誰も傷つけない発言なんて、無理に近い。傷つく前に考えたい“悪意”のこと|前川裕奈さん×小原ブラスさん【後編】

誰も傷つけない発言なんて、無理に近い。傷つく前に考えたい“悪意”のこと|前川裕奈さん×小原ブラスさん【後編】

容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り+α」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。 第24回は、テレビコメンテーターやコラムニストとして活躍するタレントの小原ブラスさんをゲストにお迎えしました。ロシアで生まれ、幼少期から日本で育ったブラスさんがルッキズムについて感じていることを中心におしゃべりしました。

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誰も傷つけない発言なんて、きっと難しい

——前回、ルッキズムをむしろ強みに変えてきた、というお話しになりました。一方で、実際に見た目だけで人種や言語などの能力を決めつけられて嫌な思いをしている人もいるなかで、どのようにコミュニケーションを取っていけばいいんでしょう?

小原:そうですよねえ。やっぱり「この人は言われても気にならない」とか「同意が取れている」ということが見えづらいですよね。最近はテレビの世界でもルッキズム発言などが厳しくなっていますけど、バラエティ番組においてはお互いの許容範囲を見極めた上でやっています。だから成立するんだけども、それを視聴者側はわからないし、マネしてもいいんだとなってしまうのが問題ですよね。

前川:芸人やタレントの「いじり」などが代表例ですよね。彼らにとっては、当人同士のコンセンサスがあるし、エンタメのプロの舞台上で行われているわけだけれど、それを「おもしろいんだ」と思ってクラスや職場で言えば、傷つく人がいる。同じ発言でも笑う人もいれば、傷つく人だっているということで。

それでいうと褒め言葉も似てるんですよね。褒めたつもりで「痩せたね」と言うことも、相手がダイエット中であれば嬉しい言葉かもしれない。けれど、病気で痩せた可能性や、大きくなろうとしてるのになれなくて褒め言葉として受け取れない場合もあります。

小原:まさに。私は筋トレして増量したいのに「また痩せた?」って言われると、「筋トレ失敗してますね」と言われたような気持ちになりますね。でも一方で、「人を傷つける発言はしません!」なんて言えないな、とも思うんですよ。

前川:そうかもしれませんね。「痩せた?」の一言でも受け取り方が単一ではないように、いじりも褒め言葉も、どんなニュートラルな発言も、相手の受け取り方や状況次第ではまるで違うものになってしまいますもんね。さっき話した「どこから来たの?」という、一見なんてことないような質問ですら、私たちの間でも受け取り方がばらけましたしね。

小原:ハゲてる人が傷つかないように「ハゲ」をネタにしないようにって言うけれど、じゃあ例えば「ウンコ漏らした」みたいな話で笑いを取るのはどうなんでしょう?テレビを見ている人のなかに、排泄に難を抱えている人がいたらネタにされて傷つくかもしれない。どんなことを言っても、誰かが傷つく可能性はあるわけです。

対談する小原ブラスさんと前川裕奈さん

前川:世の中の流れ的に、発言する側への責任にかなり寄っていますよね。もちろん発言する側が気をつけるべきことはありますけど、受け取る側も自分の心を守る術を身につけていかないといけないと思います。

小原:受け取るときに「悪意があるかどうか」を自分のなかでフィルターにかけてみるといいと思います。偏見によって言われることでも、そこに“悪意があるかどうか”って、私はわかるんですよ。「悪意のない言葉が一番悪質だ」と言う人もいるけど、私はそうは思わなくて、悪意があるかどうかが重要。悪意がなきゃ何を言ってもいいわけではないけれど、それで少しは、傷つき度が変わりますね。

そこに「悪意」があるかどうかを見極める

前川:以前、「新幹線でハンドクリームを使ったら『日本では、こういう場では(香りのするものは)使わない』と怒られた」という話をSNSに書かれていましたよね。そのときは、どんなふうに対応したのかなって気になっていて。

小原:そう、「マナー違反だ!」って言われて、特に昨今は「外国人は日本の文化を守れ」みたいな風潮が強いので、そう言われたんだと思うんですけど。でも、そんなルールないじゃないですか?だから「え、日本にそんなルールないけど?!」って言い返して使い続けました。「お前はここの人間じゃないから、言うことを聞け」という意味で言うのは、もう悪意あるんですよ。言葉の底に悪意があるかないかはものすごく大事だと思います。

前川さんを見て話す小原ブラスさん

——誰かの悪意や発言で傷ついて「自分が外国人だから」「自分がこの見た目だから」と思ってしまう人には、なにかお二人からアドバイスはありますか?

