幼少期に培われた「私にはできない」から、セルフラブを取り戻すまで 前川裕奈さん×福田萌子さん 連載 #しゃべるっきずむ!
容姿で人を判断したり、揶揄したりする「ルッキズム(外見至上主義)」。言葉の認知が進む一方で、まだまだ理解されていないルッキズムについて、おしゃべりしてみよう!自身もルッキズムに苦しめられた経験を持ち、Yoga Journal Onlineで「ルッキズムひとり語り+α」を執筆する前川裕奈さんとゲストが語り合う連載が「しゃべるっきずむ!」です。
第21回は、モデル・タレント・スポーツトラベラーとして活躍されている福田萌子さんをゲストにお迎えしました。初代バチェロレッテとして、自分自身や目の前の人に向き合う姿に心を奪われた人も多いはず。福田さんと前川さんがそれぞれ大切に発信されてきた「セルフラブ」についておしゃべりしていきます。
容姿を揶揄する環境におどろいた幼少期
福田:裕奈さんの著書の帯に書いてある「ルッキズム呪いと20年近く戦った」って……もう子どもの頃からということですよね。
前川:そうですね。私はもともと5歳の頃からヨーロッパで過ごしていて、小学校5年生で日本に帰国したんです。そのときに初めて、当たり前のように容姿を揶揄してくる環境に驚いたのがきっかけで、コンプレックスを持ち始めました。当時、ちょっとぽっちゃりしていたのであだ名をつけられたりとか……。
福田:小学生くらいのときって外見であだ名をつけたりしますよね。私もすでに身長が高かったので、男の子たちにからかわれたりしていました。
前川:特に「いじめてやる」みたいな悪意がなくても、簡単に見た目の話をしたりあだ名をつけたりしちゃうんですよね。それが誰かを傷つけることだと、教わることも少ないですし。
福田:裕奈さんがコンプレックスを持つ前、海外ではどのような生活をされていたのですか?
前川:めっちゃ天真爛漫で、自分が大好きでしたね。私が暮らしていた場所は、いろいろな人種の人がいて、友達や先生も“違うことが当たり前”な環境だったんです。だから、私自身が「他の人よりも劣っている」みたいな思考はありませんでした。

福田:素敵な環境ですね。
前川:多様化が進んできたとはいえ、日本だと多くの人は見た目が似ていますよね。特に小学生は髪の色やメイクなどで個性を出すこともできないので、どうしても同じような感じになります。そういった環境に、ただでさえ日本語が少し下手な状態の、ぽっちゃりした子が入ってきたという感じで、悪目立ちしたのかなと。
福田:日本社会のベースにある、“みんな一緒”みたいなところ。そこで「出る杭は打たれる」のようなご経験をされたのですね。
前川:それまで認められ愛されてきた10年間だったので、容姿についてひどいことを言われるのには免疫がゼロみたいな状態。すごくびっくりして、私が今まで信じてきた周りからの褒め言葉も、全部嘘だったんじゃないかって思いました。そこから29歳くらいまでは、容姿のコンプレックスを抱えたまま、後ろ向きに生きていたようなところがあります。
自分自身を妨げていた「私にはできない」
前川:萌子さんはご著書「『なりたい自分』になるシンプルなルール」のなかで、世の中の「こうあるべき」から徐々にセルフラブに気づいていく過程を書かれていますよね。同調圧力から解放された、最初のきっかけなどありましたか?
福田:うーん、難しいですね。明確に「あの時の!」という経験があるわけではないです。きっといろいろな経験が積み重なって、少しずつ変化していったからだと思います。ただ、振り返ると、「私にはできないんだ」と自分自身を制限して固定概念で抑え込んでいた時期があるのかなと。
前川:自分で自分に呪いをかけてしまっていた、みたいな……。
福田:そう、自分が持っている好奇心や向上心を、自分で妨げていたような気がします。今、子どもと一緒に暮らしてすごく感じるのは、子どもって好奇心や向上心で溢れているということ。すべてのことに興味があって、なんでも触ってみたいし自分でやりたいという気持ちを持っているのです。私は、子どもが生まれる前は「好奇心や向上心を伸ばす教育」という言葉を使っていたのですが、実際に子どもと暮らしてみて、そんなのおこがましかったなって。好奇心や向上心は、すでに子どもが本能的に兼ね備えているものだから。

