グレイヘアから見えた、老いていく自分の奥深くに眠っていた陰と陽|連載 #60代のリアル

グレイヘアから見えた、老いていく自分の奥深くに眠っていた陰と陽|連載 #60代のリアル
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千枝
千枝
2025-06-01

「60歳」と聞いて、あなたはどんな姿をイメージするでしょうか。「もう60代」と捉えるか「まだ60代」と捉えるか、人生100年時代と呼ばれて久しいこの社会で、60代は「人生後半戦の始まり」とも言える世代ではないでしょうか。60代の体、心、仕事…連載「60代のリアル」では、現在62歳のヨガインストラクター千枝さんのリアルな心境を綴ります。

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以前公開したインスタグラムのリール動画が、現在600万回再生を超えている。TikTokと合わせると700万回以上だ。

白髪混じりのおばあちゃん(私)が「62歳になりました」とブリッジをしているだけの動画だが、公開直後から急激に再生数が伸び、夜が明けるたびにフォロワー数も1,000人ぐらいずつ増えていった。

SNSは私が自主開催しているヨガ教室の宣伝のために運営している。撮影もコンテンツ作りも1人で行なっている完全な素人運営で、それが突然びっくりするほど大勢の人の目に触れてしまい、正直戸惑いしかない。
程なくして動画を見た人たちから、私の髪に対する賛否が起こり始めた。

「自然なままなグレイヘアなのがいい」
「染めたら若く見えるのにもったいない」

私はもともと不精で、ヘアサロンには年に2〜3回しか行かない。髪も伸び放題だが、ヨガをする上ではまとめてしまうので不便を感じない。

これまではヘナを使って自分で染めていた。
ヘナは自然と色が入るので頭皮の浄化と白髪染めの両方の目的にかなっていたが、白髪が増え始めその頻度が増すと面倒になっていた。
そんなヘナをやめたのは、今年に入ってからだ。

なすべきことに人生を捧げられる思考を持つ、それが本来の『若さ』

昨年末、ヨガ教室で借りているレンタルスペースが閉鎖された。
古民家風の内装を施した温かい雰囲気に一目惚れして、オーナーに直接掛け合ってお借りしていた場所だ。
生徒さんは多くはなかったが、徐々に開催回数を増やし、プロップス類も自由に置かせていただけて、半ば自前のスタジオ感覚になっていた。

それだけに閉鎖は名残惜しく、引き継いで運営することも考えたが、ローカル駅とはいえ「駅徒歩1分」の好立地だけに、レッスンフィーだけで生活している私には賃料の負担が大きく二の足を踏んでしまっていた。

しかもオーナーから閉鎖の話を知らされたのはタイミング悪くインドに行く直前で、かねてからの円安の影響もありこの旅に大金を叩いてしまった後だった。

うわあ、どうしよう?

近くに公民館やレンタルスタジオ、商店街会館などもある。
でもどうもしっくりこない。当然だけど、これまでの環境からいろんなものが不足してしまう。

この先のこと…収支のバランス、60代からの起業、伝えたいヨガ、実現したいこと…全部を天秤に、かけてかけてかけて、毎日毎晩悩み倒した。

そうこうするうちに別のテナントの入居が決まり、いよいよ「どうしよう?」が切羽詰まった形相で迫ってきて、小声だった散り散りの感情がそれぞれ爆音になり眠れない日々が続いた。

そしてある日ふと鏡を見たら、私の髪は真っ白になっていた。

「え、きれい…」

そこにいたのは、青味がかった黒髪に小束の白髪が混じる、御影石のような紋様の髪をした私だった。
ちょろちょろと顔を出していた時はあんなに鬱陶しかった白髪が、陰影を醸し出す柄のように見える。

「若いのはいいこと」。

アーユルヴェーダでは老いを一種の病と捉える考え方があり、若さを保つことは有意義な人生を送る上で重要とする思考がその底辺にある。
でもそれは【見た目を誤魔化して若く見せること】とは違う。
しなやかな体と体力はもちろん、優れた感覚器官や知性を保ち、なすべきことに人生を捧げられる思考を持つこと。

それが本来の『若さ』なのだ。

受け止め方が変わった途端、これからの人生に希望と自信が湧いてきた

…などと偉そうに言っているが私自身、今こうして自分がグレイヘアになるまで、そのことを実感として理解していなかった。

それどころか40代・50代はせっせと髪を染め、老け見えしたくない、年寄りくさい言動はしたくない、若く見られたい…と必死に老いから逃げ回っていた。

私たちは当たり前のように絶えず変化している。
ある年齢まではその変化を『成長』と、ある年齢からはそれを『老化』と呼ぶかもしれないけれど、結局のところどちらも『進化』なのだ。

進化?

人間は皆幸せに向かって、悩み苦しみながら人生の船を漕いで進んでいる。
植物が少しでも陽の当たる方へと枝葉を伸ばすように、蜜があるところに蜂が集まるように、全ての生き物が「幸せでありたい」と願って生きている。

そしてヨガの学びを通して気づいたのは、真の幸せとは、自分を許容し、自分らしく生きる心地よさを味わい、あるがままを生きようとする時に訪れるということ。
私も老いていく自分を許容し、老いへの不安や他人からの評価から解き放たれて自分らしく生きる心地よさを味わい、あるがままを生きていこう。

そんな心の芽生えを、魂が喜ぶこの変容を『進化』と呼ばずして何と呼ぶだろう?

「髪が白くなった」たったそれだけのことなのに、受け止め方が変わった途端、これからの人生に希望と自信が湧いてきた。
この年齢になって、こんな考え方をする自分に出会えるとは予想もしなかった。老いて初めて自分の奥深くに眠っていた陰と陽を知っていく気分だ。

そしてこの心の変化は、現実にも影響し始めていると感じる。

先日、重い腰を上げて東京都の創業支援事業の起業コンサルティングを受けてみた。
コンサルタントは私よりひと回りくらいお若い感じの女性で、「起業に自信がない」と話すとグレイヘアほやほやの私を見ながらおっしゃった。

「私はあなたの起業を心配していません。だって、もしヨガを習いに行ってそこにあなたがいたら、私、絶対入会するもの」。

思わず書類から顔を上げた。

ねえ、こんな嬉しいこと、ある?

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