「食事に気をつけています」と威張れるほど摂生していない私が考える、食事のこと・健康のこと|連載 #60代のリアル
「60歳」と聞いて、あなたはどんな姿をイメージするでしょうか。「もう60代」と捉えるか「まだ60代」と捉えるか、人生100年時代と呼ばれて久しいこの社会で、60代は「人生後半戦の始まり」とも言える世代ではないでしょうか。60代の体、心、仕事…連載「60代のリアル」では、現在62歳のヨガインストラクター千枝さんのリアルな心境を綴ります。
ヨガをお伝えする仕事をしている関係上、健康情報にアンテナを張ることが多い。
できれば健康的な食生活を送り、生徒さんたちにその効能をお伝えしたい…
と同時に、欲求が頭をもたげてくる。
チョコレート、アイスクリーム、鶏の唐揚げ、ポテトフライ、ビール…
アーユルヴェーダでは、消化力が弱くなっている夏は要注意の季節。
この時期に冷たいものを煽ったり、脂っこいものを食べたりすれば、消化の火・アグニがちゃんと燃えなくなる。
けれど昨今の異常な猛暑で「冷たいものを控える」は、ある種の拷問だとすら思う。
「好きなものを我慢してまで生きていきたくない」
以前雑誌のインタビューで、コメディアンのいとうあさこさんが語っていた。
SNSでも、いとうさんのように考える人をよく見かけるし、なかには「世に出回るものに、そこまで体に悪いものはないはず」という楽観論を唱える人もいる。
そしてたびたび目にするのが
「食事に気をつけていたけど、がんになった」
という人の投稿。
いわく、
「悪いのは食べ物ではなくストレスだった」
「食べたいものを我慢するほうがストレスになる」
だから
「食べたいものを食べることにした」と。
またある投稿者は
「オーガニックな食生活を送っていた親は40代で亡くなった」
「自分は不摂生ばかりしているが、病気もせず元気だ」
そして
「食事に気をつけるって、意味ある?」と。
かく言う私はというと、実は「食事に気をつけています」と威張れるほど摂生していない。
自宅と長原ヨガのスタジオが近いので、自ずと自炊中心になる。
周りは住宅街で、なにもないのだ。
食材は近所のスーパーで売っているもので済ませているし、パンやベーグルを買って帰ったり、チョコレートとお煎餅をおやつにしたりする日もある。
ただ、サプリやプロテインなどの加工品は摂らない。
薬も飲まずに過ごしている。
7月の初旬に珍しく38.7度の熱を出したが、結局薬も飲まず病院にも行かないうちに治ってしまった。
気をつけていることというか、私の場合、毎日の習慣にアーユルヴェーダのデトックス法を取り入れているということ、つまり「毒素」を出すようにしている点がやや特殊かも知れない。
健康法の多くは「何を食べるか」「何は食べないか」にフォーカスしているが、私は体から毒素を出すことが大事だと思っている。
「同じものを食べて病気になる人とならない人がいる」という事実は、人によって消化力(栄養と毒素を分ける力もこれに当たると思う)が違うということを示していると思う。アーユルヴェーダの理念もそこにある。
自分にふさわしい食生活を、自分をよく観察して、自分で選ぶ。
強い消化力を持っている人は、何を食べても健康だろう。お酒も一気に飲み干したいだろうし、気が済むまでステーキを食べたって、翌日はケロリとしている。
けれど、弱い人は、自ずと気にするし、神経質になる。
いずれにしても、不摂生でも元気に長寿をまっとうしている人がいるとしても、あるいは健康的だったのに早死にする人がいるとしても、人類全てが不摂生をしていい理由にも、あるいは摂生しなければならない理由にもならない。
摂生することで大病せずに済んでいる人たちもたくさんいるかもしれないし、摂生すればもっと健康寿命を伸ばせた人もたくさんいたかも知れない。
60代で亡くなった父には年子の弟がいる。
父と叔父は、体型も顔立ちも瓜二つだった。
酒もタバコも口にしなかった叔父は、90を過ぎた今も70代かと思うほど若々しく、背筋が伸びて、ボケるどころか記憶力も鮮明で、肌艶のいいきれいなおじいさんだ。
けれど、ヘビースモーカーで大酒飲みだった父は脳内出血であっけなくこの世を去り、年金すら1円ももらえなかった。
正直、父も、叔父のように生活していたら今も元気だったかも…と、つい思ってしまう。
けれど、どちらにしても、人と比較しても始まらない。
体質の違いはもちろん、仮に父と叔父のように体質が似ていても、価値観や生き方が違えば結果は違うのだ。
自分はどうか。
これに尽きる。
よく言われる「ていねいに生きる」は手間暇をかけることではなくて、そんな自分の特異性に気づき、向き合い、ケアしていくことだと思う。
こんなことを書いている私も、30代の頃の私はヘビースモーカーで、毎晩ビールを3リットルくらい飲み、唐揚げを食べ、深夜まで出歩いていた。
それが当時の私のストレス発散法だったからだ。
私の場合はこれが最悪だった。ストレスを溜めるのもよくないが、この発散法はさらによくなかった。
この不摂生の習慣が不眠症の悪化につながり、10年ほど薬漬けで暮らすことになってしまったのだと思う。
けれど、これすら私の経験にすぎない。
ずっと外食でもいい。
畑を耕して何もかも自分で作るのもいい。
あなたが、自分にはそれが合っていると思うなら、それで大丈夫なのだ。
いろいろやってみて、自分の正解に辿り着く。
違うと思ったらまた変える。
アーユルヴェーダでも解いているように、年齢や季節によっても人は変わるのだ。
他人から得た情報で誤魔化さずに、自分と向き合う。
そこに価値がある。
これって、食生活だけじゃないんだよね。
人の情報を追いかけすぎて、自分を見失わないようにしたい。
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