しゃべるっきずむ! 読み手次第で生まれるマンガの愛と罪 前川裕奈さん×トミヤマユキコさん(1)

 しゃべるっきずむ! 読み手次第で生まれるマンガの愛と罪 前川裕奈さん×トミヤマユキコさん(1)
しゃべるっきずむ!

容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。

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第10回目は、マンガ研究者のトミヤマユキコさんと語る「マンガ×ルッキズム」について。マンガ好きのおふたりの会話から見えてくるのは、「今までそんなふうにマンガを読んだことなかった…!」という分析の嵐!どうしても容姿を描かざるを得ないマンガをとおして、ルッキズムについて考えます。

それぞれの居場所になった「マンガ」

前川:トミヤマさんの書評や書籍を拝読してきた1人のマンガ好きとして、今回お話しできるのを楽しみにしておりました!私自身は小学生の頃から、ずっとマンガが身近な存在でした。当時、友達がいなかった私にとってはマンガが友達のような居場所だったんです。トミヤマさんのマンガとの出会いは、いつ頃なんでしょうか?

トミヤマ:実はですね、私がマンガを読み始めたのは20代後半なんですよ。

前川:え!そうなんですか!

トミヤマ:小さい頃から小説などの本は買ってもらえたんですけど、マンガは両親も読まなかったので買ってもらえなくて。小中学生の頃は「今週のジャンプは〜」などの会話にも入れず、マンガ熱にうまく火がつかないまま、大人になったんです。

前川:逆に、どんなきっかけで読むようになったのか気になります。

トミヤマ:大学院で日本の近現代文学の研究室に入って、江戸川乱歩や吉屋信子などの作家について研究していたんですけど、これが鳴かず飛ばずで……将来どうなるかわからない高学歴ニートみたいな状態になっちゃってたんです。もうダメだこりゃ〜!ってパチンコにハマっていた暗黒の時代があって。

前川:そんな時代が……!

トミヤマ:そうそう。で、パチンコで負けてお金がなくなると古本屋の100円棚を覗くという、その流れでマンガを買うようになりました。そのときに出会ったのが、キラキラの少女マンガじゃなくて、フィールヤング系、いわゆる女子マンガというものですね。大人の女たちが七転八倒しながら生きるマンガの、にっちもさっちも行ってないヒロインたちに共感したんです。フィクションなのに、手触りがものすごいリアル。もっと早く読めばよかったと、そこからせっせとマンガを読み始めました。

前川裕奈 トミヤマユキコ

リアルな女性たちの描写が沁みた

前川:30歳前に将来が見えず、パチンコに明け暮れて……という状態だったら、大人なキャラクターたちの「リアル」を描くマンガが沁みそう。

トミヤマ:大学の先生の仕事ができなかったら、実家のメガネ屋を手伝うのかな……とか思いながら読む、安野モヨコ先生の『ハッピー・マニア』ね。

前川:『ハッピー・マニア』だったんですね!!15年後の世界を描いた続編『後ハッピー・マニア』も最高ですし、共感できるシーンめっちゃ多いですよね。

トミヤマ:シゲカヨ(主人公・重田加代子)の、ダメダメでも元気そうな姿を読んで「私もしょぼくれている場合ではないな」と思えた。それで研究対象を女子マンガに変更して、『ハッピー・マニア』で論文も書きました。安野先生のおかげで私はマンガの研究者になれたようなものです。

前川:私の場合、安野モヨコさんは『シュガシュガルーン』のファンタジー感が入り口だったので、大人になってから『ハッピー・マニア』を読んでびっくりしました。

安野もよこ
『ハッピー・マニア』(祥伝社)『シュガシュガルーン』(講談社)、ともに著:安野モヨコ

トミヤマ:私が教えている授業でも、『ハッピー・マニア』や『働きマン』を紹介すると「あのシュガルンの?!」と学生が驚きますね。本当に、もっと評価されるべき天才だと思います。

