週の半分東京 / 勝浦。「二拠点生活は人生の中での大きな遊び」#暮らしの選択肢
近年、テレワークの普及やライフスタイルの多様化により、都市と地方の二拠点で生活する人々が増加傾向にあるということをご存知でしょうか。国土交通省の調査によれば、二地域居住等を実践する人は約6.7%に達し、約701万人と推計されているんだとか。また、複数拠点生活を行っている人は全体の5.1%に上るとの報告も。自らの価値観に基づき「暮らしを選ぶ」二拠点生活者たちから、その魅力や課題、リアルな日常を深掘り。理想と現実の狭間で見えてくる「暮らしの選択肢」の今を伝えます。
今回お話を伺った二拠点生活者は、東京と勝浦で生活する伊勢達麻さん。都内で広告企画会社を営む伊勢さんは、週の半分程度は東京で広告の仕事。残りの半分は勝浦で畑と庭仕事に追われながら、セルフリノベーションにも挑戦されています。東京での充実した暮らしに加えて、勝浦でも暮らすようになった理由は?伊勢さんの二拠点生活に迫ります。
「好きなものに埋もれて暮らしたい」
– 伊勢さんは、今年の春から東京と勝浦で二拠点生活をはじめられたと伺っています。
伊勢さん: はい。都内で広告企画会社を営んでいることもあり、週の半分程度を東京で過ごし、残りは勝浦で生活をしています。東京の家は賃貸ですが、勝浦の方は古い家を購入してセルフリノベーションをしている最中なので、まだ仮住まい状態です。
– 週の半分だけ勝浦でセルフリノベーションをするというと、結構大変そうですね。時間的にも限られているでしょうし。
伊勢さん: 勝浦の方は、すでに移住の相棒が住んでくれているんです。そのため、リノベーションを含めて、管理は全てお願いしています。
– それは心強いですね。そもそも、伊勢さんが二拠点生活をはじめようと思ったのはどうしてなのでしょうか。
伊勢さん: いくつか理由はあるのですが、まず第一に植物が好きなんです。なので、植物を育てやすい環境で暮らしたいというのが大きな理由ですね。
– 植物は前々からお好きだったんですか?
伊勢さん: 実は、そこまで意識したことはなかったですね。もちろん好きではありましたが、ここまでハマったのは、今の東京の家に引っ越してからなので、大人になってからの話です。そもそも今の東京の家に住むようになったのは、器集めにハマったからなんです。例えば濱田庄司さんなどの民藝、三谷龍二さんなどの生活工芸、唐津などの最近の作家のものまで、やたらと器を集めていたんです。ただ、当時住んでいたマンションのキッチンが狭く、また食卓を置くところもスペースが限られていました。そういった流れからキッチンの広い家に住みたいと思うようになり、今の東京の家を借りたんです。それで満足していたんですが、この東京の家のベランダが結構広いのと、小さな屋上もついていて、せっかくなら、野菜でも育てようかと思ったのが、植物に触れた最初のきっかけです。それで、少しずつ野菜やハーブなどを育てはじめたのですが、いつの間にか植物にドハマリをしてしまって。気づいたら、300から400種類くらいになっていました。お花も含めて、ベランダで育てられそうな野菜や果物はあらかた手を出したと思います。それで、家の近所にある植物園から遠くの植物園まで、足繁く通うようになっていきました。ただ単に綺麗だというだけではなく、その生態だったり、植物の色々な仕組みなどが分かってくると、それが面白くなってきました。
– 300-400種類はすごいですね。そこから、どうして二拠点生活へとつながったのでしょうか。
伊勢さん: やはりベランダなので、植物を育てる環境としては、充分ではないと思ったんです。特に、夏場ですね。ベランダが悲鳴を上げるほど暑くなっちゃうわけですよ。なので、いつかこの植物たちを地面に返してあげたいと思うようになりました。それで、郊外に暮らすというのもありかも、と。
加えて、年を重ねるごとに、これから先も東京にずっと住んでいくというイメージが湧かなくなってきたというのも正直な話です。もう少し自然の中で生活していきたいなと思うようになりました。ですので、今は二拠点という形で生活をしていますが、実は最初は「移住」という形で考えはじめたんです。ただ、都内に事務所もありますし、まだ勝浦の家もセルフリノベーション中で、整っているわけではないので、今は東京と勝浦で二拠点で生活をしています。
– 現在の東京のマンションは器のためお引越しされて、勝浦も植物のために決められたということですが、伊勢さんの中で住む場所の選択は、好きなものを中心に考えていらっしゃるということでしょうか。
伊勢さん: 好きなものだけに埋もれて暮らしたいっていうのがあるのかもしれないですね。
– 勝浦に決めたのはどういった理由だったのでしょうか?
