過度なダイエットによる後遺症……次世代に引き継がないために|前川裕奈さん×田村好史先生(2)
容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。
第13回目は、順天堂大学の教授である田村好史先生をゲストにお迎えしました。糖尿病や肥満について研究する一方で“痩せ”にも関心を持ち、自分らしく心地よい身体の選択を追求する「マイウェルボディ協議会」を立ち上げた田村先生。新たに提唱した「女性の低体重/低栄養症候群」通称「FUS」を交えながら、“健康”や“身体”といった側面とルッキズムの関係性についておしゃべりしました。
低体重より「低栄養」に注目してほしい
前川:「女性の低体重/低栄養症候群」、通称FUS(Female Underweight/Undernutrition Syndrome:ファス)を提唱することで、不健康な“痩せすぎ”に警鐘を鳴らすのは大賛成。(FUSについては1本目の記事をご覧ください。)
その上で、ひとつ気になるのは「太ることができない」人たちのことなんです。「しゃべるっきずむ!」でも以前、ハヤカワ五味さんをゲストにお呼びしたときに「太ることができないのが逆にコンプレックスだ」とおっしゃっていました。そういう人たちに「そんなに痩せてるとよくないよ」「もっと食べなよ」と言うようになってしまうと、逆の意味でルッキズムが助長されてしまう気がして。そのあたりはどうお考えですか?
田村:FUSを作る際も、そこはかなり議論されました。ステートメントにも「FUS自体が新たなスティグマを作る可能性がある」と記載しています。最初は「痩せ症」という名称にしようとしていたのですが、それも新たな差別を生むことを考えてやめました。実際、体質的に痩せる人が存在するのは研究上もわかっていて、僕らが「痩せすぎ」と定義するBMI18.5未満の人たちの4割は「ダイエット経験がない」んです。

前川:ダイエットをしていなくても、体質的に細いということですよね。
田村:そうです。体質的にしっかり食べても体重が増えない人はいます。「体質性痩せ」という言葉もあって、ほとんど問題ないと言われています。それよりも僕らがFUSを知ってほしいのは、「低栄養」の女性たちです。
前川:「低体重」よりも「低栄養」のほうですね。
田村:そう、自分にとって、より自然で心地よい体重よりも下げようと無理して、低栄養になっている人。さまざまな体型の人を対象にした研究で、ダイエット経験がある人とない人では不調の出方が倍くらい違うことがわかってきています。ダイエットの意識を持って、普段から食事を抜いたり、偏った食品だけ食べなかったりしていると、軽い飢餓状態になって体調が悪くなるイメージです。調べてみると、そんな人では、その後にストレスで沢山食べて、それで自己嫌悪に陥り、またダイエットの意識を持つ。そうするとさらにメンタルが悪くなり…という悪循環がありそうだと思っています。だからこそ、FUSでは「低体重」よりも「低栄養」のほうにフォーカスして伝えていきたいと思っています。
社会を変えるために“親世代”に届ける
前川:「低栄養」にフォーカスすることで、見た目だけで判断されることは減りそうですね。ルッキズムの話をするとき、見た目に関しての「優劣」に繋がる表現は避けたいといつも思っていて。細身の方も、ふくよかな方も、いろいろなタイプがいるわけですから。一方で「低栄養」を肯定する人はいないはずなので、わかりやすいですよね。
田村:代謝学をやっている僕らからすれば「見た目だけで健康かどうかを判断できない」というのは基本。同じ「痩せている人」でも、“食べてなくて、動いてない”「エネルギー低回転型」と、健康的に痩せている“よく食べ、よく動く”「高回転型」があります。不調がある女性たちは総じて、「低回転型」が多いのではと考えています。

前川:たしかに、どちらの方法で痩せているのかは、体型だけでは判断できないかもしれません。みんなが「痩せること」に囚われすぎずに健康を目指せるといいのですが……。
田村:今の日本の健康対策はメタボに偏りすぎてて「太ると危ない」「痩せた方が健康的」という思考があまりに強いんです。そういう場合、「痩せていること、ダイエットしていること」が不調の原因であるとは、やっぱり気づきにくいと思います。今後は、FUSのチェックリストを作って、健診などに取り入れていく予定です。
前川:それはすごくいいですね!

