60代。計画通りに進まない人生。でも「新しい経験ばかりで面白い」と思えるようになったのは|連載 #60代のリアル
「60歳」と聞いて、あなたはどんな姿をイメージするでしょうか。「もう60代」と捉えるか「まだ60代」と捉えるか、人生100年時代と呼ばれて久しいこの社会で、60代は「人生後半戦の始まり」とも言える世代ではないでしょうか。60代の体、心、仕事…連載「60代のリアル」では、現在62歳のヨガインストラクター千枝さんのリアルな心境を綴ります。
私にとっての黒歴史と言えそうな、2011年の日記帳。
「仕事辞めたい」「会社行きたくない」「眠れない」「死にたい」…仕事、体調、人間関係、どれをとってもどん底だった頃だ。
けれど裏表紙には、その暗さに不似合いな、カラフルな付箋が何枚も貼り付けてある。
当時、自分を変えたくてコーチングを受けていた。
「こうなりたいという夢を付箋に書いて目につくところに貼りなさい」と言われて書いたものだが、殴り書きの書体に当時の諦めが滲んでいる。
「一人でのびのびとくつろげる部屋」
「バルコニーで日差しを浴びてお茶を飲む」
「不眠を治したい」
「心の持ちようを学ぶ」
「自分の『名前』で仕事をしたい」…
60代に入った今、怖いことにそのほとんどが実現している。
20代までは計画が好きだった。
勉強の計画、旅行の計画、就職、何歳くらいで結婚し、老後のことも考えておかないと…ところが離婚で人生の計画は一度すべて吹き飛んだ。それからは計画を立ててもその通りに進まず、もがくばかりの日々だった。
冒頭の日記はまさにその時期のものだ。
ストレスから不眠症を患っていた会社員時代、ヨガを趣味で始め、程なくしてヨガインストラクター養成講座に通い始めた。
その頃、新設のスタジオのスタッフにと誘われその話に飛びついた。資格を取り、前職も退職。
ところが突然「この話はなかったことに」と言われ、50代半ばで無職に。
まさに晴天の霹靂。人生の計画はまたしても頓挫した。
失意の中再就職先を探しながら応募したスポーツクラブのオーディションに合格。
最初は自信がなかったヨガインストラクターとしての仕事も、慣れてくるとやりがいを感じられるようになり、何の計画もなく始まった生活の中で少しずつ自信を取り戻していった。
ところがまたも予想外の事態に。
コロナ禍で施設が休業・閉鎖となり、仕事を失ったのだ。
突然訪れた自由時間を、ヨガの練習に明け暮れて過ごした。
恐らく生まれて初めて真剣に「これからどう生きるか」を自分に問いかけて、返ってきた答えはシンプルだった。
「ヨガを伝えることが私にできる社会貢献だ」
そう思えた時、「人生は計画通りには行かないもの」という達観とともに「流れに身を任せ、予想外を面白がろう」というワクワク感が芽生えた。
オンラインレッスンを担当し始めた。
最初は画面に自分が半分しか映らなかったり散々だったが「新しい経験ばかりで面白い」と思えた。
自主開催クラスを始めた。
誰も来ないことも覚悟していたが、閉鎖したスタジオの生徒さんたちが来てくれた。ホームページを作り回数券を作り場所を確保して…と慣れない作業に手間取ったが「やってみると案外自分でできる」と楽しめた。
毛嫌いしていたSNSを始めた。
朝ヨガライブ。最初は数人だった視聴者もやがてリアル視聴が60人に。自分を映すのはイヤだったが「これもまたとないこと」と面白がれるように変わっていった。
だがまたしても転機が訪れた。
自主開催クラスを続けて3年目の冬、開催場所が閉鎖されることになったのだ。
60代に入り、そろそろ新しい経験に疲れ始めていた。公民館や安く貸し出されている施設を回ったが、どうしても腑に落ちない。
けれど、スタジオ経営なんて絶対無理だ。
やることが多そうだし体力も資金も不安だし、老後を目前にそんな無謀なことをして大丈夫だろうか?
何回計算しても収支はギリギリにしかならない。
事業計画書を作って不動産屋さんに見せると、「こんなんで本当にやるの?自分の家族だったら止めると思う」と言われるほどだった。
内装工事だって、どこにどう頼めばいいのか皆目見当がつかない。
家族も頼れる人もいない。保証人もいない。全部一人でやらなければならない。
ギリギリまで悩んだが、結局「せっかく今日までやってきたのに終わらせるのは悔しい」という思いと「なんだか面白い展開になってきたぞ」という謎のワクワク感が勝った。
そして不動産屋や工務店、大家さんの応援もあり、強い追い風に押されるようにスタジオを作る決心をした。
「うまくいくかいかないかは置いといて、こんな経験ができてなんかラッキーだよね」
銀行からの融資や公的資金など、年寄りの起業で何かあったら返すアテがないお金なんて借りられない。なけなしの貯金を叩けば何とかなるはず。
よし、これで行こう!
そう決意して両親の墓参りに行くと、突然墓石にカラスが止まった。
墓地のカラスは「吉兆の知らせ」とも言われている。
両親も「そのまま進んでごらん」と言ってくれている気がした。
15年前の殴り書きの付箋には、まだ実現していなかったものがあった。
「一生打ち込めるもの」「カフェなど自分のお店」「人の輪を広げる」。
奇しくもそれが今、ヨガスタジオの形で現実になっている。
計画通りにいかない人生。
流れに身を任せて面白がってるうちに、気づいたら60歳過ぎた私の元に夢の方からやってきてくれたらしい。
あ、ちなみに「事業計画書」も計画通りとはならず、おかげさまで今のところ何とか黒字で頑張れております。
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