フォトグラファーが感じる多様な美への社会の移行|前川裕奈さん×ビュックギュゼル レジェップさん
容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。
第16回は、主にストックフォトを撮影するフォトグラファー・ビデオグラファーのビュックギュゼル レジェップさんにお越しいただきました。
人の“容姿”を撮影するレジェップさんが考える「美」とは、一体どのようなものなのでしょうか。日々進化し続けている加工技術や生成AIについても、おしゃべりしながら考えを深めました。
最初は容姿を“売れるよう”に加工していたことも
前川:レジェップは、私が立ち上げたフィットネスウェアブランド kelluna.のクリエイティブ全般を撮影してくれているフォト・ビデオグラファーです。さまざまなモデルを撮影しているクリエイターとして、フィルター越しに捉える美について話ができたらとゲストに来てもらいました。kelluna.のような撮影以外では、レジェップの撮影したものを様々な企業が購入できる形になっているものもあるよね。そういう写真は、どんな場所で使われることが多い?
レジェップ:本当にいろいろなところだけど、メインは企業の広告だね。新聞やウェブ記事で使われたり、電車の中で見かけたり。基本的には、広告に使えそうな写真を自ら撮って、ストックフォトとしてコンテンツを管理する会社に掲載、販売している形。
前川:kelluna.の撮影時のように「こういう用途の写真を撮ってほしい」と言われて撮影する場合と、自分で撮り溜めたものを販売する場合があるんだよね。レジェップはプロのモデルだけでなく、一般の人を撮影することも多いよね。フォトグラファーとしていろいろな人を撮影してきて、ルッキズムについてはどう考えてる?
レジェップ:もう10年以上前だけど、撮影を始めたばかりの頃はルッキズムについてあまり考えていなくて、モデルさんの顔をフォトショップでいじったりしてた。「こっちのほうがきれい」と思って変えていたわけではないけど、「広告的にこういうほうが売れるだろう」というバイアスに合わせて変えていたのも、ルッキズムだったなって。反省してます。
前川:そうだったんだ。そこから、あまりいじらなくなったのはどうして?
レジェップ:撮影しながら私自身が「多様な美しさ」に気づいていったこともあるし、写真を販売している会社から「人々が共感できるような写真を」と言われるようになったこともあると思う。会社が用意してくれた講習などを受けながら、徐々に。
前川:広告写真を販売する会社の意向が「多様な美」に向かっているのは、希望だよね。
レジェップ:そうだね。それはやっぱり社会全体のトレンドが変わったからなんだと思う。消費者の人たちがリアルを求めているから市場が変わって、表現も変わってきたんじゃないかな。私が駆け出しだった頃の写真を見ると、いわゆる「ザ・白人」という感じのブロンドヘアーで青い目のモデルさんの需要ばかりだったから。
前川:今は「家族写真」などで検索しても、本当に多様な写真が増えたよね。
レジェップ:最近は逆に「いろいろな見た目の、リアルな姿を撮ってください」と要求されるようになっているから、世界的なスタンダードが変わりつつあるのは感じるね。私はもともとジャーナリストを目指して写真を始めたので、人々のリアルな姿を撮影するのが好き。だから、今はもっと撮影が楽しくなったね。
世の中の人々は、ハリウッドスターとは違うから
前川:広告写真がより“リアル”を求めるようになったのは、どうしてだと思う?
レジェップ:やっぱり「共感できるから」じゃないかな。世の中のほとんどの人たちはハリウッドスターのような見た目ではないわけで、広告にモデルが出ていても自分とは一致しないはずなんだよね。最初はアメリカで人種問題から始まった「多様な人々が共感できるように多様性を取り入れよう」という流れが広まっているんだと思う。
前川:なるほど。「多様性に配慮しよう」というだけではなく、広告の機能としてそのほうがメリットがあると思われ始めてるんだね。kelluna.のイメージ写真も、フィットネスウェアだからといって筋肉質な人や痩せている人だけを集めたいと思わなかった。“Beauty comes from self-love”というコンセプトとも相まって、多様な容姿のモデルさんに来てもらったことで、お客さんからも「自己投影しやすい」と言ってもらえてるよ。
レジェップ:私もブラッド・ピッドが出ている広告を、自分と重ねて見ることはないもんね。それは肌の色や人種だけでなく、ボディタイプや障害の有無、ジェンダーの多様性などいろいろなところに言えることだと思う。
前川:一方で、以前ある学生が「アバクロンビー&フィッチの筋肉隆々のモデルを見て『ああなりたいな』という憧れで商品を買うこともあると思うけれど、kelluna.ではそういう戦略には乗らないのですか?」と意見をくれたんだよね。すごくいい質問だなと思って。
レジェップ:それこそ「多様性」だよね。別のボディタイプの広告が増えたとしても、マッチョに憧れる人に向けた広告やブランドがなくなるわけではない。マッチョに憧れる人はkelluna.を買わないかもしれないけれど、それでいい。
前川:選べることが大事だし、あとはそれぞれのブランディングの仕方だよね。クリエイティブにおいても「何かを否定する・排除する」という考え方がNGっていうことなんだと思う。
撮影を通して「それぞれの美」に気づいてほしい
前川:私も何度かレジェップのストックフォト用の撮影にモデルとして参加したことがあるけれど、知り合いから「あの広告に出てたね!」と連絡をもらうことがあるよ。
レジェップ:ストックフォトとして販売する場合は、会社が管理しているので、クリエイターやモデルさんにはどこで使われているのか知らされることはないんだよね。
前川:おもしろい仕組み。今までの仕事で、印象に残っている撮影や写真って何かある?
レジェップ:一番インパクトがあったのは、片足が義足の方がスタンドアップパドルボード(SUP)をしている場面を撮った写真。ただでさえ難しいはずのSUPを片足で、とても楽しんでいる表情が撮れた。それがある大学の「進路を選ぼう」という広告に使われたんだ。
前川:ウォータースポーツや障害福祉ではなくて、教育機関やキャリアの方面で使われたんだ!
レジェップ:そう!「できるぞ」という力強いイメージとして選ばれたのが私も嬉しかったし、本人もすごく喜んでくれて。もともとは「自分は義足だし、他の人を撮ったほうがいいんじゃないの?」と言うほどの人だったんだけど……。
前川:撮られた本人にとっても、自信につながる大事な経験になるよね。