伊勢さん: 植物が育てやすい環境というのが第一条件としてあったので、それが勝浦だったんです。冬も暖かく、夏も涼しい地域を各地の気象データをもとに調べました。例えばオリーブの木も何本かあるのですが、そうすると雪深い地域だったり寒いエリアはNGなんです。長野なんかも素敵なんですけどオリーブは育てられない。また、山野草も育てているので、夏場もすごく暑くなると、ダメージが強くなります。あとは、東京とのアクセスですね。必要に応じて無理なく行き来できる場所を本気で探しはじめたのが、2024年の春頃ですね。住宅情報なんかも目を通すようになって、今年の年明けに今の勝浦の家を見つけました。植物を中心に考えて勝浦に決めましたが、植物が育てやすいということは、結局は人間にとっても楽なんですよね。冬も暖かくて、夏も涼しいというのは、年を重ねても過ごしやすいと思います。
– おっしゃるとおりですね。勝浦以外にはどのような候補地があったのでしょうか?
伊勢さん: 那須塩原あたりも考えました。あとは、比較的夏が涼しいという噂を耳にしたので日立などですね。ただどこもピンとこなくて。最終的には、千葉あたりかなというところで、千葉の先端部、勝浦あたりを中心に熱心に探しました。
自然の中ではハプニングの連続
– 東京と勝浦との生活でどんなところが違いますか?
伊勢さん: 色々あるのですが、生活のルーティンはかなり違いますね。東京では基本的に自宅で仕事をしています。事務所を渋谷に構えているので、時には満員電車に乗って、人混みをかき分けて事務所に行くこともあります。勝浦の家では、すぐ隣に畑も借りていて、庭もあるので、土まみれになりながら植物の整備に時間を費やしています。
– 伊勢さんは、器好きだったことから食卓も大切にされていると思うのですが、東京と勝浦の食卓での違いなどもありますか?
伊勢さん: 違いますね。意外だったのですが、勝浦では欲しい食材が手に入りづらいんです。地魚が簡単に手に入るんじゃないかっていう淡い期待があったんですけど...。 まだ、お気に入りの魚屋さんは見つけられていません。実はどこかにあるのかな?有名な朝市に行けばいいのかな?まだ手探り状態です。その他にも、例えばチーズだったり、香辛料なんかも少ないので、ネットで注文したり、東京から買って持っていかないといけなくて。そういったところは、生活していく上でちょっと考え方を変えないといけないと思っています。スーパーも徒歩圏内にはないので、車で買い物にも行かないといけないですし、そんなに頻繁に行く時間もないのでストックするなど工夫もしないといけないと思っています。
– 確かに田舎では、その土地の新鮮な食材が手に入りやすいというイメージだったので、すごく意外です。また、東京に住んでいれば車の必要性はそこまで高くないと思いますが、勝浦ではやはり必要ですか?
伊勢さん: 絶対に必要だと思いますね。地元の方々も全員車を使っています。歩いているのはなかなか見かけないですね。ただ、私は東京での暮らしが長いので、ペーパードライバーなんですよ。なので、基本的に相棒に車の運転をお願いしています。
– では、車の運転もゆくゆくはしていかないといけないですね。二拠点生活をはじめる前とはじめられてからのイメージのギャップは何かありますか?
伊勢さん: 大体、イメージ通りで今のところは進んでいる感じですね。ただ、自然のスケールの大きさが予想をはるかに超えていたというのはありますね。小さいことで言うと、虫が思ったより大きかったのには驚きました。手のひらぐらいのゲジゲジがいたり、あとアシダカグモという蜘蛛もウヨウヨいて。東京では、そんな巨大虫に出会ったことがなかったので、最初はびっくりしましたね。その他にも、イノシシは毎日畑に来るし。キョンという小型の外来種の鹿がいて、動物園から逃げたものが房総半島一体で増えてしまって猫より多く見かけるんですよ。「自然が好き」とか言ってたけど、本当の意味での自然をイメージできていなかったのかもしれないです。これまで自然の中に行っていたつもりだったのですが。こんなに荒ぶる自然に接するのは、驚きの連続です。
– 勝浦の中でも、おそらく色々な場所があると思うのですが、伊勢さんたちのご自宅はより自然に近いエリアなのでしょうか?
伊勢さん: 駅まで、車で十数分で行き来できる場所なので、そこまで不便な場所ではないのですが、エリア一帯に耕作放棄地が増えてしまっていて、元々は田んぼだったと思う場所も、山から地続きでもう森になってしまっているような感じです。その中に多分イノシシやキョンとかがものすごく増えてしまってるっているような状況にあるのかなと思います。 山の中ではないんですけど、どんどん山化しているというか、森になりかかっていって。自然が向こうから、どんどん人間を押し返しているような場所にあるのかなとは思います。
– 今の家に決めた決め手はなんだったんでしょうか?
伊勢さん: 直感的にいいと思った、というのもあったのですが、畑が借りられるというのが1番の決め手でしたね。かつ家の隣に畑があるっていう状況も実は物件としてはなかなかなくって。加えて、ゆくゆくは庭をナチュラリスティック・ガーデン(※)にしたいと思っているんです。なのでそれが作れるスペースがあるというのも大きかったですね。また、売り主さんが敷地をすごく手入れをしているのが分かったんですよね。 敷地内には、梅の木をはじめ、たくさんの果樹や花が植えられていて、そういうのが、植物好きとしてはピンときましたね。
※ナチュラリスティック・ガーデン: 植物本来の姿でつくる景観と四季の展開を動画のように堪能する、ひとつの確立されたジャンル
– 畑をやられているのは、将来的には自給自足生活を目指されていらっしゃるのでしょうか?
