「乳がんになった」妊娠は?治療費は?知っておきたい大切なこと|支援団体代表・御舩美絵さんに聞く
9人に1人が乳がんになると言われている現代。それなのにどうしても、乳がんと診断されるその日まで「乳がんはとても遠いところにあるもの」と思いがちです。「自分だけは絶対に乳がんにならない」そう言い切れる人は一人もいません。今回のインタビューでは、患者支援団体の代表者で自身も乳がん経験者である御舩美絵さんに、乳がんになる前から、そして乳がんになったら知っておきたい大切なことをお聞かせいただきました。
乳がんは「40代以降がかかる病気」「自分は若いからなるはずがない」そんな風に思っている20〜30代女性の方も多いかもしれません。今回お話を伺った、乳がん経験者の御舩美絵さんも当時は同じように思っていたそうです。
ですが、実際には31歳の若さで乳がんを宣告され、5年にわたる闘病生活を開始することに。しかも乳がんだと告げられたのは、結婚式の2週間前。最高に幸せな時期にまさかの現実を突きつけられた瞬間、「まるで人生のシャッターが閉じられたようだった」と、当時を振り返る御舩さん。
今回は、乳がんの発見から告知までの過程、乳がんになる前後での知識や体感のギャップについてお伺いしました。また現在、若年性乳がん体験者のための患者支援団体「Pink Ring」の代表として活躍する御舩さん。乳がん治療で利用できる助成金制度など、現実的なお金の問題についても自身の体験を通して情報提供してくれました。
結婚直前、母の勧めで乳がん検査へ
―――最初に乳がんだと分かったのが31歳。乳がんになりやすいと言われる40代より、かなり若い時点での発見でしたよね。定期的に乳がん検診を受けている中での発見だったのでしょうか?
御舩さん:当時30代だったので、定期的に乳がん検診を受けていたわけではありません。30歳で自分の胸にしこりがあるように感じた時に、一度検査にいきました。触診とマンモグラフィに加え、エコー検査も受けました。結果、病院からは「乳腺症みたいなものでしょう。問題ないですよ」という回答をもらい、「大丈夫」と太鼓判を押されたようで完全に安心しきっていました。
しかし、その後も胸のしこりが消える気配はなく、むしろ大きくなっているように感じていました。でも当時は仕事も忙しく、休日は友人や恋人との約束を優先したい気持ちが強くて、しこりのことは自然と後回しになっていきました。
―――ついつい後回しにしてしまう気持ちは、私も含め多くの人が共感すると思います。再度、乳がん検査に行こうと思ったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
御舩さん:結婚を目前に控えていたこともあり、気になるなら病院で診てもらうよう母に再検査を勧められました。母は、昔からちょっとしたことでは病院に行かないタイプで、そんな母が「本当にそのしこり大丈夫?病院に行った方がいいんじゃない?」と心配そうに言ってきたのは、再検査を受けようと思ったきっかけとして大きかったですね。
―――お母様の勧めや結婚のタイミングでなければ、さらに検査を先延ばしにしていた……という可能性もありますよね。
御舩さん:本当にその通りですね。強い痛みなどの自覚症状もなかったですし、あれだけ検査を受けて大丈夫と言われたことも大きかったです。でもなんとなくですが、「しこり」のことはずっと引っ掛かっていました。ある時は、体育座りをして膝がしこりの辺りに当たった瞬間、「ゴリッ」という感覚がしたこともあって……。なんか嫌な感じはしましたね。
結婚が間近であることと、会社勤めからフリーランスに転向するタイミングで時間的余裕があったことも重なり、「ちょうど良いタイミングだから」という気持ちで再検査へ。結果、7センチメートルまで広がった乳房内のしこりが見つかりました。
体力には自信あり、病気とは縁遠いタイプだった
―――当時、御舩さんの友人や同僚も20〜30代だったことを考えると、乳がん検診やがん全般に関する話題が持ち上がることも少なかったのでは?
