正しいお母さんって?「ちゃんとしなきゃ」と悩んだ漫画家が語る、「迷惑をかけちゃいけない」の呪い
テレビ局で働きながら、漫画を描いている真船佳奈さん。『正しいお母さんってなんですか!? 〜「ちゃんとしなきゃ」が止まらない! 今日も子育て迷走中〜』(幻冬舎)では、出産後に感じた外出やSNSの怖さ、「ママ友」に関する悩み、夫が忙しすぎてワンオペ……など、共感の嵐なエピソードが、ギャグ要素たっぷりで描かれています。「正しい母親像」についても、かなり悩んだという真船さん。詳しくお話を伺いました。
子どものために生きることが「正しい」と思っていた
——本のタイトルにも含まれている「正しいお母さん」について、真船さんはどのようにイメージしていましたか?
簡単に言うと、子どものために生きるのが正しい母親だと思っていました。私の母親世代は、結婚したら退職し、子どもが生まれたら「お母さん」として生きるのがまだ当たり前の時代でしたし、私の母親も、私が小学校3年生頃までは完全に専業主婦だったこともあって、完全に「お母さん」を頑張っている人でした。だから子どものことに専念するのが「正しい母親像」だと思い込んでしまっていたんです。
子どもが生まれる前は、仕事も漫画もバリバリやって、酔っぱらって路上で寝てるみたいなめちゃくちゃな人間で(笑)…でもそれなりにそういう生き方を面白がっていたのですが、母親になったら、子どもを導く立場、いわば模範にならなきゃいけない存在だから大好きなお酒もこれまでの生き方も全部やめなきゃいけないんだろうなと思っていました。
——「いいお母さんと思われたい」という思いについても描かれていましたが、どのように湧き上がってきたのでしょうか?
まず個人的な体感としては、子どもを産んだときに「この状態で出てきて大丈夫なの?!」と思いました。すごくフニャフニャしてるし、おむつを交換するために足を持ち上げただけで脱臼する子もいるとか、毛布が口元にかかっただけで窒息するリスクがあるとか聞いて、こんな弱い生き物を育てるなら、自分がしっかりしないと赤ちゃんは死んでしまうと思いました。
それから、母親になってから外出すると「お母さん」として見られていると感じるようになったんです。それまで東京で一人で街を歩いていても、誰の視線も感じなかったのですが、お母さんになってからは声をかけられることも増え、赤ちゃんを育てられるのか見定められているような気持ちになってしまいました。路上で寝ていても誰も何も言わない世界から、赤ちゃんに靴下を履かせてないだけで心配される世界に変わったんです。
人付き合いに関しても、子どもを産む前は「苦手な人とは付き合わなきゃいいや」というスタンスだったのですが、子どもの世界を構築してあげるのも親の役目!ママ友社会でも浮かないようにしないと…というプレッシャーも感じるようになりました。だからなるべくファッションにも個性を出さないようにして、浮かないように心がけていて。金髪にできたのもここ最近のことなんですが、それでも今回育児の本を出すにあたって「金髪で一見派手そうに見えるお母さんの言うことは同じママたちにあまり聞いてもらえないのでは?!」という先入観と恐怖が自分の中にありました。
——どういう経緯で「ちゃんとしなきゃ」という感覚が薄まっていったのでしょうか?
「母親である私がなんとかしなきゃ」と背負い込んでいたのですが、私が入院することになって、夫や他の人に頼らざるを得ない状況になって、初めて「任せても大丈夫」と思えるようになったんです。
強制的に子どもと離れる時間ができたことで「子どもには子どもの世界があり、守ってくれる人もいるし、私も色々な人に頼りながら自分の人生とキャリアも大切にしていいんだ」と考え方が変わって、解放されていきました。お母さんも人生を楽しんでいるところを子どもに見せられたらいいと思います。
ちゃんとするかしないかは、最低限“これをやっておけば死なない”程度のことだけすればいいのかな、と思っています。例えば床に危険なものが落ちていれば危ないのでもちろん掃除しますが、使った食器が3日溜まっていてもまあ、死にはしません。自分の細かい基準を満たそうとしてキリキリして育児が辛くなってしまうくらいなら、家のことはちゃんとしなくていいと思います。
子育て中のSNSとの距離感
——SNSにおいて、子育て関連の話題で炎上することの怖さを描かれていましたが、発信する中で悩んだ体験はありますか?
