母親らしくという呪縛から逃れられなかった…。台湾の坐月子が教えてくれた、自分を休ませるという選択
きっかけは、ひとつの違和感…。「こうあってほしい未来」を思い描き、自ら動き出した女性たちがいます。環境、ウェルビーイング、ジェンダー、働き方——社会に横たわる課題に向き合いながら、自身の視点で商品やサービスを生み出す彼女たちの物語。 連載「HER STORY(ハー・ストーリー)」では、そんな女性ファウンダーの声に耳を傾け、今を変え、未来をつくるためのリアルな挑戦を追いかけます。
台湾で一般的に行われている伝統的な産後ケア「坐月子(ズオユエズ)」を知っていますか?今回お話を伺う多田真紀子さんは、2人のお子さんの出産後にそれぞれ日本式の産後ケアと台湾式の産後ケアを経験。その実体験をきっかけに、現在は薬膳をベースとした台湾式の産後ケアを日本に伝える活動に取り組まれています。
台湾人夫に強く薦められた産後ケア
ーーー多田さんは、どのような経緯で産後ケアを利用することになったのでしょうか?
多田さん:わたしは子どもを2人出産しているのですが、1人目を妊娠して安定期に入った頃、台湾人の夫に「台湾の産後ケアは充実しているから、台湾で出産した方がいい」と薦められました。しかし当時は台湾で生活したことが無く、言葉の面でも不安があったため現実的ではありませんでした。最終的には、日本で産後ケアができる場所を探すことに。なので1人目のときは日本の産後ケアセンターで日本式の産後ケアを受けたということになります。
ーーー ということは、夫さんはもともと産後ケアについて詳しかったんですね。
多田さん:実は、夫が特別詳しいというわけではなく台湾では当たり前に行われることだそうです。夫の妹が出産した際にもしっかり坐月子(ズオユエズ)をしたことで、産前の身体の不調が改善したり、より一層健康を感じられるようになったらしく、夫自身も必要性を強く認識していたそうです。
台湾では産後ケアが当たり前?
ーーー台湾では、産後ケアセンターを利用する以外に、自宅で家族によって産後ケアが行われる場合もあるのでしょうか?
多田さん:台湾の衛生福利部(日本の厚生労働省に相当)の統計データを元にした研究によると、2019年時点で約6割*の産婦が民間の産後ケアセンターを利用しているのだそう。その他には、自宅や実家・義実家で過ごし、外部サービスとして「月嫂(ユエサオ)」と呼ばれる産婦と新生児のケアを頼める専門のヘルパーを呼ぶか、家族にお世話してもらいながら「月子餐(ユエズツァン)という産後専用の食事を宅配利用する方法などがあります。
ーーー経済的に余裕があるかないかに関わらず、産後ケアは行われるんですね。
多田さん:はい、台湾では当たり前の習慣として根付いていて、産後ケアをしない人はかなり少数派。とはいえ、産後ケアセンターを利用するのは金額的に安いわけではありません。一泊に換算すると平均4万円以上。なので、もし家庭状況によって外部の産後ケアサービスを利用しない場合でも、自宅での坐月子は当然のこととして行われます。具体的にいうと、食事による養生(薬膳スープなどで産後に必要な栄養をしっかり摂る)と、赤ちゃんのお世話や授乳以外の家事などの労働は一切行わず、外出せずにしっかり寝て休息を取る、ということです。それだけ産後ケアというものが重視されていることを表していますよね。
*A Comprehensive Analysis of Postpartum Care Centers: Industry Trends and Growth Factors, April 2024, International Journal of Academic Research in Business and Social Sciences 14(4) “According to X. Xia et al.(2024) summarizing industry data, postpartum-care-center utilization in Taiwan reportedly rose from 7.0% in 2001 to 62.46% in 2019 (source cited as “Zheng, 2021; Taiwan, 2022”).”
我が子を他人に預けるなんて母親失格?
ーーー日本でも最近は産後ケアのサービスを利用する人が徐々に増えていますが、日本の産後ケアと台湾の産後ケアとで何が違うのでしょうか?
多田さん:まず日本では「母親が夜中に赤ちゃんを預けてでも自分のケアに集中するべき」という考えを持つ人は少ないのではないでしょうか。1人目の出産後に日本の産後ケアセンターでしばらく過ごしましたが、わたし自身「生まれたばかりの我が子を他人に預けるなんて母親失格ではないか」という思いが常に付きまとっていました。赤ちゃんを自分でお世話しないことに罪悪感があり、せっかく産後ケアセンターに泊まっているのに、夜中に泣き喚く赤ちゃんを抱きながら廊下をひたすら歩き回ったこともありました。
でもそんな時、同じセンターに宿泊していた先輩ママから「これから子育ては何年も続くのに、ここで他の人に任せないでどうするの。とにかく今は赤ちゃんを預けて自分の身体を休めないと。」と言われてハッとしたんです。今では産後ケアの重要さに気づきましたが、当時のわたしは、母親らしくいるべきという呪縛から逃れられなかったんですよね。出産直後の時期はどうしても「赤ちゃんを出産して自分は母親になったのだから、自分が我慢してでも我が子を第一に考えなければ」という意識が芽生えると思います。でも、それよりもまずは命がけで出産を乗り越えた自分の身体の回復を優先して、自分に一番優しくあっていいと考えることも大切なんですよ。
心穏やかに過ごせた台湾式の産後ケア
ーーー2人目のお子さんをご出産後、台湾から月嫂(ユエサオ:産後の女性及び新生児のケアを頼める専門の方)を呼び、ご自宅で産後ケアをしてもらっていたとのことですが、1人目の出産後に日本の産後ケアセンターで過ごした時と比べると、身体が回復する様子に違いはありましたか?
