「私が議員になるしかない」と決意した女性たち|20代30代の挑戦ともたらした変化
2022年から「政治分野のジェンダー不平等の解消」を掲げ、活動しているFIFTYS PROJECT。同団体のイベントが5月に都内で開催。イベントではFIFTYS PROJECTのサポートを受け当選した議員の報告も行われた。登壇した4人の発表を一部ルポする。
「投票以外に何かできることはないだろうか」
一人目は東京都豊島区議会議員の西崎ふうかさん。2023年に28歳で当選。中高一貫女子校卒業後、アメリカの大学に留学、帰国後、日本の会社に就職した。
西崎さんは身近に政治があったという。それはお兄さんが衆議院議員選挙に挑戦しており、選挙を手伝った経験があったため。ただ、20代で立候補する人は少なく、地元での繋がりや組織力、知名度、資金がない中で、「政治家になって社会を変えたい」と思っていても、政治への参入がいかに困難かを実感していた。
コロナ禍で非正規労働者の雇い止めや、小中学校の一斉休校のニュースを見る中で、女性や若い世代の声が政治に届いていないと感じたことも「『投票以外に何かできることがないか』と考えたきっかけだった」と話す。また、アメリカ留学中に出会った同世代の友人たちは政治への関心が高く、日本の友人とは政治の話をしない中でギャップを感じたことも政治に興味を持った一つの大きなきっかけだったという。
議員になってからは、他の区と比べても低かった学童クラブで働く非正規公務員の給与水準の引き上げや、2019年開始のパートナーシップ制度を、より包括的なファミリーシップ制度に拡充することを実現した。
またFIFTYS PROJECTでの報告会の際に「おりものシートも防災備蓄してほしい」というメッセージをいただいたことを機に、区に確認を行ったところ、備蓄していないことがわかった。その後、能登半島地震もあって、区としても女性の視点で防災備蓄を再点検することになり、中学生、子育て世代、介護中の方と幅広い女性の意見を集めて、おりものシートだけでなく、カイロやプライバシーが確保できるテントなど、防災備蓄の拡充が行われることになった。
今後の取り組みとしては「ジェンダー主流化」を挙げた。豊島区は女性議員が4割を超えているものの、職員のバランスを見ると、たとえばまちづくりなどハード系の部署では、圧倒的に男性が多く、そういう部署では管理職も男性なことが多い。「本当に女性の視点が十分に反映されているかを見ながら、何か提言できることがないか探していきたい」と語った。
自分しか女性がいないことも多いけれど
二人目の発表者は、長野県諏訪郡富士見町議会議員の西あきこさん。富士見町の人口は約1万3000人、議会の定数は11人と比較的小規模な自治体だ。
西さんは県内の出身で、小中学校教員として10年ほど勤務。富士見町で勤務してから町と関わる機会がたびたびあり、4年前の町長選のときには、子どもたちの声を候補者に届ける活動も行った。議会の傍聴をするようにもなり、その後、当時の議員から「議員にならないか」と誘いがあり、立候補、2023年4月に当選。
町政に参画しているのは60代以上の男性がほとんどで、西さんが地域の会合に参加すると、女性が自分しかいないことも多いそうだ。メンタルヘルス的に苦しいこともあるものの、「自分が行って実際に見ないと、その状況をわかる人がいなくなってしまうから」となるべく行き続けているとのこと。
活動を続けているうち、心強い出会いもあった。防災士の資格を持っている西さんが防災士の集まりに参加すると、同世代の女性がいて、生理用品や赤ちゃん用品などの防災備蓄についても一緒に検討できるようになったという。「1人、2人、3人とコツコツと女性を増やすことが大切」と話す。
議会においては、防災担当部署に女性ゼロの市町村割合で長野県が全国でワースト1ということに関して、町の防災担当職員が3人全員男性であることを一般質問で取り上げ、その後、女性職員1名が配置されるようになった。
現在、富士見町では初めて女性が議長になり、西さんも常任委員会の委員長になった。「私自身、長になることへの抵抗が正直ないわけではありません。でも、それを取り払うといいますか、自ら天井を作らないことは大事だと思います」
見えない痛みを可視化していきたい
3人目は神奈川県小田原市議会議員の稲永ともみさん。2023年に34歳で初当選。小田原市は生まれ育った町で、議員になる前は市内企業で事務職をしていた。