子どもを産んでからSNSの風景は変わりました。今までだらけた日常をSNSで投稿して、笑ってもらえるような発信をしていましたが、子どもを産むとそれが許されない空気を感じました。例えば独身なら「やべえな」で済む汚い部屋の写真も、「え!その部屋で子育てしてるんですか!」と言われてしまう…。ここでもまた、やっぱり「子を育てる資格があるのか」を見定められている気がしました。
一度、子どもが床のマットの上にゴロンと寝ている写真がバズったことがあったんです。そのときは、まずお部屋チェックが入って、(まだ子どもがハイハイをする前だったのですが)奥の方の床にサーキュレーターが置いてあるだけで「ありえない」という引用がつき…
子どもの顔はSNSに載せないようにしているのですが、後ろ姿だけ載せても「親の承認欲求」「親が子どもをコンテンツ化している」などと書かれました。もちろんみなさんが子どもを心配してくれている気持ちはすごくわかるのですが、時には「こんな親が子育てなんて…」というような声ももらうこともあって、ものすごく気を使うようになりました。その時期の漫画を見ると、ひたすら「※」で注釈を入れまくっていたりします。笑
子どもが生まれた瞬間から、SNSでも「ちゃんとした親」をアピールしなきゃいけないというプレッシャーを感じました。
拡散されやすい点から、炎上しやすいのはXなのですが、インスタグラムでも「ていねいな暮らし」をしているお母さんの投稿を見て自分と比べて焦ったり、「○○してるお母さんやめて」「○○してる子はこうなります」といった脅す系の投稿を見て、落ち込んだときもありました。
——監視されているみたいで、息苦しそうです。
こういう体験談を書くと、「じゃあやらなきゃいいじゃん」と言われるのですが、今の時代、SNSは子育て中のお母さんにとって必須アイテムになっていると思うんです。
私自身、コロナ禍で出産し、母親学級もなく誰とも話さずに出産しました。子どもが減っているので仲間に巡り会えなかったり、ママ友同士だと気を使ってしまうこともある中で、SNSは育児の合間に情報を得たり、本音を話せる孤独解消ツールです。それに私は漫画を投稿する仕事をしているので、SNSを辞める選択肢はありませんでした。
「私は私のスタイルでいいんだ」と思えるようになってから、悩まなくなりました。育児に自信がなかった頃は、第三者の意見にいちいち傷つき、落ち込んでいましたが今は「そういった情報」「うちはうち、よそはよそ」と一線を引けるようになって、気持ちが楽になりました。
「迷惑」をかけてしまうこと
——SNSでも現実社会でも、子育て中のお母さんにプレッシャーをかけるようなことを言ってくる人がいることが描かれていました。意地悪な言葉に振り回されないための考え方はありますか?
実は私はそう行った意見を「意地悪」だとは思っていないんです。私自身、子どもが生まれてから、知らない子どものお遊戯会を見て泣いたり、子どもに関するニュースを見て自分の子と重ね合わせたりして、心に触れる琴線の数が増えた気がして。簡単にいうと、自分の子どもと他の子どもの境界線が曖昧になって、「全子どもの母」みたいな気持ちになってしまう。
だから靴下を履かせていないのを心配するおばさんの気持ちもわかるんです。昔はとにかく子どもを温めることが正解とされていたらしいので、私の祖母も暖房をガンガンに炊き、毛布をぐるぐるに巻きたがるのですが「今はそう教わらないんだよ」と教えると驚いています。昔と今で、育児に関する情報にもギャップがあって、知らないまま良かれと思ってアドバイスをしているのだと思います。
根本的に子どもを愛する気持ちがあると理解しつつも、不安な気持ちで外出している中で採点されたと思って苦しくなったことがありました。そのとき勇気があれば「今はそう教わらないんですよ」と言えたら、次のお母さんには言わなかっただろうと思います。
「この人は悪意で言っているわけではない」と理解し、こちらも真実を伝えれば変わると思います。今後そういうことを言われたら「実はこうなんです」と言えたら、世の中が変わってくるかもしれないと思いました。
——「産んだからには迷惑をかけずに生きなくちゃ」というお考えは、以前から強かったのでしょうか?
