AI時代、正解の美も“ゼロ”から作り出せる? 前川裕奈さん×ビュックギュゼル レジェップさん
容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。
第16回は、主に広告写真を撮影するフォトグラファー・ビデオグラファーのビュックギュゼル レジェップさんにお越しいただきました。
人の“容姿”を撮影するレジェップさんが考える「美」とは、一体どのようなものなのでしょうか。日々進化し続けている加工技術や生成AIについても、おしゃべりしながら考えを深めました。
写真の加工範囲が、どんどん広がっている
前川:会社から言われている「加工しちゃダメ」というのは、どのレベルの加工がNGなの?
レジェップ:一時的なもの、例えばニキビを消すのはOK。以前に行われていたような、肌の色や輪郭を修正するのは絶対にダメですね。
前川:それはどこの国や会社でも同じなのかな?
レジェップ:そもそもは、2017年にフランスで商業写真に加工の明記を義務付ける法律が制定されたところから始まって、今では多くの商業写真を扱う会社が、加工については厳しく捉えているはず。
前川:でも、顔を変えたかどうかって実際わからないんじゃない?

レジェップ:私が販売している会社では、購入側も必要であれば写真の編集履歴が見られるのでちゃんとわかるんだよね。
前川:ちゃんと確認できるようになってるんだ。
レジェップ:確認の内容も、少し前までは「傷跡を消したり瞳の色を変えたりしてはダメ」という小さいものだったんだけど、最近はテクノロジーの進化がすさまじいから「体型や表情を変えていないか」という確認まで入ってきて、追いかけっこという感じ。
AIがあれば、撮影もモデルもいらない?
前川:体型や表情まで変えられちゃうと、もうその人がその人である必要がなくなっちゃうよね。それだったらわざわざ撮影せずに、ゼロからAIで作るという流れになるのも頷ける……。
レジェップ:私自身、広告写真におけるAIの在り方には常々疑問を抱いていて。まず、現状多くの生成AIは、この世に出ている既存の写真などを無断使用して学習させているんだよね。全てではないけれど、クリエイターの同意や金銭の支払いがないものも多いと思ってる。お金を支払うわけでもない。
前川:あまり深く考えたことなかったけど、確かにそうだ!
レジェップ:多様性を求めてきたはずの世の中が、どんどんAIに移行しているのは、本当に理解できないし、こわいなと思うよ。

前川:最初に話していた「より共感を生む自然な写真を」とは対極にあるし、これまで大切にしていたものが覆されてしまうよね。
レジェップ:私が契約している会社では、生成AIは絶対にNG。どうしても背景に映り込んでしまったロゴを消す、などは許容されるけれど、人の表情などにAIを使用していないかを毎回確認されます。
前川:徹底してる!
レジェップ:それでもAIを使用して、解約されている人も一定数はいる。あれほどリアルにこだわっていたはずの広告の世界で、なぜ……という気持ちが強いけれど、やっぱりコストの問題だろうね。
前川:撮影する場所も小物も、モデルさんすら用意しなくていいんだもんね。
レジェップ:ある意味、広告は“嘘の世界”なわけで、それをどれだけリアルに見せられるかというのが製作陣やタレントさんたちの腕の見せ所だった。人間の手で作られることで“パーフェクト”にはなりきれない写真から滲み出る人間味みたいなものが、多様性となって表出されている世界だと思うんだけどね……。
前川:kelluna.の写真にも、レジェップと私、そしてモデルのみんなの打ち解け具合が表れていたと思うんだよね。みんなで一緒に作り上げていく感覚が、すごく楽しかった。AIでゼロから作ったら、あの時間がすべてなくなるんだもんね。
レジェップ:生成AIでもいい場面はあるのかもしれないけれど、やっぱり私は広告こそリアルにこだわり続けたい。
前川:逆に、人間には撮れないような多様性がAIだったら出せる可能性はあるのかな。
レジェップ:いや、それはないと思う。もともとAIは「この世に出ている既存のもの」を学習しているだけだから「新しいもの」を生み出すことができないよね。世界にはすでに多様で美しい人がこんなにもたくさんいるのに、それを凌駕するものはAIには作れないと思う。
前川:なるほど。
“実在しないもの”を「正解」にしてしまう怖さ
前川:最近だと、美容整形の広告にもAIモデルが使われたりしているよね。AIや加工で作った顔に寄せていくために美容整形する人もいる、なんて聞くし……。
レジェップ:私は、AIモデルを広告に使っているクリニックは信頼できないな。AIであると明記していないクリニックも多いし、たとえ明記したとしても、人間の顔に向き合う仕事なのだから、やっぱりちゃんと人間を出したほうがいいと思う。実際にその顔にできる技術があるかどうかもわからないし、整形は特に健康に影響があるものだから……。
前川:人生に関わるよね。
レジェップ:最近は「AIで生成された写真を見て商品を購入して、届いてみたら全然違った」みたいなことがあるよね。洋服なら捨てられるけど、顔はなかなか取り戻せない。整形に関しては特に、この世に存在しないものを追いかけさせるのは危険だと思う。
前川:そうだよね。整形に関しては、広告に出せるモデルが少ないという理由もあるのかもしれない。
レジェップ:さっきも言ったとおり、AIは「既存のもの」を集めて学習しているだけ。だから、AIが作る“美しい顔”は、おそらくある程度の黄金比みたいなものを突き詰めた同じ顔になっていくはず。みんなの個性を全部潰して、同じような顔を求めてしまうのも怖いし、すごくもったいない。

前川:レジェップが言っていたように、本当に美しさって多様だからね。顔面の特徴だけで決まるものではないと思うし、個性を大事にって今は思える。でも正直、自分が10代とかだったら、「みんながいいと思う顔になりたい」と思っていたかもしれない。
レジェップ:広告を始め、社会で表に出ている人の容姿が画一化されすぎていると、若い子たちのロールモデルとしての選択肢が減ってしまうよね。
前川:そうだよね。スポットライトを浴びたり称賛されたりしている人、みんなが「かわいい」と言っているビジュアルが“正解”とされてしまうから。
レジェップ:そういう意味では、やっぱり広告やメディアは生成AIに慎重にならなくちゃいけないよ。表に出るものこそ、積極的に多様な美に着目していくべきだと思う。

*次回、「人気のビジュ」があるのは同じでも、少しずつ違う日本と海外のトレンド。3本目「「私なんて美しくない」と言うあなたへ、フォトグラファーが伝えたいこと」は、こちらから。
ビュックギュゼル レジェップさん
トルコ・アンカラ出身。明治大学国際日本学部卒。英語留学のため訪れたニュージーランドで、日本人の友人ができたことをきっかけに日本に渡る。渡日後はJET日本語学校にて日本語を学び、明治大学国際日本学部に入学。メディアを通して日本のことを海外に発信する方法について学ぶほか、ゼミではヒューマンライブラリー(障がいや社会的マイノリティを抱える人を本に見立て、参加者と直接対話することで相互理解を深める試み)の企画・運営などに携わる。また、在学中は体育会合気道部とカメラクラブを兼部。東京の街を歩きながらストリートスナップを撮ることを趣味としていた。現在は日本とトルコを行き来しながら、広告を中心とした動画・写真などのビデオグラファー・フォトグラファーとして活動中。ゆくゆくは、ドキュメンタリーや日本とトルコを繋ぐ動画をつくることを目標としている。
前川裕奈さん
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り」。
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