がん治療における見た目の変化に向き合うアピアランスケアは患者に何をもたらすのか|専門医に聞いた

 がん治療における見た目の変化に向き合うアピアランスケアは患者に何をもたらすのか|専門医に聞いた
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毎年10月は乳がん月間。検診やセルフチェックの重要性は多くの人が知るところですが、乳がんの治療中には抗がん剤などの化学療法で髪の毛が抜けてしまったり、肌がくすんでしまったり。そんな外見の変化をサポートする“アピアランスケア”という言葉を知っていますか? アピアランスケアとは、「医学的・整容的・心理社会的支援を用いて外見の変化を補完し、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア」のこと。今回は、アピアランスビューティクリニックの堀口和美院長に、アピアランスケアの現状などをお聞きしました。

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抗がん剤治療などで変わってしまう外見と、それにまつわる深い悩み

――堀口先生は長年、乳がん治療に携わっていたとお聞きしました。

堀口先生:地元の熊本で外科の基礎を学び、2002年からがん・感染症センター東京都立駒込病院に。その後は約16年間、8万人を超える乳がん治療と向き合ってきました。

早期であればがんの病巣を切除して終わり、と思われるかもしれませんが、それで終われる方は100人のうち数人。ほとんどの方は化学療法やホルモン治療といった抗がん剤の全身療法に入ります。そうすると、髪の毛が数日間でほとんど抜けてしまったり、爪が黒ずんだり傷んでしまったり。抗がん剤は皮膚にも届くので、肌がくすんだり、シミが増えたりもするんですね。

当時、外来では1日50人以上の患者さんと向き合っていましたが、治療のこと以外に「この髪はいつ戻りますか」「増えたシミはどうしたら?」と、聞かれることが本当に多かったんです。

――そういったなかで、アピアランスケアの重要性に気付いていったわけですね。

堀口先生:そうですね。なかでも、忘れられない患者さんがいます。とても美しく、お洒落な女性でしたが、初めて来院されたときにはもうかなり進行した乳がんだったので、術前化学療法として手術前から抗がん剤も受けてもらいましたし、手術では乳房を全摘して、脇の下のリンパ節も郭清といって切除しました。再発リスクが高いので、その後も放射線療法とホルモン療法を続けて、ありとあらゆる治療を経た結果、幸いなことに10年間再発しなかったんですね。

10年経ったら定期的な通院はなし、となるので「よかったですね」と声をかけたところ、彼女から「私のがんを治してくれてありがとうございます。でも、先生は私の人生を台無しにしたんですよ」と言われてしまったんです。確かに、治療期間を経て大変美しかった彼女の外見は大きく変わってしまった。私が彼女におこなったがんの治療は、彼女にとっては不十分だったんだなと実感しました。

外見の変化は心を大きく乱します。がんの治療だけでも大きなストレスなのに、見た目が変わってしまったことで、仕事や趣味などの外出など、社会とのつながりそのものが憂鬱に、おっくうになってしまう。そのような状況の患者さんを、医療者が関わってサポートするケアがアピアランスケアだと思っています。

アピアランスケア
乳房切除によるバストの変化はもちろん、抗がん剤の副作用による脱毛、肌荒れ、爪の変色など、治療中の見た目の変化は、患者さんにとって大きなストレスとなる。
photo by canva

がん治療、美容医療の専門医によるアピアランスケア

――その後、2020年にアピアランスケアに特化した「アピアランスビューティクリニック」を開院。がん治療に携わってきた専門医によるケアというのは大きな安心につながりますね。実際にアピアランスケアとして、どんな治療を提供されていらっしゃるのでしょうか。

堀口先生:まず、髪の毛のケアとしては、化学療法が終了しても再発毛が不良な状態である持続性化学療法誘発性脱毛症に対する再発毛促進治療を行っています。また、まゆ毛やまつ毛に対しては医療アートメイク。乳頭の再建手術の選択肢として医療アートメイクの技術を応用したパラメディカルピグメンテーション 医療補助色素形成を行うこともありますね。

抗がん剤のなかには、肌の色素沈着やシミ、そばかす、ニキビが増えたりする副作用があるものもありますので、そういった方々には美容皮膚科の医療技術を応用した治療や形成外科・美容外科技術を用いた手術療法などで外見の改善を行っています。私自身、開業する前には大手の美容外科クリニックでも経験を積んだので、がん治療、美容医療ともに高い専門性を持っていることも強みの一つです。

