しゃべるっきずむ!多様性や配慮あるマンガは“面白くない”?前川裕奈さん×トミヤマユキコさん(3)

 しゃべるっきずむ!多様性や配慮あるマンガは“面白くない”?前川裕奈さん×トミヤマユキコさん(3)
しゃべるっきずむ!

容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。

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第10回目は、マンガ研究者のトミヤマユキコさんと語る「マンガ×ルッキズム」について。マンガ好きのおふたりの会話から見えてくるのは、「今までそんなふうにマンガを読んだことなかった…!」という分析の嵐!どうしても容姿を描かざるを得ないマンガをとおして、ルッキズムについて考えます。

美男美女だから多様性がない……わけでもない。

トミヤマ:前回は「美人じゃない主人公」が可能かどうかって話をしたんですけど、「美男美女ばかりのマンガには多様性が描かれてないか」というと、全然そんなことはなくて。『美少女戦士セーラームーン』のキャラクターは全員とにかく美形だけど、実はあれほど多様性に満ちたマンガはないじゃないですか。

セーラームーン
『美少女戦士セーラームーン』(著:武内直子/刊行:講談社)

前川:同性カップルや血縁によらない子育てなど、連載当時にしたらかなり先陣を切ってますよね。男性であるタキシード仮面が足を引っ張って(笑)、セーラームーンに助けてもらう描写もすごく好きです。

トミヤマ:そうそう。戦う女の子が男勝りだったり女を捨ててるわけではないし、弱い男性が格好悪いとも言ってないですよね。「マモちゃんが世界一の王子様だ」って、うさぎちゃん(主人公・月野うさぎ)は言い続けているわけで。単に美男美女しか出てこないから呪いがかかるかっていうと、別にそんなこともないのかなと思います。

前川:たしかにそうですね。同じく『なかよし』で連載していた、『カードキャプターさくら』もかなり先進的でしたよね。公言こそしていないけど、同性愛や父子家庭、国際恋愛、年の差なんかも。ビジュアルに関係なく、多様性を教えてもらった作品です。

トミヤマ:講談社のつよつよヒロインの系譜がありますよね……!

過去の作品を読み、世代を超えて会話できる時代に

前川:そう思うと、時代に合わせてマンガの作画や内容が変わるのと同時に、読む側の捉え方が変わっていくこともありますね。

トミヤマ:そうですね。昔はそこまで人気が出なかったけど、今読むとめちゃくちゃいい ……!みたいな作品が再評価されることもあります。

前川:私は初対面の方と会話をするのが苦手なんですけど、同じマンガを読んでいるだけでいろいろ話せるから助かっています。マンガはどんな人でも読みやすいメディアだからこそ、相手や世代が変わっても同じ作品を楽しむこともできるのが嬉しいですね。

トミヤマ:それはすごく感じますね。少し前まで、学生の親世代はマンガを卒業しているケースが多かったんですね。最近は親もまだまだ現役でマンガを読んでいて、私が授業で話したマンガも「家にあります」みたいなことが増えていて。私の授業をきっかけに、「あのマンガを読んでお父さんはこう思ったよ」みたいな会話ができることもあるみたいです。

前川:めちゃくちゃいいですね。

トミヤマ:日本ではもう「マンガは子どものもの」という世の中ではなくなりましたね。若い人も「古い作品だから読まない」みたいなことがないし、過去の作品のこともよく知っているので授業もやりやすいです。ルッキズムで言えば、坂井恵理先生の『鏡の前で会いましょう』とか、今の人たちにもぜひ読み返してもらいたいですね。2016年に最初の単行本が出ているんですが、今の時代だったらもっと売れたんじゃないかな。

前川:そういう「時代が追いついていなかった」みたいなものが、きっとたくさんあるんだろうな。

トミヤマユキコ 前川裕奈

マンガの内容も少しずつ変わりつつあるのでは

前川:最近、時代の変化を感じたのが『GALS!!』。小学生の頃、みんなが憧れていたあのギャルたちが令和の時代に戻ってきたという内容なんですけど、その一場面で、いわゆるイケメンでモテる男子に対して蘭ちゃん(主人公・寿蘭)が「みんながかっこいいと言ってても、私の物差しでは違う」と言い切るシーンがあるんですね。もともと自分の意志がはっきりしている蘭ちゃんはかっこよかったけど、令和版にそういう描写が入るのがすごくいいなって。

GALS
『GALS!』と、令和になって帰ってきた『GALS‼︎』(ともに、著:藤井みほな/刊行:集英社)

トミヤマ:いい話ですね。それで思い出したんですけど、私は“イケメン”って言葉に、意外とルッキズムを解体する効果があるのではないかと思ってるんですよね。「残念なイケメン」「態度がイケメン」などのいろんな使い方が出てきたじゃないですか。

