100年続く糀屋だけが知っている"整い味噌汁"|福島県郡山発、ウェルビーイングのヒント
東京と郡山の二拠点暮らしを始めた私が出会ったのは、100年続く名郷糀屋さんの糀。発酵の力が、日々の調子を静かに支えてくれています。 取材では、糀屋の蔵を見学させていただきました。糀がいかに繊細に、そして丁寧に育てられているかを肌で感じることができました。 私自身も自家製味噌を仕込んでいますが、それも〝糀〟という確かな土台があってこそ。あらためて、その存在の大きさを実感しています。 そんな糀職人だけが知っている「味噌の選び方」と、心と体を整える〝整い味噌汁〟のレシピを教わってきました。
名郷糀屋 —— 江戸時代から続く、発酵の伝統を今に伝える
「私たちがつくる味噌の材料は、米・大豆・塩だけ。素材と向き合い、10ヶ月以上かけて木桶でじっくり熟成しています」
そう話すのは、名郷糀屋の16代目、國分義正さん。
創業は元禄元年(1688年)。福島県のほぼ中央に位置する本宮市で、300年以上にわたり糀と発酵の文化を守り続けてきた老舗蔵です。
手がけるのは、糀、味噌、甘酒、三五八漬けの素など。すべて天然素材にこだわり、昔ながらの製法で丁寧に仕込まれています。地元・福島県産をはじめとする国産原材料を使用し、時間をかけて自然発酵させる味噌は、深い旨みと香りが特徴で、長年のファンも多く、根強い人気を誇ります。
名郷糀屋の17代目、國分顕一郎さんは、かつてアスリートを目指していた経歴の持ち主。日々のコンディショニングに欠かせなかった発酵食品の力を、もっと多くの人に届けたいと、糀屋の道を継ぎました。
「どんなに忙しいときでも、一杯の味噌汁が心と体の〝軸〟になってくれる。それが、私が実感してきた発酵の力です」
本記事では、そんなお二人から、糀屋だからこそ知る「味噌の選び方」と、とっておきの「味噌汁レシピ」を教えていただきました。
「こだわり」の材料 —— 米と大豆と塩だけがいい!
——スーパーに行くと「米みそ? 麦みそ? 白? 赤? だし入り? 生きてる味噌?」と、種類も表示もさまざまで、迷ってしまう方も多いと思います。美味しい味噌や、体にいい味噌を選ぶには、何を基準にすればいいのでしょうか?
「そんなときは、まず〝原材料表示〟を見てみてください。本来の米味噌は、米・大豆・塩の3つだけで作れます。私たちの味噌も、この3つだけ。
それ以外の材料が書かれていたら、それは添加物です。たとえば、旨みを加えるアミノ酸、発酵を止めるための酒精(アルコール)、色を明るく見せるビタミンB2などが使われていることもあります。
こうした添加物が気になる方は、素材がシンプルな味噌を選んでみてください。原材料が 〝米・大豆・塩〟の3つだけなら、それが自然な発酵の力を活かした味噌のサインです。」
甘さと香りをもたらす「米糀」
味噌に自然な甘みと香りをもたらすのが、米糀の力。米に含まれるデンプンが、酵素の働きで糖に分解されることで、まろやかな甘さと奥行きのある旨み、そして芳醇な香りが生まれます。
全国の味噌の約8割を占める「米味噌」。福島は米どころとしても知られ、清らかな水と寒暖差のある気候が、甘みのある良質な米を育てています。そんな米から生まれる米糀で仕込むからこそ、「福島の味噌はとびきり旨い」のだそう!
また、味噌のパッケージに記載された原材料表示にも注目。通常は「大豆・米・塩」の順で書かれていることが多いですが、もし「米・大豆・塩」の順になっていれば、それは米糀をたっぷり使っている証拠。甘みや旨みにこだわる方は、ここもチェックポイントです!
味噌の旨みの柱「大豆」
味噌の豊かな旨みは、大豆に含まれるタンパク質が、発酵の過程でアミノ酸に分解されることで生まれます。
福島・鮫川村は、知る人ぞ知る大豆の名産地。ここで育てられている希少な国産品種「ふくいぶき」で仕込んだ味噌は、コク深く、まろやかな風味が特徴です。
大豆は健康面でも注目される素材。植物性タンパク質やイソフラボンが豊富で、更年期世代の女性にとっても、心と体のバランスを整えてくれる心強い味方です。
最近では、青大豆の秘伝豆や、北海道産の黒豆を使った味噌作りにも挑戦中。秘伝豆味噌は、登場するやすぐに完売してしまうほどの人気ぶり!
「この味噌が一番と決めるより、いろいろな味噌を楽しんでもらえたらうれしいです。味噌の奥深さは、毎日の食卓をもっと楽しくしてくれると思いますよ」
発酵を安定させる「塩」
味噌の味を引き締め、保存性を高める塩。名郷糀屋では、長崎県五島の天然塩を使用しています。
「その年の気候に合わせて、塩の量を調整することもあります。自然と対話しながらつくる、それも〝生きた味噌〟の魅力ですね」
熟成の違いは「色」で見分けて
——スーパーに並ぶ味噌、白っぽいものから赤褐色まで色もさまざま。選び方のポイントはありますか?