レジェップ:私が一般の人にモデルを頼むと、多くの人が「自分が広告のモデルなんて……」という反応なんだよね。広告に載るのは、女優やモデルのように“きれいな”人じゃないといけないという先入観があるから。
前川:自分の容姿に自信がない人だったら、なおさら難しいと思っちゃうかも。そういう人たちにどうやってアプローチして撮影するの?
レジェップ:冒頭で話したような「私たちは社会で定義された“美”ではなくて、リアルを求めている」という話をする。「そのままのあなたが撮りたい」とお願いすると、「それならやってみようかな」と思ってもらえることも多いかな。私から見た、それぞれの本物の美しさを撮りたい。
前川:レジェップの写真は本当に素敵だから、撮影を通して自分の美しさに気づくきっかけになると思う。

レジェップ:「あなたはあなたのままで美しいよ」と気づかせてもらえるきっかけがない限り、なかなかそう思えないんだよね。そして、今の日本社会ではそのきっかけがほとんどないと思う。
前川:親とかだったら言ってくれるかもしれないけど、それもほとんど効力ないしね……。
レジェップ:むしろ、他者から容姿をいじられたり、何か背丈や顔立ちのことを言われた経験が心のなかに残ってしまう人が多い。それで「自分なんて」と思ってしまうのは、もったいないことだよね。
前川:私も、それを覆してくれる相手や言葉に出会えたらいいなと思いながら発信してるよ。この対談連載も、少しでもそういう言葉を届けていきたいなと思ってます。

*次回、フォトグラファーが直面している「加工」「生成AI」のこと。2本目「AI時代、正解の美も“ゼロ”から作り出せる?」は、こちらから。
ビュックギュゼル レジェップさん
トルコ・アンカラ出身。明治大学国際日本学部卒。英語留学のため訪れたニュージーランドで、日本人の友人ができたことをきっかけに日本に渡る。渡日後はJET日本語学校にて日本語を学び、明治大学国際日本学部に入学。メディアを通して日本のことを海外に発信する方法について学ぶほか、ゼミではヒューマンライブラリー(障がいや社会的マイノリティを抱える人を本に見立て、参加者と直接対話することで相互理解を深める試み)の企画・運営などに携わる。また、在学中は体育会合気道部とカメラクラブを兼部。東京の街を歩きながらストリートスナップを撮ることを趣味としていた。現在は日本とトルコを行き来しながら、広告を中心とした動画・写真などのビデオグラファー・フォトグラファーとして活動中。ゆくゆくは、ドキュメンタリーや日本とトルコを繋ぐ動画をつくることを目標としている。
前川裕奈さん
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。
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