立候補のきっかけの一つは、2020年、渋谷区幡ヶ谷のバス停で路上生活の女性が殺害された事件の報道。女性が置かれた状況を他人事とは思えなかった。もう一つは2021年の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の当時の会長である森喜朗氏による「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」という発言に衝撃を受けたこと。コロナ禍で浮き彫りになったジェンダー不平等から、女性が苦しまなければならない社会構造への疑問を感じ、問題を認識しながら放置することへの自分自身への憤りも高まっていったという。
市民活動も選挙ボランティアも経験がない状態から、パリテアカデミーの「女性政治リーダートレーニング合宿」に参加。このときは他参加者の優秀さに圧倒され「場違い」感を体験したと話す。その後、2022年夏にFIFTYS PROJECT立ち上げの際に、代表の能條桃子さんの「もはや自分が議員になるしかないのか?って考えちゃう人いませんか?」という投稿を見て「もし自分が議員になれたら、他の人もできると思ってもらえるのでは」という思いで立候補を決意。
女性たちの連携もあり、2023年の統一地方選挙にて、小田原市議会は議員定数27名のうち、女性議員数が6名から10名に増加し、女性議員比率は37%となった。
その影響もあってか、議会でも変化が見られるという。たとえば「地元のサッカーチームの記念ユニフォームを1日限定で議員と議場にいる職員全員で着用しませんか」と市から提案があったことについて、稲永さんが当時所属していた女性3人の会派では「議会は多様な意見を反映すべき場なので、慎重であるべきではないか」と意見をした。結果、任意の着用ということになり、5名着用しない議員がいた。
「これまで『これぐらいいいよね』となんとなくスルーされてきたようなことが、新人議員を含めて『おかしいんじゃないか』と声をあげる人が増えたことは、すごく良い変化だと思います」
稲永さんは初回の一般質問で「これまでなかなか政治の場に届くことのなかった、しかしながら確かに存在している声にならない声や、目に見えない痛みを可視化していきたい」と宣言。「政策実現と同時に、光の当たらなかった分野を議論の俎上(そじょう)に載せることもしていきたい」と語った。
「言えば変わる」ことが議員の仕事のおもしろさ
4人目は、武蔵野市議会議員のさこうもみさん。2023年に29歳で初当選した。大学卒業後、民間企業に就職。転職は3回ほど経験し、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」で最も長く勤務。社会課題解決特化サービスの責任者を務め、途中から事業分社化により子会社代表として働いた。
政治家になることはキャリアプランになかったが、コロナ禍が転機に。外出自粛・休業要請の影響を受けた事業者がクラウドファンディングによって資金調達を行ったり、病院や福祉施設がマスクの購入資金確保のために、クラウドファンディングを利用する事態も発生した。
これまで民間のお金の流れによって社会変革を起こす仕事をしてきた。しかし「本来は税金で解決すべきことではないか」と疑問を抱くプロジェクトを見て、「税金をどう配分していくか」という意思決定の場への参加の重要性を感じ、政治に関わることを意識し始めたという。
議員になってからは、最初に「妊娠と子育てはセットではない」ことに注力した。妊娠をしたときの相談窓口に「ゆりかご」という言葉が含まれていたため、予期せぬ妊娠で迷う人が相談しにくい問題を指摘。1年程度の議論を経て「妊娠にとまどいのある方へ」という新窓口が設置されるようになった。
また、死産や流産のケースが市の計画などで顕在化されてないことを問題提起。産後ケアについても、流産や死産でも制度上は利用できるが案内がされていなかった。今は死産届を出した際には必ず案内をする形に改善されている。
さこうさんが当選時点で、議会は26人中13名が女性だった。女性議員比率の高い議会での変化も実感したという。たとえば、授乳中の先輩議員が視察を諦めたくないと悩む中で、話し合いを行い、ほかの議員の同意と視察先議会の了承を得て、赤ちゃん同伴での参加が実現した。
議員になってから2年経過し、最大の発見は「言えば変わる」と話す。
「すぐに変わらないこともありますが、時間をかけてデータを揃え、現場の声を聞いて話をしていけば、変えられることもたくさんあります。それが議員の仕事の一番おもしろいところです」
FIFTYS PROJECTについて
●公式サイト
https://www.fiftysproject.com/
●インスタグラム:@fiftys_project
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く