「味噌の色の違いには〝熟成期間〟が関係しています。
私たちの蔵では、木桶の中で10ヶ月以上じっくりと熟成させています。熟成中、糀菌・酵母・乳酸菌が活発に働き、タンパク質はアミノ酸に、でんぷんは糖に分解されていきます。さらにその糖とアミノ酸が反応するメイラード反応によって、味噌の色は少しずつ赤みを帯び、香り豊かで奥深い味へと育っていくのです。
極端な話、長期熟成された味噌なら、だしを使わなくても美味しい味噌汁になります」
一方で、安定した供給が求められる量産の現場では、熟成期間が短く、旨みが十分に引き出されていない味噌に、化学調味料で味を調えた「だし入り味噌」として販売されていることもあります。短期熟成は製造や流通の効率という点で利点がありますが、発酵の深い味わいを引き出すには、やはり時間をかけた熟成が欠かせません。
「味噌の色は、その育ってきた時間と手間の証。ぜひ、〝色〟で味噌の個性を感じ取ってみてくださいね」
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地域によって違う糀文化も面白い!
- 麦味噌:九州や瀬戸内地方で親しまれています。糀に麦を使い、白っぽくて甘みが強いのが特徴。比較的熟成期間が短く、香ばしさが魅力で、合わせ味噌としても人気です。
- 豆味噌:東海地方で作られ、大豆と塩だけで仕込むのが特徴。1年以上かけて熟成され、濃い赤褐色〜黒褐色をしており、濃厚でコクのある味わいが生まれます。
腸活に向く「生きた味噌」とは?
——市販の味噌と、蔵でつくられる味噌には、どのような違いがあるのでしょうか?
「スーパーで味噌は常温棚に陳列されていませんか? 一方で、私たちのつくる味噌は冷蔵保存が必要です。この違いには、〝加熱処理の有無〟が関係しています。
一般的に流通している味噌は、保存性や品質を安定させるために加熱処理されていますが、私たちの味噌は火入れをしていない〝生味噌〟。酵母や乳酸菌などの微生物が生きており、発酵が今も進み続けている〝生きた味噌〟です。
冷蔵保存が必要ですが、味噌汁にするとふわっと香りが立ち、発酵による豊かな風味や、日々変化する味わいも楽しめます。また、腸内環境を整える微生物の力がしっかり働き、発酵の本来の力を実感していただけるはずです」
忙しい朝にも。1杯でホッと整う〝具なし味噌汁〟
——最後に、〝とっておきの味噌汁〟レシピをお願いします!
「おすすめは、あえて何も入れない〝具なし味噌汁〟です。味噌そのものの美味しさがダイレクトに味わえます。
ただし、これは〝本物の味噌〟じゃないと成立しません。旨みがしっかり育まれた長期熟成の味噌だからこそ、だしがなくても美味しいんです」
材料(1人分)
- 生味噌 大さじ1
- お湯(70〜80℃程度)180ml
作り方
生味噌をお湯で溶くだけ。
ポイント
具材を加える場合も、火を止めてから味噌を溶くのがコツ。微生物の働きを活かすことで、風味や整腸効果がより高まります。
管理栄養士・石松佑梨の【取材メモ】
これまで私は、東京を拠点にトップアスリートの栄養サポートに携わってきました。味噌汁は、緊張をほぐし、心身のリカバリーを助ける一杯として、遠征先でも重宝されてきました。
今回教わった「具なし味噌汁」は、忙しい朝や出張先でも手軽に取り入れられる〝食のレスキュードリンク〟。お湯と味噌さえあれば、どこでも自分を整えられるという安心感があります。
味噌に含まれるアミノ酸は吸収がよく、体のあらゆる機能に関わる栄養素です。中でも「トリプトファン」と「ビタミンB6」は、心を落ち着かせる〝セロトニン〟の材料になります。腸と脳はつながっている——腸脳相関の視点から見ても、味噌は現代人にとって心強い味方です。
今回、名郷糀屋さんを訪ねて、改めて感じたのは「味噌は糀から始まる」ということ。
糀づくりの丁寧な手仕事が、私たちの食文化の土台を支えてくれています。
市販味噌では味わえない、香り豊かで体にやさしい〝整う味噌汁〟—— 自家製味噌や蔵の生味噌で、そんな一杯を日々の習慣にしてみませんか?
〝今日の自分を整える一杯〟が、きっとあなたのコンディションをやさしく支えてくれるはずです。
お話を伺ったのは…名郷糀屋(なごうこうじや)

住所 福島県本宮市本宮字竹花42
TEL 0243-33-3075
営業時間 9:00〜18:00
定休日 不定休
- インスタグラム: @nagoukoujya
- ホームページ: https://www.nagoukoujiya.jp
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※ウェルビーイングとは、1948年にWHO憲章により「病気でないことや虚弱でないことにとどまらず、身体的・精神的・社会的にすべてが満たされた状態」と定義されています。
〝心身の健康〟と〝ウェルビーイング〟が並んで語られる今、どちらも揃ってはじめて「真の健康」と言えるのかもしれません。
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