田村:健診に組み込みたい理由として、親世代に届けたいという気持ちが強いんですね。僕らの調査では、「痩せたい」と思っている子どもの低年齢化が深刻だとわかりました。小学校1年生の女子でも1/3くらいが、痩せたいと思っているようです。その原因として、親や友人からの心ない言葉、ちょっとした言葉があるのではないかと思っています。
前川:しんどい……。親自身もルッキズムに呪われていたり、健康になってほしいがゆえに「少し痩せたら」と言ってしまうこともあると思うんです。だからこそ、FUSや私たちの発信を通して“痩せ問題”やルッキズムの正しい知識を知ってほしいと思いますね。
田村:健診結果を見て「成長曲線で体重がガクッと下がっているけど大丈夫かな」とか、「そういえばあれを言っちゃいけなかったかな」とか、気が付いてもらいたいです。親世代が変われば、次の世代に引き継がなくなるんじゃないかなって。
前川:そうですよね。私もルッキズムに関する発信は、親世代や10代・20代に向けていることが多いです。次世代にルッキズムの呪いを引き継ぎたくない親は多いですし、そういう方々から「どう声がけしたらいいのか」と聞かれることも多い。親世代やルッキズムの渦中にいる子たちに届けることで、社会全体を変えていけたらと考えています。
過度なダイエットの長引いた後遺症
前川:次世代への発信に力を入れているとはいえ、やっぱり難しさも感じませんか?私は28歳くらいまで過激なダイエットを続けていましたが、当時は痩せることが第一目的。自分の健康や将来に影響を及ぼすなんてまったく思っていませんでしたし、むしろ「それでも今痩せられるならいい」とすら思っていたんです。大人に「生理とまっちゃうよ」「それ以上痩せなくていいよ」と言われても響きませんでしたね。
田村:そうですよね、そこは僕も難しさを感じます。前川さんのようにストイックな人ほどダイエットにハマりやすい。体重って食事を抜いたり運動したりすると、すぐに数字として現れるじゃないですか。それがアスリート的思考になりやすいんじゃないかと思います。
前川:本当にそう。自分との戦いでした。
田村:体調面は大丈夫だったんですか?
前川:今思えば、当時も不調があったと思いますし、30代になってからも後遺症のようなものがずっと続いていました。特にメンタル面の闇が深かったですね。

田村:メンタルのほうにも影響があったんですね。
前川:過激なダイエットをやめてからも、長年の思考回路の癖が一気にゼロになるわけではないので、ときどき不安になる瞬間はありました。33歳くらいまでは、精神的にもずっと落ち込みやすかった。ここ2年半くらいで、ようやくその後遺症からも抜け出せた感覚があります。食事・運動・睡眠という当たり前のことをバランスよく整えても、それが体内に根付くのにはある程度時間もかかるな、と。
田村:大変でしたね……。
前川:ダイエット自体が20代半ばだったとしても、結局はここまで長引いて影響があるということを、もっと早く気づきたかったですね。当時の大人たちも言ってくれていたとは思いますが、私もダイエットを経験した大人として「肌荒れが取り返しつかなくなるよ」とか「不妊につながる可能性があるよ」とか、若い子たちにちゃんと伝えていきたいという気持ちが強いです。
田村:「食事を抜く」ってやっぱり危機的なことだと改めて思います。飢餓状態に備えて、身体はエネルギーを使わないように甲状腺の機能を下げますし、月経を止めるのも自分の生命を守るためです。そういった危機的な状況に、この飽食の時代にあえて向かわされているのが日本の女性たちだと言えます。
前川:社会的に作られた「痩せこそ正義」というルッキズムの呪いを、根本的に変えていかないといけないですよね。「痩せるだけが正義じゃない」と社会に浸透させていくことで、過激なダイエットをする人たちを減らして、心身ともに健康な人が増えるといいと思います。
*次回、親や友人、好きな人の言葉が、未来の不健康につながっている? 3本目「小学生の半数が『痩せたい』と思う社会で、私たちができること」は、こちらから。
プロフィール
田村好史先生
順天堂大学医学部卒業後、カナダ・トロント大学での研究経験を経て、順天堂大学大学院医学研究科で博士号を取得。現在は、順天堂大学医学部、国際教養学部で教授を務めるほか、スポートロジーセンターのセンター長補佐としても活躍中。スポーツと医学を融合させた予防医学「スポートロジー」の分野で、特に若年女性の「やせ」に関する健康課題に取り組む。2024年には、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として設立された「マイウェルボディ協議会」の代表幹事に就任。この協議会では、「自分らしく、心地よく、健康的な体を自らの意志で選択できる社会」の実現を目指し、多岐にわたる活動を展開しています。
FUS(女性の低体重/低栄養症候群)については、こちらをご覧ください。
X(旧Twitter):@YoshifumiTamura
前川裕奈さん
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。
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