孤独の正体|40代の私たちが感じているもの【#40代のリアル】
40代になってから、理由ははっきりしないのに、ふと「孤独」を感じる瞬間が増えた気がしています。誰かと関わりながら日々を過ごし、生活も人間関係もそれなりに整っている。それなのに、言葉にしにくい感覚がふっと立ち上がってくるのです。この孤独は、「誰かがいないから感じるもの」とは、少し違うように思います。
40代の孤独は、分かりにくい
若い頃の孤独は、ひとりでいる寂しさや、居場所のなさとして感じることが多かった気がします。理由も、状況も、比較的はっきりしていました。
けれど私が40代で感じてきた孤独は、少し種類が違うのです。誰かと関わり、社会の中で役割を持ち、日常をきちんと生きている。それでもなお、自分の内側にだけ、取り残されたような感覚が残る。この分かりにくさこそが、40代の孤独の特徴なのかもしれません。
孤独とは、何なのでしょうか
では、この孤独は、ひとりでいる寂しさと、何が違うのでしょうか。孤独とは一体、何なのでしょうか。
私は、孤独とは「ひとりでいること」そのものではなく、自分とあまり仲良くなれていないときに感じるものなのではないかと考えています。誰かと話し、笑い、役割を果たしながら日々を過ごしていても、ふと、自分の本音や奥の感覚から少し離れていると感じる瞬間がある。そのときに現れるのが、40代の成熟した孤独なのではないでしょうか。
役割をこなすだけでは、足りなくなるとき
40代になると、役割をこなすことには慣れているのに、それだけでは足りない感覚が出てきます。仕事や人との関わりを続けながら、同時に、「私はこの生き方に、ちゃんと納得しているだろうか」と、自分の内側への問いが始まる。
それは、何かが足りないからというよりも、自分の人生を、自分のものとして引き受けられるようになった時に起きる自然な変化なのかもしれません。外側に幸せを求めていた生き方から、内なる喜びや充足感に重きを置き始めたという、精神的成熟へのシフトだとも考えられます。
孤独は、自分とのズレを教えてくれる
孤独は、ひとりでいるから感じるものだとも限らない。誰かと関わり、日常をちゃんと生きているのに、どこか自分自身と噛み合っていない。その小さなズレが、孤独という感覚になって現れるのだと思います。
ヨガでは、意識が外に向きすぎると、人は迷うと考えます。何かを失ったから苦しくなるのではなく、自分の中心から少し離れたときに、違和感として現れる。孤独もまた、その違和感のひとつなのでしょう。
この種類の孤独は、自分と距離が空いたことを教えてくれる感覚かもしれない。だからこそ孤独を感じたときは、自分の真ん中を確認したり戻ったりするチャンスなのだと思うのです。
40代はまだ、完成した自分を生きる年代ではないのだと思う。役割を引き受けながら、立ち止まり、確かめ、選び直しながら、自分の人生を生きていく時期。孤独は、その途中で感じるひとつの感覚。ひとりでいる寂しさと混同せず、自分との関係を整え直すサインとして受け取って、自分自身との関係性をより良いものにしていけたらと思うのです。
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