御舩さん:友人と会話していても、がんという病気は自分達とは程遠い存在という感じでしたね。もちろん、当時がんになっている友人も家族も周囲にはいなかったですし。
見つかったしこりが良性か悪性か、細胞検査を受けて結果を聞きに行くまでにも、周りからは「まだ30代なんだから、乳がんなわけがないよ」「大丈夫だよ」と言われました。自分も含め、がんという病気をどこか他人事のように感じていました。
まさか自分が乳がんだなんて夢にも思わず、検査結果も一人で聞きに行きました。告知を一人で受け止めるのはつらかったので、いま思えば、母に同行してもらえば良かったな〜と思います。
―――結果、しこりは悪性で乳がんだと分かったとき、ステージ(=がんの進行度)はかなり進行していたのでしょうか。
御舩さん:がん細胞がほかの部位にも転移していないか調べるために、全身検査を受けました。結果、乳がんのステージ2と診断。その後、「左胸全摘手術」を受け、思っていたよりもがん細胞の広がりがなかったため、改めてステージ1と診断されました。
―――胸の全摘手術を受けることに、抵抗感や不安もあったことと思います。治療法の選択にも、かなり迷われたのではないでしょうか。
御舩さん:結婚したらすぐに子供が欲しいと思っていました。その当時、「乳がんは胸をすべて摘出しなくても、がんの部分だけ取り除く温存手術ができる」という情報をちょうど耳にしていたんです。
なのに「なぜ私は胸を失わないといけないのか?」と、最初の病院で説明を受けたとき納得がいきませんでした。さらに、若いため進行が早い可能性もあり、がんの種類によっては抗がん剤治療も必要になるかもしれないという説明もありました。どういった方法がベストなのか……自分の納得いく回答が得られるまで、セカンドオピニオンを受診しました。
乳がんになっても出産できるの?
―――乳がんになったら子どもは産めなくなるのではないか……そんな不安の声も聞こえてきます。現在、乳がん経験を経て二人のお子さんを持つ御舩さんには、当時どんな選択肢があったのでしょうか。
御舩さん:がんの治療が生殖機能に影響してしまい、妊娠するための力が弱まったり、失われたりすることがあります。そのため、がんの診断を受けた人が治療を終えた後に子どもを授かるための選択肢の一つとして「妊孕性温存療法」という方法があります。これは、がん治療前に卵子や精子、受精卵、卵巣組織の凍結保存を行うことで、パートナーとの間に子どもを授かる道を残すための治療法です。ただこれは、将来の妊娠や出産が約束されるものではなく、その可能性を残すための方法です。
―――御舩さんは、「妊孕性温存療法」を選択して今に至る……ということでしょうか?
御舩さん:私の場合は、「子供を産みたい」という希望があり、左胸の全摘出手術の後に、がんの組織を遺伝子解析して、抗がん剤治療が有効かどうかを調べる「オンコタイプDX」という遺伝子検査を受けました。その結果、閉経リスクのある抗がん剤治療は行わず、5年間のホルモン剤治療で対応していくことに決めました。ただ、治療中は妊娠を望めず、治療が終わるころには37歳。年齢が上がることによる不妊のリスクの説明もありました。様々なリスクを考慮したうえで、最終的に妊孕性温存療法も行いました。
治療方針が決まるまでの間は、葛藤の連続。胸も失いたくない、子供も諦めたくない、自分の命も諦めたくない……失いたくないものだらけ。
でも、セカンドオピニオンで4人の専門医を訪ね、納得いくまで話を聞いてみて、胸の全摘は避けられないことが分かりました。さらに、子どもを授かる可能性を残すために、オンコタイプDX検査と妊孕性温存療法を行うことが自分にはベストだと判断しました。
一番驚いたのは「若くてもがんになる」
―――乳がんになる前後で一番大きかった知識のギャップは何でしたか?
御舩さん:一番は20〜30代の若い人でもがんになるということです。がんになる前は本当に知らなくて……。また、がん治療にかかる費用の面についても、具体的な金額は知らなかったですし、想像以上に高額だったことに驚きました。
―――「保険を使えば費用はなんとかなる」と、あまり深く考えていない人もいそうですね。
御舩さん:私が罹患した当時は、妊孕性温存療法はもちろん、抗がん剤の有効性を調べる遺伝子検査「オンコタイプDX」や乳房再建なども保険がききませんでした。公的医療保険で賄える治療法以外にも色々種類があり、しかも結構な金額がかかりました。現在は、これらは公的医療保険の対象になっていますが、それでもがん治療にかかる費用は、20代30代の若年世代にとって大きな負担になっています。
出産を希望する人のための「助成金制度」
―――妊孕性温存療法を含め、乳がん治療は高額とのことですが、やはり費用面で子どもを諦めざるを得ない人もいますよね……。
御舩さん:そういった理由から妊孕性温存療法を諦める人も、もちろんいらっしゃいました。乳がん経験者としても、Pink Ring代表としても、当時からお金の問題で子どもをもつ可能性が失われることほど悲しいことはないと考えていました。Pink Ringが実施した妊孕性温存療法にかかる費用に関する実態調査でも、やはり金銭面に関する反応は大きかったです。その後、Pink Ringの活動の一環として、社会や政治への働きかけも行いました。
