女性の「胸」は、誰のものか|連載 #ボディポジティブを見つめて
ぽっちゃり女性専門の写真家として活動するPokoさんは、「ボディポジティブ」という言葉が日本で広まる以前から、ふくよかな女性たちの姿を作品として発表してきました。連載「ボディポジティブを見つめて」では、体型や女性、そして社会との関係を、Pokoさん自身の経験をもとに紐解いています。今回は、プラスサイズ女性の尊厳を伝えるために撮影してきた写真を「販売すること」をめぐる葛藤について。
写真を販売することの葛藤を抱えて
僕には、写真家としてのひとつの目標として、
「ぽっちゃりした女性への偏見や差別と闘い、その尊厳を回復していくこと」
というものがあります。
要するに僕は自分の写真作品でお金を儲けたいというわけではないのです。
そのために、僕は普段は商業カメラマンとして仕事をしてお金を稼いでいます。
写真家活動を生活の糧と結び付けなくて良かった最も大きな点は「お金にならない写真であっても撮ることが出来る」ということです。写真家活動でお金を儲けようとした場合、必然的に売れる写真を撮らなければならず、結局、内容がどんどんポルノ化せざるを得なかっただろうなと思っています。
さて、そんな僕ですが、写真の販売もしています。
先ほどまで言っていたことと矛盾するようですし、実際、矛盾しているので、さまざまな葛藤に苦しんでいるというのが現状です。
販売を始めた理由
僕の目標は啓蒙的なものでしたから、以前は全ての写真を無料で公開していました。
ですが、ヌードを撮影した女性から「タダで見せたくないな、タダだと思われたくない」と言われ、なるほどなと思いました。
要するに僕がどんな思いを込めていようと、ヌードであればポルノとしてしか見ない男性がほとんどなのが実態で、彼女としてはそういう人達に向けた無料のポルノとして見られるのが嫌だということです。
もちろん、僕もそんなことは嫌ですし、無料のポルノを提供しているとなれば、それはむしろ女性の尊厳を毀損しているとも言えているわけなのです。
「ああああああああ、どうすればいいんだぁあああああ」
有料にすることで、写真が広まることが制限され、女性をエンパワメントすることは遠のきます。
ですが、無料で見せることで女性の尊厳を毀損する恐れもあります。
正直、この答えは、十数年、出ていません。
多くの人が忘れている、「女性の裸そのものがポルノではない」ということ
今、SNSでも動画配信サイトでも、例えば女性のおっぱいが出ている写真を公開すると有害なコンテンツとみなされ、投稿を削除されたり、アカウントが制裁を受けたり、下手をするとアカウントが凍結されたりします。
おっぱいが出ているだけで、文脈や表現内容に関わらず、ポルノ的な有害表現と見做されてしまうのです。
ですが、考えてもみてください。女性の肉体は当たり前にそこに存在するものであって、女性の肉体そのものが有害表現とイコールというわけではないのです。
それが、いつの間にか、写真に写っているだけで有害なポルノとして扱われてしまう。
僕はそうした現状に怒りを覚えます。
ただ、女性の体をポルノ=有害なコンテンツと扱わざるを得なくなった背景を考えると、現状では致し方ないのかな、と感じる部分もまたあります。
人間は、時に客体に勝手な価値や意味を押し付けます。
文豪ゲーテは、女性に「君の履き古した靴を送って欲しい」と手紙を書きました。
ゲーテが靴に対して性的な興奮を覚えていたことは有名ですが、靴職人はゲーテを発情させようとして靴を作ったわけではないでしょう。
「セーラー服」は元来、単なる女子学生の制服だったはずなのに、昨今ではすっかりアダルトコンテンツのアイコンになってしまいました。
女性社会には、そうやって、本来の持ち主のところから尊厳を奪われ、代わりに過剰な性的価値を男性から押しつけられて来た歴史があると思うのです。
女性の胸は誰のものか
女性の胸は当然、女性本人のものなのに、大概の場合、卑猥なもの、性的なものとして扱われます。
それは男性社会が女性の胸というものに、歪んだ過大な価値を押し付け続けてきたことに起因します。
僕はそんな男性社会の価値観に塗れた売り物としてのヌードではなく、女性が自分の体を自分のものとして取り戻すような、そんなヌードを撮っていきたい。
その気持ちがちゃんと伝わることがあるのでしょうか?
僕は当分、悩みながらも、ヌードの写真を販売していくのだろうと思います。
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