なぜ母は娘に「良妻賢母」の呪いをかける? 田嶋陽子さんとアルテイシアさんがフェミニズムを語る

 田嶋陽子さんとアルテイシアさんの写真
田嶋陽子さん(左)とアルテイシアさん(右) 撮影/冨永智子

「俺が稼いだ金だから」。専業主婦だった母が何も言い返せない様子を見てきたし、母も私が経済力を持つことを応援してきた。でも最近「そんなんじゃ結婚できない」「仕事ばかりしてたら夫がかわいそう」「孫の顔が早く見たい」などと言ってくる母。自分も苦しんだのになぜ「良妻賢母になれ」と娘に呪いをかけるのでしょうか?——日本のフェミニズムの道を切り拓いた一人である田嶋陽子さんと、現代を代表するフェミニストの一人である作家・アルテイシアさんがフェミニズムや政治について語った対談本『田嶋先生に人生救われた私がフェミニズムを語っていいですか!?』(KADOKAWA)より抜粋してお届けします。

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アルテイシア(以下、アル):結婚して間もない頃、夫の母がぶどうを持ってきて、夫のために皮を剥き始めたんです。赤ちゃんやないんやぞ?とびっくりしました。

田嶋陽子(以下、田嶋):あはは。でもお義母さまの世代はそうやって「良いお母さん」を演じるしかなかったからね。

アル:私は義母に「二度とぶどう買ってこないでください」と、ぶどう禁止令を出しました。

田嶋:言えたの? すごいねぇ(笑)。

アル:80代の義母はいつも「あ〜忙しい忙しい」と愚痴りながら、やらなくていいぶどうの皮剥きみたいなことまでやってしまう。うちの夫は私に女らしさや妻の役割を押しつけないので、一緒にいて楽ちんな気の合う相棒なんですけど。でも結婚した当初はイライラしましたね。たとえば、夫の歯ブラシがヤマアラシだったんです。毛がバッサバサの状態で「何磨くねん、これで」みたいな。というのも、独身時代は母親が勝手に歯ブラシを替えてたんですよ。だから「歯ブラシは1カ月に1回替えるんやぞ」とか、なんでこんなことから教えなあかんのかと呆れました。でも「あなたのような母親が息子をダメにするんだ」と戦中生まれの義母を責めるのも酷ですし。

田嶋:良妻賢母が息子から生活能力を奪ういい例ですね。

アル:それで何もできなくなった男性の尻ぬぐいさせられるのは妻や周囲の女性だし、セルフケアできない男性は捨てられて、最後は孤独死して畳のシミに……みたいなことも起きてしまう。父の遺書が発見された部屋はゴミ屋敷状態だったんですよ。配偶者のいない男性、つまりお世話係の女性がいない男性は健康を害して早死にするというデータがありますが、そのお手本のようでした。

田嶋:私に言わせれば、結局、昔の男は腹の底から女を軽蔑していたわけ。なぜかというと、良妻賢母の妻と母の役目をさせられている女は、経済力も地位も財産もないでしょ。しかも嫁に来るってことは、自分の家からも出されてきてるわけだから。

アル:女には居場所がないわけで、夫しか拠り所がなくなってしまう。夫に生殺与奪の権を握られてるから、ストックホルム症候群(*1)みたいに、ひどい夫でも愛して尽くすように洗脳される。

田嶋:だから家父長制の中で、女は天涯孤独なんだよ。いったん生まれた家を追い出されたら、受け止めてくれる相手は夫しかいない。夫は全権を託されるわけだから、妻を煮て食おうが焼いて食おうが自由。だからあなたのお母さまのように男の性欲を刺激する若くてセクシーな女になるか、お義母さまのように息子のぶどうの皮剥きまでお世話する自分なし女になるか、生きる道はそれしかなかった。

アル:まさに「穴or袋orDIE」ですね。古より男は女を穴か袋として見ていて、人間として見ていないから、無意識に女を軽蔑していると。その自覚のない男性は多いでしょうけど。それで「いや俺は女は好きだよ?」とか言うおじさんがいるから、始末に負えない。

田嶋:男は「女は穴としてセックスさせてくれるもの」だと思ってる。たとえば高級レストランに連れて行けばヤラせてくれるものだと思ってるから、させないと怒るわけ。

アル:いまだに奢ることやプレゼントがセックスの対価になると思っている男性は少なくないです。だから勝手に奢ってきてセックスを断られると不機嫌になる。「穴のくせになんで断るんだ」ってことですよね。

