産後うつは“心の弱さ”ではない…産婦人科医が語る、産後うつを防ぐために家族や職場が知るべきこと
産婦人科医の高橋怜奈さんに、産後うつへの対応と周囲のサポートについてお話を伺いました。「死にたい」と思ったり自然に涙が出たりする場合は、すぐに受診が必要です。限界まで我慢せず、少しつらさを感じた段階で相談することが大切だと高橋さんは強調します。周囲の人は「産後うつは、誰でもなりうる」という認識を持ち、「頑張って」などの言葉は避けるべきとのこと。育児を一人で抱え込まず、家族や地域で分散させることの重要性を語っていただきました。
限界までがんばる前に相談を
——どういった症状があるときには受診をした方がいいのでしょうか。
まず、「死にたい」「消えたい」と思ったり、自然に涙が出たりするのであれば、すぐに受診するべきだと思います。
よく「自傷他害の恐れがある」という言い方をするのですが、自分の子どもやパートナー、もしくは自分を傷つけてしまいそうになるときも絶対受診した方がいいです。
——「みんなこれくらい我慢しているだろう」と耐えようとしてしまう方は少なくないと思うのですが、「つらいけれど、まだ頑張れる」と思う段階で受診してもいいのでしょうか。
いいと思います。ちょっとした不調でも、受診して改善できると、気持ちが晴れやかになって、より前向きになれることもありますので。
逆に、限界に近い状態で受診すると、治療が長引きやすかったり、母乳での育児が続けられなくなったりする可能性もあります。
なので、少しつらさを感じている状態で早めに受診をしたり、受診でなくても自治体の保健師さんにお話できるサービスを使ったりと、一人で抱え込まずに、誰かに相談することはとても大切なことだと思います。
——「母乳での育児を続けられなくなる可能性」とおっしゃっていましたが、産後うつで服薬するからといって、必ずしも母乳育児ができなくなるということではないのでしょうか。
そういうわけではありません。お薬によっては母乳育児を続けながらも服薬できるものもありますので、母乳を続けたいのであれば、そのことも相談するといいでしょう。
また、胸が張ってしまって、母乳をあげなければいけないというストレスで、より産後うつが悪化してしまう人もいます。反対に、母乳をあげることで気持ちが落ち着くと話す方もいます。そのあたりは助産師さんに相談してみた方がいいと思います。
ただ、うつ状態がすごく重くなってしまっていると、母乳をあげられる状態ではないこともあります。場合によっては、すぐに入院が必要で赤ちゃんと離れ離れになってしまうので、そのときには母乳の選択肢は残されていないと考えられます。
産後うつは、早く相談したからといって、必ずしも予防できるものでもないのですが、相談していただくことで、たとえば睡眠不足が続いている方が誰かに預かってもらって、十分な睡眠をとれるなど、悪化を防ぐことはできると思います。
産後うつに関して周囲の人ができること
——パートナーや実の両親、義両親など、近くにいる方が産後の心構えとして、知っておいた方がいいことはありますか?
産後うつについて、「メンタルが弱いからなってしまう」「甘えている」と言う人もいるのですが、それは間違いで、誰でもなりうる可能性があるということを知っていただきたいです。
やはりホルモンの影響はとても大きいですし、本人のせいではないということは強調したいことです。
授乳(母乳)以外の育児は父親も全部できます。今は変わってきてはいると思いますが、大前提として、父親も育児を「手伝う」のではなく、当事者として関わることはとても大切なことです。
産後うつで自ら命を絶ってしまう方もいらっしゃいます。仕事から帰ってきたときに、パートナーが亡くなっていたり、パートナーが子どもを殺してしまう恐れもあります。「うちは多分大丈夫だろう」ではなく、自分ごととしてとらえていただきたいです。
職場ができる配慮
——夫が育休を取得しているなどで、産後早い段階で仕事復帰する女性も増えてきていると思うのですが、復帰している中で産後うつになっていることも考えられるのでしょうか?
あると思います。ですので、職場としても産後うつに関する知識はあった方がいいでしょう。
また、産後の女性だからといって、ほぼ確実に定時で帰りたいのか、日によって残業もできるのかは人によって違います。働き方についても、職場側の思い込みで判断するのではなく、本人の希望を確認した方がいいと思います。
——父親がどれだけ家庭に関われるかは、父親側の職場の体制も関係してくると思います。どういった配慮が必要でしょうか。
よくある「出産祝い」で飲み会をやるのはもう終わりにしていいと思います。出産祝いなのに、父親が帰ってくるのが遅くなって、母親がワンオペで大変な思いをしているって、何のお祝いかわからないですよね。
職場として出産を祝うなら、育休を取りやすくするとか、出産祝い金を送るとかの方がいいと思います。
また、子どもはワクチンを打つ前の時期は感染症にかかりやすいです。百日咳で新生児が亡くなったというニュースもありました。
感染症に関して、親が職場でもらって家庭内に持ち込んでしまうことは少なくないと思います。なので手洗いやマスク着用など、感染症対策をできるだけ行うことも、職場でできることです。
避けた方がいい言葉と適切な声かけ
——周囲の人の声かけとして、避けた方がいい言葉はありますか?
「みんなつらいから」「頑張って」などは避けるべき言葉です。産後うつで悩んでいる方はすでにがんばっている方ですので。
アドバイスや、自分や自分の周囲の人の経験談の共有も控えた方がいいです。共有された経験がその人にも当てはまるとは限らず、より比べて自己否定感を強めてしまう恐れもあります。
人によってほしい言葉は違うと思うので、何か良いことを言おうとしなくても、見守る、味方でいるといったことも大事だと思います。
「気になることあったら相談してね」「何でも話聞くよ」など、協力的なことが伝わればいいのではないでしょうか。
——最後に「育児が大変なのは当たり前」と、無理してしまう方へメッセージをいただければと思います。
育児は本当に大変なので、やはり分散させることがすごく大切だと思っています。一人で何とかしようとすると、どうしても負荷が大きくなってしまいますが、家族や地域の助産師さん、ベビーシッターさんなど、分散して「みんなで育児をする」というふうに捉えていただきたいです。
小さなことが積み重なると大きな負担になってしまいます。頑張り屋さんな方は「自分は大丈夫」と考える方も多いのですが、なるべく楽をできるところは楽をしていくという方針も大切だと思います。
【プロフィール】
高橋怜奈(たかはし・れな)
山王ウィメンズ&キッズクリニック大森院長
産婦人科専門医・指導医・女性ヘルスケア専門医・がん治療認定医・性スポーツドクター・教育認定講師・抗加齢医学会専門医・母体保護法指定医・医学博士。
双子育児。元プロボクサー。
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