「歳を取ったら終わり」「老後はおまけの人生」なんて、誰が言ったんだろう?|連載 #60代のリアル

「歳を取ったら終わり」「老後はおまけの人生」なんて、誰が言ったんだろう?|連載 #60代のリアル
photo by Poko
松木千枝
松木千枝
2026-06-10

「60歳」と聞いて、あなたはどんな姿をイメージするでしょうか。「もう60代」と捉えるか「まだ60代」と捉えるか、人生100年時代と呼ばれて久しいこの社会で、60代は「人生後半戦の始まり」とも言える世代ではないでしょうか。60代の体、心、仕事…連載「60代のリアル」では、現在63歳のヨガインストラクター千枝さんのリアルな心境を綴ります。

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この記事が出る頃は、ヨガジャーナルオンラインさんのイベントに参加したあとかもしれない。

「変化を通して深まる、私の色」を見つめるジャーナリングセッション

というイベントのトークショーに、井上敦子先生と登壇させていただくことになった。

現在の住まいには、中学生の頃から暮らしている。

建物は変わったが周囲の風景は変わらない。特に、幹線道路と住宅街の間を結ぶ通りの、「開かずの踏切」ならぬ「変わらずの信号」にはずっと手を焼いてきた。

歩行者用信号が青になるまでが長い。そして青になってからが超短い。

渡らせまいという決意さえ感じるこの信号は、この50年ずっと変わっていない。

変えろよ、である。

中学の頃は、信号が見えてから走り出しても、青のうちに渡り切れていた。

60歳を過ぎた今では、信号が青だろうが赤だろうが走ることすらなくなった。

昔のように走ろうものなら、転ぶか肉離れは必須だろう。

同じ場所にいると自分の変化がいやでもわかる。

体が老いることの不便さを感じるシーンはたくさんある。

最近は耳も悪くなって、人が多い場所では可愛い若い女性の声が聞き取りづらくなってしまった。

カフェで注文しようとしても、店員さんの声が聞き取れなくて聞き返してしまったりして、自分でも自分の「お婆さん味」がちょっと悲しくなる。

そのたびに、「ああ、私もすっかり年取ってしまったけど、このペースに慣れてゆっくり暮らしていこう」としみじみ思ったりするのだ。

ところが。

先日TikTokを見ていたらル・セラフィムのKazuhaちゃんがトレーナーさんと筋トレしている動画がバズっていた。

面白そうだったので私も真似してみたのだが、なんとかこなせて一人ご満悦だった。

ところがそれからというものタイムラインに筋トレ動画がどんどん流れてきて、今や「世界の筋トレ」に席巻されている。

かなりハードなものも多いのに、なかには可愛らしい女性や同年代?と思われるような大人も参加し、最後は親指を立てたハンドサインなんてやって、楽々とこなしているではないか。

「やってみようかな…」

そんなわけで、年甲斐もなくである。

挑戦してみたら全身筋肉痛!

翌日からはロボットのようにカクカクと痛みを堪えて動く羽目になってしまった。

彼らは日々体を鍛えているからできるのに、そんな背景を差し置いて「簡単そうに見えるから」と挑戦してしまうなんて、自分の年も考えず、さらには日頃身体や運動と向かう仕事をしているくせに、いや、その分驕りがあったのか、SNSやYouTubeの動画を真似て怪我をする人の典型みたいになってしまったのである。

何歳になっても凝りないというか、永遠に成長しないところがあるのが人間なんだろうか。(私だけ?)

変わるところ、深まるところ、変わらないところ。

けれどそんな丸ごと含めてが「私」なんだ。

人生は一枚の絵のようなものだと思う。

経験を重ねて色味が増したり、暗い影になったり、または少し褪せて渋みが増したり、逆に透明感に変わるような変化が起きるかもしれない。

ただ間違いないのは、キャンパスに載るどの色も、全部その絵の完成に不可欠なのだということ。

その絵自体の印象も、時の流れとともにどんどん変わっていく。

全体の色味が変わることもあれば、キャンパスに載せたたった1色が全体を大きく変えることもあるかもしれない。

私にとってヨガとアーユルヴェーダは、まさにそんな1色だった。

年齢を重ねることで全体の印象も変わってきたけれど、この強烈な2つの色が私のその後の絵のタッチを180度変えた。

けれど、まだ終わりではない。

たぶん、まだ完成していない。

これからも、1日1日の経験が新しい彩りになってキャンパスを飾っていくに違いないと思うと、これから先の人生にちょっとワクワクしてくる。

「歳を取ったら終わり」「老後はおまけの人生」なんて、誰が言ったんだろう?

芸術家の岡本太郎先生の大好きな詩がある。

生きる日の喜び、悲しみ。

そのひとつひとつが新しい彩りに満ちている。

かつて横断歩道を全速力で渡り切っていた10代の私の姿は、淡い光を放ちながら、今も私のキャンパスに小さく描かれて残っている。

すっかり新しい絵になっていくのではなく、「私」という登場人物とその場面が、この絵の完成に向けて少しずつ描き足されていく。

もちろん人によっては「過去はすっかり切り捨てた」と、書きかけのキャンパスを大胆に引きちぎり、まっさらな新しいキャンパスに全く新しい絵を描き始める人もいるかもしれない。

それもまたそれでいいのだ。

どんな失敗も、不安も、悲しみも、人生の選択には何一つ無駄ではない。

今日のあなたはどんな彩りですか?

え?真っ黒?

「黒」はロックですよ。

じきにそこ、カッコよくなります。

どうしてもイヤなら、上から塗りつぶすことだってできます。

安心して好きな色を塗りたくりましょうぞ!

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