前川:ほうほう!確かに「イケメンの無駄遣い」とか言いますね。

トミヤマ:「ハンサム」や「男前」にはそんな使い方はしなかったのに、「イケメン」は絶対の価値とかじゃない使い方になったというか。「私からすれば“残念なイケメン”でしかないから」と言えてしまうことがすごく大きくて、100人が認める王子様でも、お姫様がそう思わなければ意味がないという時代になっていくのかなと思うんです。巨漢男子の恋愛を描いた『俺物語!!』などはすごくわかりやすい例かなと思います。

前川:自分が決めていいんだ、という。

トミヤマ:そう。例え最終的に美男美女がくっつくことになったとしても、自分が主体的に選んだ結果だというのが大事なポイントになってくるんじゃないでしょうか。

ルッキズムに配慮しても、マンガはおもしろくできる

前川:『GALS!!』を始め、私のコラム『ルッキズムひとり語り』では、特にルッキズムがテーマではない作品のなかから社会課題に触れていくものなんですね。マンガを読むときに社会課題を探しに来てる人は少ないですから、人気の王道作品のなかに小さなヒントを盛り込めるのがすごくいいなと思っていて。トミヤマさんとも、そういう作品についてお話ししたいなと思っていたんです。

トミヤマ:王道作品でルッキズムを考える描写だと、やっぱり『鬼滅の刃』の甘露寺蜜璃ですよね。いわゆる女の子っぽいビジュアルで、胸の露出もあって。「また少年マンガの女性キャラが、描く必要のない谷間で読者へのサービスを……」みたいに一瞬身構えるんだけれど、あれはちゃんと彼女のなかで理由がある。たとえ男に媚びているように見える格好であっても、そこにちゃんと理由や意志があるかもよ、というメッセージが入ってたんです。

鬼滅の刃
『鬼滅の刃』(著:吾峠 呼世晴/刊行:集英社)

前川:物語のメインは、あくまでも炭治郎(主人公・竈門 炭治郎)たちだけれど、そういう描写が散りばめられているだけで、物語も考えも深まりますよね。過去にコラムにも描いた、『劇場版シティーハンター』での槇村香が胸について言及するセリフも推せました……!「巨乳」と言われることが嫌だと思う人もいるかもしれないんだよ、とサラッとつっこむシーンがあって。

トミヤマ:別に主人公の冴羽獠をすっかりスケベじゃないキャラにする必要はなくて、別の角度からしっかりツッコミが入ることが重要なんでしょうね。それは別に作品をつまらなくすることではないと思いますし、面白さと価値観のアップデートを同時にやってのけるのがプロの仕事なはずですよね。「全部ハラスメントって言うからもう何もできない」とかじゃなくて、むしろもっとおもしろくできるはずだと前向きに取り組んでもらいたいなと思います。

前川:「ルッキズム」という単語の認知が広まりつつある一方で、その解釈が人それぞれにもなってきたから「何も言えない」みたいな人も出てきたと感じます。なんの話も表現もできないとか、好みも持つことすらダメなのかとか。

トミヤマ:そうですよね。日本ではルッキズムが美醜の話ばかりに偏っているけれど、実際は人種も含めた“差別”の話なんですよね。もちろん人のことを美人だブスだと言うのはやめたほうがいいんだけど。ただ単純に「美人かブスか」みたいな話で終わらせるのではなく、私たちも早く勉強して次の段階にいきたいですね。マンガの世界にも、いろいろなルーツを持った人が出てくる作品が増えてきたので、いろいろな展開が楽しみではあります。

前川:性的マイノリティがさらりと出てくる描写も増えたなと感じます。前回も話に出た『海が走るエンドロール』でも、最初に美大生の海くんが中性的で男女どちらかわからない、みたいな描写が本筋とは関係なくサラッと描いてあって。性別だって見た目で判断できない、みたいな要素がすごくいいなって。

トミヤマ:そういう細部を読む喜びはありますよね。気づかない人もいるかもしれないけど、丁寧に読んでいる人や必要としている人は「これすごい大事なこと書いてある」と気がつくこともある。何重にも仕掛けられたおもしろさがありますよね、マンガって。おしつけがましくなく表現できるのが強みだからこそ、逆に『ブスなんて言わないで』のような、ド正面からテーマを考えていくものもありますし。いろいろな手法や視点のマンガがあるのもいいなあと思います。

前川:本当にそうですね。トミヤマさんや私が書いているマンガを絡めたコラムも、そういったマンガとの出会いや新しい視点を生んでいるのかもしれません。マンガの話は尽きないですね。今回は本当にありがとうございました!

トミヤマユこ

トミヤマユキコさん

1979年生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある。

前川裕奈さん

慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。

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