人生を変えた?呼ばれた?ヨガの聖地・インドへの旅②ラクシュミーとの出会い|連載 #60代のリアル

 人生を変えた?呼ばれた?ヨガの聖地・インドへの旅②ラクシュミーとの出会い|連載 #60代のリアル
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千枝
千枝
2025-05-27

「60歳」と聞いて、あなたはどんな姿をイメージするでしょうか。「もう60代」と捉えるか「まだ60代」と捉えるか、人生100年時代と呼ばれて久しいこの社会で、60代は「人生後半戦の始まり」とも言える世代ではないでしょうか。60代の体、心、仕事…連載「60代のリアル」では、現在62歳のヨガインストラクター千枝さんのリアルな心境を綴ります。今回は、インストラクターになってすぐの頃、導かれるように訪れたインドの旅の記憶、後編です。

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アシュラム到着の翌日。インドに来たことを少し後悔していた私は、グループからひとり離れて行動していた。女神たちを祝福するプージャ(儀式)が華やかに行われる中、ホールの周りに並べられていた女神像を見て歩いた。『なんちゃってヨガインストラクター』だった私はヒンドゥーの神様なんて全く知らなかったのだが、その中にあった、巨大なピンクのハスの花に乗ってグリーンのサテンのドレスを着た派手な女神像が目に入った──。

グリーンのサテンのドレスを着た派手な女神像。その写真を撮ってSNSにアップすると、友達の1人が「これは美と豊饒の女神・ラクシュミーだね」と返してくれた。

ラクシュミー…ふーん…

ある時、礼拝堂の片隅でこじんまりと儀式をしている人たちの様子をぼんやり眺めていると、おばあさんがやってきて私の額にクムクム(赤い粉)でビンディー(ひたいの真ん中に施す装飾)をつけてくれた。

参拝するよう促されて床に跪き、この神様は?と聞くと「ラクシュミー」。

またラクシュミーか…

アシュラムはナヴァラトリのためにインド全土から集まった人たちで連日ごった返していた。なにしろこの期間は全ての人に食事が無料で振る舞われるのだ。

外国人は専用の食堂を利用できるようになっていた。宿泊施設も食堂も全て無料だったが、ドネーションを捧げる人がほとんどだった。
食事はどれも驚くほど美味しかった。

外国人用にスパイスが工夫されているらしく、胃腸の弱い私ですらお腹を壊すこともなかったし、シンプルなチャイもとても美味しくて、いまだかつてあれほど美味しいチャイは飲んだことがない。

どこに行っても日本人は私たちだけで、たえず注目の的だった

好奇心で目をキラキラさせた子どもたちが日本人珍しさにたくさん集まってきて、その無邪気な振る舞いが本当に可愛かった。

その中に7〜8歳くらいの女の子の2人組がいた。

プージャに参加する子女たちはいずれも裕福な家庭の出らしく、彼女たちもほかの子供達同様毎日違うドレスに豪華なアクセサリーを身につけておしゃれしていた。
そのうちの1人ヒランマイは、可愛いだけでなくとても聡明で、寺院を案内してくれて参拝の仕方などを教えてくれた。
彼女の愛らしさは、私の硬くなった心を溶かしてくれた。

ヨガインストラクターとして働き始めたものの、それまでの経緯でヨガそのものに対して後ろ向きになっていた上に、経済的な不安を抱えていた。そんな私を癒すかのように、毎日どの食事も美味しいしみんな親切だし、ここって天国みたい!

こうして1週間はあっという間に過ぎて、帰国する日を迎えた。
ところが、いつもなら飛んでくるヒランマイがいない。
最後の挨拶をしたいのに…と途方に暮れていると、通りの向こうからこちらを見ている女の子がいた。ヒランマイといつも一緒だった子だ。

童顔のヒランマイと違い大人っぽい顔立ちをしたおとなしい彼女は、この日珍しく自分から歩み寄ってきて、スーツケースを持ってくれて一緒に歩き出した。

スマホに興味津々の彼女。「書類を書いてくるから写真撮ったりしてもいいよ」とiPhoneを渡すと私の友人たちと写真を撮り始めた。

「あ、そういえば名前、なんて言うの?」

「ラクシュミー」

え?

グリーンのサテンのドレス姿だ…

あの絵と同じ!

帰りの空港でスマホを見ると、ラクシュミーのセルフィーがこれでもかというくらい出てきた。
鈍感な私も、この時ばかりはこの状況にさすがに引っかかるものがあった。

ラクシュミーとの出会いから動いた私の人生

帰国後、何か意味がある気がしてネットで調べるうちに、「タロットカードでラクシュミーが出てきた時の意味」というよくわからない記事が目に止まったのだが、その文言を見てぶっ飛んだ。

あなたは今、お金のことで悩んでいるかもしれない。
あなたの願いは聞き届けられた。
お金の心配はいらない。
選んだ道を進みなさい。

その後はどんどんレッスンが増え、「ヨガインストラクターの仕事だけでは暮らせない」はずが、気づくと会社員時代のほぼ同収入を得ていた。

お金の心配はいらない

これがあっという間に実現したのだ。

ちなみに『ヒランマイ』はどうやら「ラクシュミーに仕える女官の1人」だそう。

そうだったのか…

かくして、周りから散々言われた「インドには呼ばれないと行けない」は私の中で確信になった。

こんなことってある?

50年以上生きてきて、目に見える世界が全てだと思っていた。
その絶対的な常識がたった6万円で、たった1週間で180度変わったのだ。

スケジュールや展望や目標なんてものを遥かに超えた、人智なんて全然及ばない遠いところに“それ”はある。
“それ”が何かはわからない、でも“それ”はある瞬間途方もない力で人生に関わってくる。

私にとってこのインド旅は幸運な逸話だ。私をヨガに結びつけた、ある種神秘的で前向きなストーリーだ。

けれどそうではない世界線だってある。
いいことばかりが起きるわけではない。良い人とだけ出会えるわけではない。
しかも“それ”は途方もない力で人生に影響する。
だから私たちにできることは、出会ったものを面白がり、時には振り回されながらも、自分を愛することを辞めないこと。

60代になった今、色褪せていく過去を振り返り、噛み締めながら、いろんなことが削ぎ落とされていっている。
けれどその教訓だけは色褪せることなく、むしろ輝きを増している。

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