前川:たしかに、子どもの頃はやってみたいことって尽きなかったですよね。
福田:私たちが子どもの頃って、家庭や学校の教育のなかで、枠に当てはめられることが多い時代だった気がします。「これはしちゃだめ」「いい子でいなさい」と言われ続けていたら、やっぱり「私はできない人なんだ」と無意識に思ってしまいます。
例えば、子どもが靴下や靴を自分で履こうとしたとき。まだ手先が器用じゃないからすごく時間がかかることもあります。忙しい保育者は「はやくして」と言ったり「私がやるから」と取り上げてしまう瞬間があるかもしれません。そうすると、子どもは「私にはできないんだ」と自然と思ってしまう。それが積み重なることで、やりたい、できる、という気持ちが止まってしまうのではないかなと思っています。
前川:そういう場面、私たちもたくさん経験してきてるはずですよね。今の靴下の話みたいに、日常の中にある小さな出来事に対しての受け答えがチリツモで本人のマインドを形成していってしまうものですしね。
福田:食事中、机や床に食べ物が落ちるときも「仕方がない」とわかっていても、余裕がないと大人がサポートした方が片付けが楽だったりしますよね。だけど、そうやって大人から「できる」を妨げられ続けた子が、いきなり年齢を重ねたときに「(もう何歳だから)自分でしてみようね」と言われても困惑するはずです。
前川:「前は、できないって言ってきたのに......!」みたいな感じに確かになるかも。萌子さんもお忙しいと思うんですが、どうやってそういうシーンでのバランスを取っているんですか?
福田:私は基本的に、子どもがすることをずっと見守っています。ただ時間が限られているときは、「本当に申し訳ないんだけど、もうお家を出なければいけない時間だから、今日はお手伝いさせてもらえますか?」とお願いするようにしています。
前川:すごい、徹底していますね!あくまでも主権は子ども側にあるという。
福田:私自身が「できない」と自分に制限をかけていたのも、きっと幼少期のそういった日常から人格が作られたのかなと思っているので、子どもには同じ感情を渡さないように気をつけています。
「セルフラブ=向上心を持つな」ではない
——今回、セルフラブを発信されているおふたりに改めて「セルフラブ」とはどういうことなのか、伺ってみたいと思っていました。世間では「ありのままの自分を愛す」という発言に対して、「かわいくなろうとすることもダメなのか?」という意見もあります。
前川:私自身、セルフラブやルッキズムについて発信していると、必ず「でもダイエットしてるときもあるじゃん」「ルッキズムについて発信してるのに、髪の毛を染めたりメイクしたりしているじゃん」と言われます。セルフラブという言葉が、本当に生まれ持ったそのままで勝負しろ、という文脈になってしまっているな、と。
福田:「髪染めてるじゃん」なんて言われるんですね?
前川:よく言われます!テレビ番組などは特に視覚的なものが先行してしまう媒体だからこそ「ルッキズムやめろと言いながら、髪染めてるの矛盾」「ルッキズムのことを言うのにキラキラしてるのウケる」とか。ただ、私は別に、人に好かれるためにメイクしたり髪の毛を染めているわけじゃないんですよね。自分自身が好きだと思ったものを取り入れてるだけ。セルフラブは、向上心を捨てることではないし、すっぴんや裸で、生まれたままの姿で外に出ましょうよって言ってるわけじゃないのに。
福田:同感です。容姿に限らず、学びなどもそうだと思います。「ありのままの私で十分だから本は読みません、勉強もしません」と言っている人がいたら、やっぱり違和感があります。先ほどもお話ししたとおり、好奇心や向上心って人間としての当たり前の本能だし、豊かな部分だと思います。自分らしさを探求したり、深く考えたりするのは、人間がもつ素晴らしいところ。だから、それを広げていってあげるのは、むしろセルフラブなんじゃないかと。
前川:本当にそうですよね。
福田:その知的探究心が外見の美しさに向けば、「これを肌に塗ると調子がいいな」とか「ボディメイクで身体が変わっていくのが嬉しいな」となっていく。周りにきれいだと思われたい気持ちは誰にでもあることだし、自己満足だとしても自分自身が心地よいほうに向かっていくのは、いいことだと思います。
前川:「セルフラブ」や「ありのままの自分を愛す」を免罪符のような形で使うのではなく、それぞれがこの言葉を深堀りできたらいいですよね。「ありのままの自分でいい」という言葉には賛同しますけど、それは「不健康なほど太っててもいいんだ」ということではない。あくまでも前提は心と体の健康だと思いますし、そういう状態に向かわせてあげることが本当のセルフラブなんだと思います。
自分らしさは、それぞれの違いを認識した上で

福田:「こうあるべき」が強いなかで育った私たちが同調圧力から抜け出すには、やっぱり世界は広いということ、多様な人々にはそれぞれの考え方があるんだと知ることが大切ですよね。
前川:狭い世界しか知らないと、どうしてもそこにハマらない自分が異質に感じてしまいますもんね。本当は、同じ人なんて1人もいないのに……。
福田:今日ここに集まった私たちも、同じ人間、同じ女性であってもこんなにも多様で違う存在。そこに目を向けることで初めて「自分は何者か」を探すことができるのかなと思います。
前川:「自分とは何か」「自分が心地よいと思うのは、どんなものか」を探す旅という感じですよね。萌子さんが一つの経験に絞れないと言っていたとおり、小さい出来事の集合体で変わっていくのかもしれません。私自身もスリランカに行ったことは大きな出来事でしたけど、それだけではなくて、その前後の人生をとおして出会った人や言葉の影響もあって。自分にとってのベストな組み合わせとタイミングによって、思考に変化が生まれてくる感じ。
福田:そうですよね。世界の広さを知るというのも、「海外旅行に行こう」とか「いろいろな人に出会おう」とか、それだけではなくて日常のなかにあるのかなと思います。
前川:逆に言えば、幼少期からずっとかけられる大人からの言葉や世間の声みたいなもので無意識的に刷り込まれてきたこともありますよね。悪意のない刷り込みだからこそ、引き抜くのが難しい……。
福田:私もまだ模索や実践のなかではありますけど、自分自身が受けてきた教育や言葉のいいところは引き継いで、苦しみの部分は次世代に持っていかないようにしたいですね。

*次回、2人が運動を続ける理由とは? 2本目「ウェルビーイングに自分を保つ、運動の魅力」は、こちらから。
プロフィール
福田萌子さん
沖縄県出身。モデル・スポーツトラベラー。12歳からファッションショーやCMに出演し、モデルとして活動。現在は執筆活動のほか、SNSではスポーツの素晴らしさや、セルフラブ・メンタルヘルスの大切さを世界中に発信。
前川裕奈さん
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にセルフラブをテーマとした、フィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。ブランドを通して、日本のルッキズム問題を発信。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、「ジェンダー」「ルッキズム」などについて企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため?ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。yoga jouranal onlineコラム「ルッキズムひとり語り+α」。
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