田嶋:そうなの、女に断る選択肢はないと思ってる。「奢ってやったのに、プレゼントしてやったのに、なんでセックスさせないんだよ。お前ら穴はセックスさせるのが役目だろう」って。

アル:ミソジニー(*2)な男性やモラハラ夫は、女は男が支配できる所有物であり、思い通りになって当然だと思っている。だから女が思い通りにならないと「自分の権利を奪われた!」と逆ギレして、被害者意識を持つんですよ。

田嶋:最初から男性にとって女性は人間じゃない。カッコつきの「女」なんだよね。自分はカッコつきの「男」かつ「人間」だけど、女性のことは自分と同じ人間だとは思ってない。

アル:だから「あなたは知らないみたいだけど、女も人間なんですよ」ってところから説明しないとダメなんですよね。女は女を特別扱いしてくれとか優遇してくれとか言ってるんじゃない。「人間扱いしてくれ」と言ってるんです。私たちは男の性欲を満たすための道具じゃない、男の種を残すための機械じゃない、男の世話をするためのロボットじゃないと。

田嶋:あなたがよく言うように、結婚した女が背負わされてきた家政婦・保育士・看護師・介護士・娼婦の5つの役割は全部「女らしさ」の範疇に入るけど、それはあくまで男社会が押しつけてきた良妻賢母の役割であって自分が選んだ人生とは違うんだよね。

アル:この5つの役割を外注したら月100万円かかってもおかしくないのに、女はずっとタダ働きさせられて、家という檻から出たくても出られなかった。「誰が食わしてやってるんだ!」と夫に殴られても、耐えるしかなかった。

田嶋:結婚して専業の主婦になれば、経済力を奪われて一人では生きていけないから、従うしかなくなる。まさに奴隷だよね。それをフランスの作家ブノワット・グルーは「女は最後の植民地」と言ってる。

アル:私は母のことが嫌いだったけど、母も被害者なんだと今ではわかる。経済力を奪われ、足を奪われ、「家父長制」という檻に閉じ込められた母の痛みは、全ての女性の痛みなんですよね。

田嶋:そう、女はみんな男社会の被害者なんだよ。

アル:それなのに、わかりあえない。母は娘に「あなたは奴隷になってはダメ、この檻から出て行きなさい」と言って育てたにもかかわらず、娘が働いて自立すると「そんなに仕事ばかりしてたら結婚できない」「そろそろ孫の顔が見たい」とプレッシャーをかけてくる。

田嶋:自分も苦しんだけど、世間が認める女の生き方が結婚しかなかったから、食っていくために結婚を勧めてしまうんだよ。

アル:娘が結婚や出産をしないと、自分の人生を否定されたように感じるんでしょうね。母と娘は別人格なのに、バウンダリー(境界線)がわかってない。「檻から出て行け」と育てておいて「やっぱり戻ってこい」ってどっちやねんな!と娘は混乱しますよ。

田嶋:まさに青信号と赤信号のダブルバインド(*3)だよね。


*1:監禁されている被害者が、加害者と時間を共にするにつれて好意や親近感を覚えてしまうこと。
*2:女性蔑視、女性嫌悪。
*3:2つの相反するメッセージを送られ混乱する状態。二重拘束。

田嶋陽子さんとアルテイシアさんの写真
田嶋陽子さん(左)とアルテイシアさん(右) 撮影/冨永智子
『田嶋先生に人生救われた私がフェミニズムを語っていいですか⁉』(KADOKAWA)の表紙
『田嶋先生に人生救われた私がフェミニズムを語っていいですか⁉』(KADOKAWA)

田嶋陽子(たじま・ようこ)
1941年、岡山県生まれ。津田塾大学大学院博士課程修了。元法政大学教授。元参議院議員。英文学者、女性学研究家。フェミニズム(女性学)の第一人者として、またオピニオンリーダーとして、マスコミでも活躍。近年は歌手・書アート作家としても活動。著書に『愛という名の支配』(2022年に韓国版、23年に中国版が刊行予定)など。23年4月、『新版 ヒロインは、なぜ殺されるのか』が復刊。

アルテイシア
1976年、神戸市生まれ。大学卒業後、広告会社に勤務。2005年に『59番目のプロポーズ』で作家デビュー。著書に『フェミニズムに出会って長生きしたくなった。』『モヤる言葉、ヤバイ人 自尊心を削る人から心を守る「言葉の護身術」』『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』など。
 

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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