伊勢さん: 完全な自給自足はおそらくできないと思うのですが、ゆくゆくはそうなれたらいいなというのはもちろんあります。ただ、それよりも、植物に関わっていることが楽しい感じに近いですね。自然のサイクルだったり、植物のありようだったりに触れて、それに関与していくのが楽しいんですよね。育っていく過程を観察するのも嬉しいですし、更にそれを美味しく食べれて、それが順繰りに毎年巡ってくるということに自分が入り込めてるような感覚が楽しいっていう方に近いので。そのため、結果的にそうなれたらいいけれど、自給自足が目的で畑をやっているわけではありません。
二拠点生活は大きな遊び
– セルフリノベーションの進捗はどのような具合なのでしょうか?
伊勢さん: 母屋の他に、蔵があるのですが、実際は、私はまだほどんど手をつけてないんです。先程もお話した通り、相棒が色々進めてくれています。今は、蔵を改造して、そこに住めるように準備をしているところです。相棒は現代美術家として活動しているので、大きな作品を作っている経験から、大工仕事的なことは結構お手のものなんです。ですので、今蔵の二階を整えて仮住まいのようにしました。かつ高断熱にして、蔵の1階をキッチンにしてということを、今しています。それが終わったら、母屋に取り掛かる予定です。
– セルフリノベーションにこだわったのは、どうしてですか?
伊勢さん: 二拠点生活をはじめたのも、どこか半分ゲームという感覚があって。人生の中での大きな遊びみたいなところが多分あるのだろうと思います。誰かが作ってくれた家にポンと住むというのは、お金がかかる割に、あまり面白くないなと。また、相棒の作るものに対する信頼感もあります。 私もこれから手伝うことになっていくと思うので、それが一緒にできたら面白いな、と。きっと、好きなものに埋もれて生活してる感じと一緒なんだと思います。
– いいですね。セルフリノベーションで楽しいことは、どんなところですか。
伊勢さん: 楽しいのは、夢を描く工程ですかね。台所をこういう感じにしようとか、リビングはこういうので、各自の部屋はこういうので、扉はこう、みたいなことを考えているわけですが、工程が人任せじゃないので、すごく面白いです。もちろん、手探りではありますが。
– いいですね。逆に苦労されてることは、何かありますか?
伊勢さん: 今のところ作業は相棒に任せきりで、私自身は苦労していないんですが、「こんなはずじゃなかった」というのは、やはり古い家にはあることですかね。例えば、壁の中からシロアリが大量に出てきたりとか。あとは、古い家なので、下水道は通っておらず、「浄化槽」という下水を処理するタンクが設置されています。浄化槽には「合併処理浄化槽」と「単独処理浄化槽」の2種類があって、合併処理浄化槽はトイレの排水だけでなく、キッチン・お風呂・洗濯など、すべての生活排水をまとめて処理するものです。一方、少し古いものだと「単独処理浄化槽」といって、トイレからの排水(し尿)のみを処理し、それ以外の生活排水はそのまま流される仕組みになっています。入居前には「合併処理浄化槽です」と聞いていたのに、実際は単独処理浄化槽で、トイレ以外の排水は処理されていなかった…なんてこともありました。そういう「聞いていた話と違う!」というようなことは、古い家だとよくあるらしいです。
あとは、道幅ですかね。これまた本当に具体的すぎるかもしれませんが、我々の家があるのが、谷をちょっと下るようにした場所にありまして、構造的に車が庭に下りてくるような感じになるんです。それがもうギリギリのサイズなんですよね。軽自動車だったら大丈夫だと思うのですが、そうなると、大きな作業するときに大きな車を入れるっていうのは結構難しくって。それはもちろん入居前からある程度分かってはいたことだったのですが、思ってた以上に大変ですね。
– 実際に住んで、やってみないと分からないことって、どうしてもありますよね。
伊勢さん: そうですね。結構雨が降ったときに、泥濘(ぬかるみ)にハマってしまって。それで、家の前でJAFを呼ぶなんてこともありましたね。家の前の坂だけど、どんどんハマっていって、もうこれは呼ばないといけないと思って。
– 東京では絶対にできない体験かもしれないですね(笑)具体的にそのセルフリノベーションは全体的にいつ頃に終わらせようみたいな計画みたいなのあるんですか?
伊勢さん: 最初はあったんです。今の東京の家の更新に合わせて、これくらいまでには終わらせたいというような話はしていました。ただ、そのためにガリガリ頑張るのは、いかがなものかと。まだ、しばらくは今の東京のマンションを借りてても困るということはないので、せっかくやるなら楽しみながらできればいいかと思っています。無理したら2人とも体を壊してしまいますし、楽しくなくなったら何のためにやっているのか分からないですし。体を壊さない、楽しめる範囲でやっていければいいかと思っています。
>>>後編へ続く
〈プロフィール〉 伊勢達麻
株式会社Crown Clown 代表取締役 副社長 プランナー
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