ぽっちゃり女性専門写真家の僕が今、ボディポジティブどころでない理由

ぽっちゃり女性専門写真家の僕が今、ボディポジティブどころでない理由
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Poko
Poko
2026-04-20

ぽっちゃり女性専門の写真家として活動するPokoさんは、「ボディポジティブ」という言葉が日本で広まる以前から、ふくよかな女性たちの姿を作品として発表してきました。連載「ボディポジティブを見つめて」では、体型や女性、そして社会との関係を、Pokoさん自身の経験をもとに紐解いています。今回は、ボディポジティブという営みを支える社会のあり方にも目を向けながら、Pokoさんがいま感じている危機感について語ります。

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僕の政治的信条はリベラル左派です。左派は時に、侮蔑を込めて「サヨク」などとも言われます。

ところで皆さんは、左翼の定義をご存知でしょうか?

左翼というのは非常に広範な層を示しているのですが、僕が自分を左翼と定義する場合、その意味は「より公平な社会を求めて革新を支持する層」です。

誤解されがちですが、僕は極左思想である共産主義化などは求めていませんし、個人より国家を優先し、社会を強く統制する全体主義などまっぴらです。

人々が不平等な搾取などされずに、働いたらその分の満足な対価を得られ、子供が望むだけの教育を十分に受けることが出来て、多くの人が貧困や差別なく平和に過ごせる社会が実現されることを願っているというのが実情です。

僕はそれを誰もが持つべき当然の考えだと思っているのですが、例えば世間には、女性が痴漢などされないで安心して電車に乗れる女性専用車両にさえ文句を言う奇妙な人達、言ってみれば女性が加害されずに安心して社会で暮らす公正な権利にさえ文句を言う人達がいるものです。

「女性専用車両は男性差別だ!」というのがそうした人々の主張のようですが、女性が加害されずに安心して電車に乗れる権利を脅かしているのは痴漢男性なのですから、本来はそうした加害男性こそを誰もが非難すべきなのですが、何故か女性専用車両やそれを利用する女性、さらには女性一般を非難する人達がいるわけです。

例えば僕は、そうした人々と闘うことを厭わないような人間なのです。

さて、僕は長くボディポジティブに直接的にコミットする活動をして来たわけですが、そんな僕でさえ、今、その活動が疎かになっています。

普段であれば、SNSでプラスサイズ女性の美しさをすくい取った写真作品を発表したり、身体を肯定することの大切さを伝えたりしていたはずです。

けれどここ最近は、それよりも政治の不安定さについて発信せざるを得ない状態が続いています。

今の日本は右傾化し、全体主義的、独裁的な傾向が目立つようになってきており、そのことに強い危機感を覚えています。

こうした感覚は、実は今に始まったものではありません。

僕や僕らが担っている、時代をキラキラと輝かせる義務

2015年の年末、僕は恋人に誘われて山下達郎さんのコンサートに出掛けました。

今となっては、旧ジャニーズ事務所創業者による性加害問題をめぐって山下さんが擁護的な発言をしたこともあり、山下さんを手放しで賞賛することは出来なくなってしまいましたが、ただ、その時のコンサートのMCで、彼は確かに僕に感銘を与えてくれました。

「いま、何だかおかしな時代になって来ていますが、ポップスが一番輝くのは平和な時なんです。自分達にはいつまでもポップスが輝ける時代にしておく責任がある」

そして山下さんは『DANCER』を歌われました。

それは第3次安倍政権が「解釈改憲」によって集団的自衛権の行使容認へ踏み込み、その流れのまま安保法制を強引に成立させた時期のことでした。

「窓の外は闇」という山下さんの歌声が響きました。

僕はずっと「なんだかおかしな時代」のただ中で生きている実感があるのですが、昨今はもはや「狂った時代」としか思われません。

「ボディポジティブ」という権利拡充の活動もまた、充分な平和や人権、そして表現の自由無しには成り立たないものです。

だから僕は今、ボディポジティブを軽んじているのではなく、むしろそれを守るためにも、その前提である自由や人権に切迫した声を上げざるを得ないと感じています。

僕は、大きな大きな危機感を持って「ボディポジティブどころではない」と今言いたいのです。

 

*カヴァーの写真は2014年に僕のモデルであった女性とデモに参加した時の写真です。

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