。

私もその一人です。若い頃は諦めながら生きるなんて絶対に嫌だと思っていたはずなのに、今の私は諦めることにすっかり慣れてしまいました。子供を持つことを夢見ていたけれどそれはもう叶いそうにないし、身体へのダメージが怖くて新しいヨガポーズにはチャレンジしなくなりました。昔は想像できなかったけれど、完全に守りに入っている!もっとチャレンジしながら若々しくいたかったのに!でもそういった「諦め」は、新たな境地の幸せをもたらしてくれるのだとも感じているのです。

等身大でやっと始められる!

『諦める』というと、ネガティブなイメージを持たれるかも知れません。でも私は、諦めることから始まる幸せがあるのだと、最近はとても前向きに捉えるようになりました。私はヨガの講師ですが、ヨガでは「自分が無力な存在であると認める」ことから人間は更に成長できるのだと教えます。限界を知って諦めることで、エゴを手放すことが出来る。自分の限界・自分という枠を知るから、その枠の中で精一杯生きようという覚悟が持てる。

自分像が等身大に整った40代。この歳になってようやく、ありのままの自分で生きることが始まった気がしています。諦めや覚悟が必要だったけれど、等身大であることはとても潔くて気持ちが良い。心地よく生きるスタート地点に立てたのだな…そう思うとこれから歩む道のりが楽しみです。

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井上敦子

井上敦子

15年間の会社員生活を経てヨガ講師に転身。不眠症をヨガで克服した経験を持つ。リラックスが苦手だった経験から、ヨガニードラを通じてリラックスの本質を伝えるクラスを展開。週に8本のヨガニードラのレギュラークラスを持つ他、指導者養成講座やコラム執筆等ヨガニードラの普及に努めている。

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