堀口和美先生
施術中の堀口先生

――現状、国内では専門医によるアピアランスケアの専門クリニックは御院のみだとお聞きしました。

堀口先生:アピアランスケア、という言葉が日本で最初に定義づけられたのは2012年。当時、その言葉に出会った私は「これだ!」と、勤務していた駒込病院のなかでアピアランスケアのチームを作りました。その後、もっと専門的にアピアランスケアに取り組みたいと開業に至ったわけですが、確かに専門医でアピアランスケアに特化したクリニックというのは、当院だけですね。

今は正しいアピアランスケアを広めたいという気持ちが大きいです。自分のがん治療に対する考え方とアピアランスケアが相容れないと思われる方もいらっしゃいます。ケアを受けるかどうか選択するのは患者さまご自身なのです。例えば、乳がんで乳房を全摘した方に「再建すればいいのに」と思う人もいるかもしれませんが、乳房再建などしたくない、と言われる方もいるでしょう。アピアランスケアは望む人に望む範囲で届けられるもの。きちんとした選択肢を提示していきたいですし、アピアランスケアが、がん治療のなかでスタンダードオプション、標準的な選択肢として得られるものになることが目標です。

また、当院の患者さんには、がん治療の進捗を聞きながらアピアランスケアのスケジュールを立てています。アピアランスケアもがん治療の重要な一部。担当医に私が「こういうケアをいつからやります」とお手紙を書くこともありますね。大きな病院との医療連携も目標の一つです。チーム医療の一つとして、がんの治療と同時にアピアランスケアがスタートできるようになればと考えています。

アピアランスケア
アピアランスビューティクリニックの院内。明るくおしゃれな内装。

がん経験の有無に関わらず自分らしい美しさを

――毎年10月は乳がん月間として、ピンクリボン活動も盛んに行われます。アピアランスケアといった乳がんを患った先のことを知っておくことも大切ですね。

堀口先生:日本人女性で乳がんに罹患する人は9人に1人。治療を受ける人は年間で10万人ずつ増えています。早期発見・早期治療による10年後の生存率は90%以上(※)なので、早期に治療を開始できれば、乳がんで亡くなる可能性が低いことは事実です。

日本ではピンクリボン活動と言うと検診をイメージされる方が多いですが、せっかくここまでピンクリボンという言葉が浸透してきているので、その先のことにも目を向けてもらえるといいのかなと思います。アピアランスケアに関しては、適切な情報を得て、困ったときに相談できるアクセスが必要ですし、当院のようにしっかりとガイドラインを遵守してアピアランスケアとしての治療的介入を提供できるクリニックを増やすことも急務だと考えています。

アピアランスビューティクリニック
アピアランスビューティクリニック受付の様子。

外見に悩みを持つということ、そしてもっとこうありたい、と願うことは、がん患者さんであっても、そうでなくても関係ないことなのかなとも思うんです。外見は内面の1番外側。メイクがうまくいった日って、テンションが上がったりするじゃないですか。そういったギフトを私は届けていきたいなと。がん治療に伴って変わってしまった外見に悩むがん患者さんの、外見を整えて差し上げて、患者さんの内面、心もケアしてあげる。私が目指しているのは、このギフトなのです。私ががん専門病院で乳がん治療をしていたときは、手術や抗がん剤投与で生命予後を改善することがギフトでした。今当院にいらっしゃる患者さんはがん治療に対してのみならず、生き方そのものが前向きで、その気持ちを私がいただいているのも逆に私への嬉しいギフトになっています。がん経験の有無に限らず、自分らしい美しさを得るために、前向きな気持ちで生活に取り組んでいくこと。自分の身体と心を大切にすることが重要なのかなと感じることも多いですね。

※出典:公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計2023」

〈プロフィール〉堀口和美先生

堀口和美
堀口和美先生

医学博士、外科専門医、乳腺専門医、がん治療認定医機構がん治療認定医、遺伝性腫瘍専門医、麻酔科標榜医。熊本大学医学部を卒業後、同大附属病院第二外科(当時)に入局して研鑽を積む。その後、最先端の乳がん治療を学ぶために上京し、がん・感染症センター都立駒込病院の乳腺外科で乳がん診療と並行して、アピアランスケアチームを立ち上げ、活動。駒込病院を退職したのち、大手美容外科クリニックを経て、2020年にアピアランスケアに特化したクリニック「アピアランスビューティクリニック」を東京・巣鴨駅徒歩1分のところに開院。

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取材・文/吉田光枝

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ヨガジャーナルオンライン編集部

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ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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