小原:うーん、「ポジティブに1回とらえてみなよ」とかは言いたくないよね。それは自分自身で向き合わなきゃいけない、悲しみきらなきゃいけないことなのかもしれない。 

前川:あまり実用的な方法ではないのだけど、悲しんだり悩む回数が多いほど、自分でだんだん対処の仕方がわかるようになると思います。若い子にとっては絶望的なアンサーかもしれないんですけど、経験や年齢を重ねると良くなるって言うのはある気がしてて。決して「時間が解決する」という受身なものではなく、ね。悩んでる人ほど、自問自答する機会も多いと思うんです。そうすると状況がだんだん俯瞰視もできるようになってくるというか。

私も20代の頃は、周りに認めてもらわないといけないという価値観が強かったので、摂食障害にもなったし、言葉の受け取り方がすごく下手だったと思うんです。でも、今は「私がこの生き方を選んでるからいいんだ」と思えるくらい、ちゃんと自分のことが好きになれた。年齢を重ねていい意味で 諦めもついてくるし、周りに認めてもらわなくても自分の成功体験を認めてあげられるようになってきました。

小原:本当にそう。よく考えたら、子どもの頃って同世代からの言葉って対等だから傷つくんだけど、今もし子どもに何か言われても「なに言ってるの?」と笑えるじゃないですか。世間に対しても、同じような感覚が持てるようになるんですよ。最初は「世間がすべてなのに、否定されたらどうしよう」って、受け入れられたくてしょうがない。けど、もう今は「世間よ、震えて眠れ?怯えて暮らせ?」っていう気持ち(笑)

笑って話す前川裕奈さん

自分に向き合って選んでいれば、ちゃんと人生を歩んでいける

——この連載でも、いつも「自分軸を持つ」という話に着地することが多いんです。まさに今のお話も、生まれ持ったものの捉え方や社会からの物の受け取り方を、「自分で選ぶ」ということなのかなと。

小原:世間から評価を求めていても、そのとおりに答えてくれることばかりじゃないんですよね。たまに欲しいものもくれるけど、いらないものとかも混ざってる。だから、そこから自分が受け取るものは自分で選べたほうがいいですね。

不幸だと思ってしまうのは、いろんなものが落ちている道で、あえてウンコを見つけて「うわ!」と指差したり、踏んづけたり匂い嗅いだりするような状態なんですよ。そんなの見ないで跨いで通り過ぎることができたらいいなって思うんです。

前川:良いものと悪いものがミックスされている人生のなかで、それをどう解釈し、調理していくかで人生の彩りって変わる気がします。さっきの「発信する側はもちろん気をつけるけど、受け取り側も変わっていかないと」というのはまさにそれ。「悪いもの」が自分に降りかかってきた時に、それをウンチのように跨いで通り過ぎたり、もしくはいっそのことプラスに変換するスキルを磨いていけると、自分を楽にさせてくれますね。

けれど、そもそも「自分で考える」という感覚がない人が、年齢関係なく最近は多いような気がしますね。質問しても自分なりの答えが返ってこないで、一般的な正解を言おうとしたり、まずはネットに答えを求めにいったり。

小原:江戸時代とか、昔は本当に暇だったらしいじゃないですか?今はもう、ネットを開けば世の中大地獄!みたいな感じで、いろんな怒りや感情を与えられて、ショート動画が次々に流れてきて、とてもじゃないけど自分と向き合う時間がないんですよね。意識的に「自分はどう思ってるんかな?」って静かに振り返る時間が大事ですよね。

自分の考えがしっかりしていれば、どんなに違う意見とぶつかっても、悪意で叩かれても、自分を信じられる。世の中からルッキズムやカテゴリに当てはめられても、ちゃんと自分の人生を歩んでいけると思います。

対談する小原ブラスさんと前川裕奈さん

前川:世間からの評価もあるし、例えば、恋人や好きな人という特定の人からの評価を求めてしまうこともありますよね。特に恋愛はそういうふうになってしまうことが多いんじゃないかと思ってて。特に学生の頃とかって、好きな人の好みに自分を寄せてみるみたいなのって多くの人がしたことある気がするんですよね。

小原:ありますね。逆に無理して奇抜な格好して自分らしさを失うのも違くて、いわゆる普通の格好が自分のしたい表現と合ってたら、それでいいんですよね。

前川:本当にそう思います。ルッキズムに反対していると、奇抜だったり個性的だったりするイメージがありますけど、全然そうである必要はないですよね。たまたま自分が心地よいビジュアルがいわゆるマス受けするものなだけかもしれないし、流行に乗った格好が好きならそれでいいし、やっぱり自分の感覚で選んでいることが大切。

小原:「自分ダメなのかな」って落ち込むときもありますけど、そういうときに私は「じゃあ小原ブラスじゃないほうがよかった?」って自分に聞くんですよ。そうすると、やっぱり「違う人じゃなくて小原ブラスがいいな」って思うんです。

前川:私もそう思います。自分が一生懸命向き合ってきた結果の自分ですしね。時間はかかるかもしれないけれど、そう思える人たちが増えていったらいいなと思います。そして、そんな唯一無二な小原ブラスさんに、今日は出会えてよかったなと思います!

横並びにソファに座ってカメラを見るおふたり

Profile

小原ブラスさん

ロシアのハバロフスクで生まれ、6歳の時から兵庫県姫路市で育つ。コテコテの関西弁を話す外国人というインパクトに加え、 「めんどくさい」「ひねくれ者」と評される程の独特の視点を活かしたコメントが彼の魅力。 ゲイというセクシャリティをオープンにしており、幅広い層から支持を集める。 コテコテの関西弁で、ライトな話題から政治・社会問題までを鋭く斬り注目を集め、テレビコメンテーターとしても活躍。コラムの 連載を多数持ち、外国人の目から見た日本の疑問点や違和感を率直につづる。2022年より、「一般社団法人外国人のこども 達の就学を支援する会」の理事長に就任。

前川裕奈さん

慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。

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撮影/Poko

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対談する小原ブラスさんと前川裕奈さん
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