日本では「人に迷惑をかけるのが最大の悪」という風習があって、子どもの頃から道徳で教え込まれますよね。だから子どもを産む前は、電車で騒ぐ子を見て「なんでお母さんがもっと構ってあげないんだろう」と思わなかったわけでもなかったんです。
他人事だったときは「こうすればいいのに」といったことを、知らないがゆえに思っていた部分もあるのですが、いざ自分が親になると、子どもが泣いても親が全てをどうにかできるものではないとわかります。
でも、「親がどうにかすればいいのに」と思っていた過去の自分が石を投げてくる感覚があって。SNSでも「子どもを産んだなら親はちゃんと育てろ」という意見を見聞きすることは多いですし、周りにも以前の自分のように思っている人はいるんだろうなって思うんです。それで「迷惑かけずに生きないと、親失格なんだ」というふうには思っていました。
——今はその考えはどれくらい変わりましたか?
今は子どもは大きくなって、言葉が通じるようになったので泣くことも減りましたが、やっぱり絶対に周りに迷惑をかけないで生きていくことはできないと思います。
かつ、両親ともフルタイムで働くとなると、周りに頼らざるを得ません。なので、「迷惑かける」ではなく「頼る」という感覚で育児をしています。
「迷惑をかけて当然だと思うなよ」と言う人はいますが、子どもに限らず、人間は生きていれば必ず迷惑をかけます。親として最大限できることをしていても、子どもが公共交通機関で泣いてしまうなど、迷惑をかけてしまうことはあると思います。
——子どもが「迷惑」をかけてしまうことについて、ギスギスした空気を感じることが増えたように思います。
今は「子どもはうるさいから隔離する」という考えが浸透していると感じるんです。たとえば、飛行機のチケットを取るときに、子どもの席にマークがついていて、子どもが苦手な人が避けられるようになっていることがありますし、子ども連れ専用の新幹線車両があったりします。親としてはありがたいと感じる部分もありますし、多分現時点では一番の解決策だと思うのですが、「隔離」ばかりを解決策にすると、どんどん子どもを育てにくい社会になるんじゃないかって思うんです。
姉がタイで子育てしているのですが、タイではどこでも子どもがいて当然で、騒いでも気にせず、おむつを替えても誰も気にしないので、子育てがしやすいと言っていました。
日本では、子どもを「小さい大人」だと思っている人が多いように思います。大人のようにルールを理解して、親が「ダメだよ」と言えば受け入れると思っているということです。でも実際は子どもは「子ども」であり、迷惑をかけながら、学んでいく時期の存在。私たちがそうであったように、迷惑をかけたり怒られたり、そういうことを繰り返して大人になっていくのではないかな、と思っています。
もちろん公共の場所などでは最大限親も気を配ってはいるのですが、子どもが圧倒的少数派な令和の時代、子どもを子どもとして見守ってくれる風潮ができたら、すごくすごく嬉しいです。
※後編に続きます。
【プロフィール】
真船佳奈(まふね・かな)
2012年にテレビ東京に入社。 バラエティ番組のADとして働いてきた経験をモチーフにした 『オンエアできない!~女ADまふねこ(23)、テレビ番組つくってます~』(朝日新聞出版)で漫画デビュー。2022年には自社でアニメ化も。 現在はテレビ東京のプロモーション部で働きながら漫画家としても活躍中。 ほかの著書に『オンエアできない! Deep』(朝日新聞出版)『今日もわたしをひとり占め』(サンマーク出版)『令和妊婦、孤高のさけび! 頼りになるのはスマホだけ?!』(オーバーラップ)がある。 Xアカウント:@mafune_kana
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