前川:トミヤマさんの書評は、第三者視点でフェアに書かれている気がしていましたが、大人になってから出会ったことも影響しているのかもしれないですね。私は自分が物語に入り込むタイプなので、マンガと社会課題を絡めたコラムでも、第三者視点で書くのが難しくて……。

トミヤマ:私は逆に、裕奈さんのように入り込める人に憧れとコンプレックスをもっているんですけどね。私は研究者としては遅咲きですし、マンガもまだまだ掴みきれないものという感じなんですけど、そうした距離感から生まれる研究を楽しんでいただけていたら嬉しいです。

意外と“読み手側”に主導権がある

前川:マンガの良さって、居場所や逃げ場になってくれたり、感動や勇気を与えてくれたり、本当にいろいろあると思います。その上で、最近は社会課題を考えるいいきっかけにもなるんじゃないかと思っているんですよね。もちろん、常にそういう目線で読んでいるわけではないんですが。

トミヤマ:私は“読み筋”って言うんですけど、マンガのなかで読むことができる筋(側面)はひとつじゃないんですよね。例えば、同じ作品を読んでも裕奈さんだったら社会課題的な視点で読むし、私は自分が興味のある女性の労働での視点になる、みたいな。

前川:フックになるものが読者によりけり、ということですね。

トミヤマ: 「こう読まねばならない」という部分が実は少なくて、ある程度自由に読んでも読書行為が成立するのがマンガのすごいところ。作者は「いや、これはただのラブコメです」と思って描いていたとしても、読者が持っている興味関心や考えたいことをマンガが見せてくれることがあるんですよね。

前川:作者が意識的かどうかは別として、いろいろと散りばめられている作品はおもしろいですよね。私が連載しているコラム『ルッキズムひとり語り』も、さまざまなマンガやアニメから社会課題を紐解くもので、まさに私のフィルターを通してマンガを紹介しているってことになるのかもしれないと思いました。

トミヤマ:さまざまな解釈は他のメディアでもできなくはないけれど、やっぱり小説よりも絵があって読みやすく、アニメよりも自分のペースで読めるマンガは最高だなと思いますね。

前川:でも、その読み筋ってネガティブなほうに働いちゃうこともありますよね。例えば、私は子どものときに王道のキラキラ少女マンガを読んで「自分はこういう容姿に当てはまらないからダメなんだ」と思っちゃったんですね。作者は「こういうビジュアルじゃなきゃかわいくないよ」なんて強制したわけではないのに……。

トミヤマ:読者側に主導権があるからこそ、見たくないところが目についちゃうことも確かにあると思います。

「美人」じゃない主人公は、難しい?

前川:私が子どもの頃の少女マンガって、主人公はみんなすごーーく細くて髪がさらさら、目ぱっちりみたいな子ばかりでした。当時の私はそこでコンプレックスを持った部分があるし、少女マンガに植え付けられる「かわいい」への警戒心もあります。トミヤマさんはマンガにおけるルッキズムについて、どう思われますか?

トミヤマ:「こういう人がかっこいい」「こういう人がかわいい」と一定のビジュアルを出してきた点では、罪を作ってる部分もあるのかもしれませんね。物語内では美人という設定じゃないのに、めちゃくちゃかわいく描かれていることも多いですし。

前川:そうそう、「かわいい」の定義が根付いてしまうっていうのはありますよね。一方で、マンガ家視点での難しさもあると思っていて、かわいいビジュアルのほうがマンガやグッズが売れる現状もありますし。ザ・普通みたいな感じのビジュアルで主人公を描くのは結構チャレンジングなんでしょうか。

トミヤマ:そういう側面もあって難しい……ですが、やっぱりやりようはあると思うんですよね。

書籍

*次回、「美人じゃないヒロインは売れない」は間違い?! 2本目「いろんな「かわいさ」は、まだ描ける」は、こちらから

トミヤマユキコさん

1979年生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある。

前川裕奈さん

慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。

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