多田さん:2人目の産後は、日々が穏やかに過ぎていきました。基本的に産後はメンタルの浮き沈みが激しくなりがちで余裕がないものですが、24時間体制で頼れる人がいるという環境はとても有難いものでした。夫に当たってしまうことも少なく、上の子にも気を配る余裕が生まれたように思います。
わたしの場合、夜中は3時間ごとの授乳だったので、その都度月嫂さんが赤ちゃんをわたしの寝室に連れてきてくれて、授乳が終わったら赤ちゃんは月嫂さんが自分の部屋に連れていきお世話をしてくれました。産後は誰しも、夜中にゆっくり眠れない状況を辛く感じるもの。月嫂さんがいたおかげで、その状況にどう対処するかの選択肢を持てたので、心に余裕が生まれました。
産後ケアをきっかけに普段の食生活も好転
ーーー多田さんは、産後ケア体験がきっかけとなり日々の生活に食養生を取り入れるようになったとのことですが、その変化はご自身にどのような影響を及ぼしましたか?
多田さん:まず、自分の身体の状態を分析できるようになったことが大きな変化かな。自分の体調を振り返って、不調の原因となっているであろう生活習慣や食生活を改善するためにトライ&エラーを重ねるようになりました。以前から、女性の身体には月経、出産、更年期など大きく揺らぐタイミングがあることはある程度は理解していたつもりでした。ですが、実際に台湾式の産後ケアを受けてからは、そのような重要な時期には食べ物で身体を整え、養う(台湾華語では「調養」と呼ばれる)ことの必要性を意識するようになりました。
ーーー食べ物で身体を整え養うとは、具体的にはどのようなことでしょうか?
多田さん:中医学には「薬食同源」、「薬膳」という考え方があります。
薬食同源
薬も食べ物も元々は同じで、食事も薬であるという考え方
薬膳
食物にはそれぞれ異なる性質があり、冷やす食べ物(涼性、寒性)、温める食べ物(温性、熱性)や、「五味」と呼ばれる、酸っぱい、甘い、辛い、苦い、しょっぱい(酸・苦・甘・辛・鹹)という味の種類によって、身体にどのように作用するか異なるという考え方。例えば、月経の時期、つまり女性の身体から血が欠如してバランスが揺らいでいる時期に、薬膳の考え方に基づいて摂った方が良い食べ物や摂らないほうが良い食べものがある。
わたし自身、今でこそ食生活を整えるようになりましたが、若い頃はビールが大好きで(笑)。仕事が終わったら冷蔵庫から冷たいビールやサワーを取り出して冷製のおつまみと一緒に楽しむことが日課でしたし、レストランで提供される氷入りのお水も躊躇なく口にしていました。それ以外にもアイスコーヒー、アイスクリーム、辛いもの、脂っこいもの、甘いもの...美味しいものは好き勝手に食べていました。もちろん、月経前や月経中に食べものを変えるという意識はなく...。振り返ってみると、生理痛が重く、妊娠しづらい体質を自分で作っていたのかもしれないと感じています。今では、少なくとも冷たい食べ物や飲み物を避けるようにしたり、温かいスープや養生茶で身体の巡りを良くすることを心がけるように。そして、月経中はなるべく無理をしないようスケジュールを調整し、日々頑張っている自分の体を労わる食べ物や飲み物を取り入れるようになりました。
ーーー食べるものへの意識について、日本でも実践しやすい方法はありますか?
多田さん:全ての食事を変えることは難しいと思いますので、読者の皆さんが今すぐに実践できる方法としては、冷たい食べ物を食べる際は温性の食べ物も一緒に摂ること。例えば、お寿司を食べるときは一緒にお味噌汁などの温かいスープを飲むなど、一食が冷たい食べ物だけにならないように意識してみてください。
プロフィール:多田真紀子さん
2011〜2022年、女性の健康医療機器メーカーの日本法人でマーケティング、広報を歴任。2023年より家族と共に台湾に移住し、「台湾発 女性のためのいたわり薬膳 YUEZU」を日本に届ける活動を開始。産後ケアをベースに月経ケア、流産ケア、更年期ケアのサービスを提供する台湾の薬膳ブランド「紫金堂」の日本総代理として2025年1月より日本国内販売開始。
多田真紀子さんのInstagram
紫金堂(しきんどう)について
2004 年の創業以来、台湾の産後ケア文化「坐月子」における産後ケア薬膳(いわゆる月子餐)のリーディングカンパニーとして発展。中医学の体質調整ケアをベースに、産後ケア、流産ケア、月経期、更年期など、女性のライフステージに寄り添う薬膳食品、飲料を提供。台湾を中心に、これまで世界 31 の国と地域へ展開し、女性の健康を支える文化を台湾から世界へ広げています。
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