2020年11月には、日本産科婦人科学会が厚生労働大臣に要望書を提出。2021年初めには、私も参加させていただきましたが、厚生労働省と有識者間での会議や議論を経て、国による小児・AYA世代がん患者等に対する妊孕性温存に係る経済的支援が2021年4月1日から開始されました。
妊孕性温存療法にかかる公的助成金制度がスタートしたことで、治療の選択肢は広がりつつあります。
乳がんでも笑える瞬間はやってくる
―――闘病中は、メンタルの浮き沈みに悩まされることもあったのではないでしょうか。
御舩さん:ホルモン治療の影響で、更年期障害のような症状に悩まされたこともありました。病気とメンタルとの付き合い方は、時間の流れが解決してくれた部分も大きかったですね。がん治療と聞くと、暗くて、辛いイメージがあるかもしれません。私もそう思っていましたし、実際に落ち込んでいた期間はありました。
しかし、そんな中でも、ふとお笑い番組を見ていた時に自然と笑っていた瞬間があったんです。そのときに「あ、社会に戻ってやっていけるかも」という気持ちが自然に湧いてきて、前向きさを取り戻せるようになっていきました。
SNSで出会えた乳がん仲間の存在
御舩さん:病院のお話会やSNSのお陰で、同じ乳がん経験者や一歩先をゆく乳がん体験者とも交流する機会を得られました。その存在が当時の私にとっては、とても心強かったですね。不安な気持ちを分かち合えたし、がんになっても「こんな風に人生を歩んでいけるんだ!」と思えたんです。今でも、その方たちとは交流がありますよ。
みんな乳がんにならなければ出会えなかった人たちですから、病気になったことは悪いことばかりではなかったなと思います。
―――乳がんの再発リスクについては、どう思われますか?
御舩さん:「がんという病気は完治するものではない」という事実は、あまり周知されていないように思います。私も乳がんになる前は、完治するものだと思っていました。
医者から「がんは再発せずに10年経ったら、一応卒業という形になります」と言われた時に、「あぁ、これから一生付き合っていくものなんだ」と知りました。
正直なところ、「再びがんになるかもしれない」という不安は常にあります。
乳がんの卒業までに10年かかることもそうですし、ホルモン治療を選択した場合、終わるまで私の場合5年かかりました。そんなに長い時間がかかるなんて……と、驚きが隠せなかったですね。また、治療中はいわゆる妊活はできません。さらに、乳がんを発症する人のうち、5〜10%が「遺伝性乳がん」といわれています(*)。乳がんを克服して無事に出産した後も、自分だけでなく、我が子への遺伝リスクも心配しています。
*…日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版」より
乳がんになっても変わらない「自分らしさ」
―――御舩さん自身、乳がん経験者とPink Ringの代表、両方の立場から「がんになったことで、自分の人生を諦めないで欲しい」と伝え続けているそうですね。
御舩さん:がんになったことは自分の歴史の中の一部であり、個性に近いものだと思っています。病気になったのは、自分と向き合うチャンスが訪れたということ。がんになって手放したものもいくつもあるけれど、新しく知ることができた人の想い、出会えた仲間など、たくさんのことを得られました。また、乳がんは人それぞれに、向き合い方に違いがあるのが当たり前。ご自身の人生観、子どもを希望するかどうか、金銭面の都合、病気の進行度合いによっても異なるでしょう。
がんになったことは、長い人生で必ず「自分の強み」になってくれます。私が伝えたいのは、「どんな選択をしても、あなたらしさが脅かされることないんだよ」ということ。
ご自身が自分と向き合い、納得して選んだ道は、どれも素晴らしい選択。私自身が乳がん経てそう確信していますし、今まさに闘病している人にも伝わって欲しいと強く願っています。
「乳がんになったことは命の勲章」。御舩さんを含めた乳がん経験者の皆さんが、そう思えるようになるまでのストーリーの数々が、『Pink Ring』公式HPにも掲載されています。
今回の記事を通して、皆さんの乳がんに対する正しい知識の伝播と病気向き合う勇気の糧になってもらえれば幸いです。
お話を伺った方……御舩美絵(みふね・みえ)さん
乳がんサポートコミュニティ「Pink Ring」代表。闘病中に自身が欲しかった“若年特有の悩みを共有できる場”を広げるべく、2014年より若年性乳がん患者支援団体「Pink Ring」代表。CNJ認定乳がん体験者コーディネーター。日本乳癌学会編集「患者向けガイドライン」小委員会委員、がん・生殖医療学会編集「乳癌患者の妊娠・出産に関するガイドライン2021年版」編集委員、厚生労働省「小児・AYA世代のがん患者等に対する妊孕性温存療法に関する検討会」構成委員。がん治療後に出産、2児の母。
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ヨガジャーナルオンライン編集部
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