ぽっちゃり女性の写真は「食欲をそそるメニュー写真」になったのか|連載 #ボディポジティブを見つめて

ぽっちゃり女性の写真は「食欲をそそるメニュー写真」になったのか|連載 #ボディポジティブを見つめて
©️Poko/Tokyo MINOLI-do
Poko
Poko
2026-09-06

ぽっちゃり女性専門の写真家として活動するPokoさんは、「ボディポジティブ」という言葉が日本で広まる以前から、ふくよかな女性たちの姿を作品として発表してきました。連載「ボディポジティブを見つめて」では、体型や女性、そして社会との関係を、Pokoさん自身の経験をもとに紐解いています。今回は、「ぽっちゃり」という身体が、SNSや市場のなかで性的な価値を持つものとして消費されていくことについて考えます。

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「ぽっちゃり」という言葉に含まれる性的パーセンテージ

僕のSNSのタイムラインには、胸の谷間を強調したぽっちゃり女性の写真がいっぱい上がって来ます。
僕はそんなものを望んでいるわけではないのですが、僕が普通に使う「ぽっちゃり」であったり「プラスサイズ」というワードをアルゴリズムが拾い上げて、ぽっちゃり女性の性的な画像などをおすすめして来るのです。
それは「ぽっちゃり」や「プラスサイズ」というカテゴリの中に多分にそうした性的なものが含まれるということなのだろうと思います。

僕がぽっちゃり女性を撮り始めた頃は、ふくよかな女性を被写体にして写真を撮っているのは僕しかいませんでした。ですが、今ではコスプレカメラマンが、結構普通に、痩せ型の女性コスプレイヤーに交えてぽっちゃり女性のコスプレイヤーの写真を撮っていたりもします。

そういう意味では、痩せているとか太っているという、ひとつの体型の垣根が取り払われたという意味にもなるのだろうと思います。しかし、それは同時に、男性から性的に消費される女性性の中に、ぽっちゃり女性もまた取り込まれた、ということと表裏一体ではないでしょうか?

『巨乳』『貧乳『低身長』『熟女』『JK』『人妻』『地雷系』『貧困』『眼鏡っ子』『女教師』そして『ぽっちゃり』。アダルトビデオのタイトルを見てわかる通り、男性は、身体的特徴や年齢、職業や環境といった属性、メンタリティーまで、あらゆるものをカテゴライズして女性を性的消費して来ました。そしてそこに『ぽっちゃり』も一般的なジャンルとして加わったというわけです。

僕の写真は「トレンド」から大外れしている

さて、そうしてぽっちゃりしていることを売りにしている女性がたくさん現れ出したのだから、さぞ僕のところにも多くのモデルが応募して来るようになったかと思われる方もいるかもしれませんが、その逆で、僕へのモデル応募はどんどんと減っています。

そのひとつの理由は、ある意味で僕の写真が「時代遅れになった」からです。

今は、性的なイメージを含む写真や動画を、自分自身で発信し、それを直接収益につなげることができる時代です。性的な写真によって承認欲求を満たしたり、お金を稼ごうとする女性たちの中には、自分の肉体が持つ性的な価値を、そのまま経済的な価値へと換えていこうとする人もいます。性的な画像をサブスクリプションで収益化できるサービスもネット上にあり、性風俗のように実際に男性と関わることなく、あるいは誰かに撮影してもらわずセルフィーであっても、十分に需要に応えることができます。そうしたサービスを利用して収入を得るぽっちゃり女性もいます。

そうした時代に、撮影者としての僕はそぐわないわけです。

必要とされているのは「美味しそうに写っているメニュー表」のような写真なのかもしれません。そこで大切なのは「いかに食欲をそそるか」であり、そこに僕のような写真家の主張や作風、視点は、必要無いどころか、邪魔なわけです。実際に、そうした女性達は、僕に撮られた写真を彼女たちのSNSで使う際、撮影者が僕であることを隠したりします。それくらい、僕の主義主張であったりメッセージであったりというものが、彼女達にとって雑味でしかないのです。

僕の写真にいま求められているもの

さて、そんな僕のところにこの頃やってくるモデルの応募ですが、これがまた面白いことに、彼女達には大概、共通の認識があります。
それは「自分が何者であるか確かめたい」というものです。
「Pokoさんの目を通して、自分がどんな風に映るのか、知りたいのです」と。
年齢層も、30代から40代が多くなっています。

承認欲求や金銭欲からでなく、今一度、自分が何者かを確かめてみたい。そんな風に思って僕にモデルとして応募して来てくれることを、僕はとても嬉しく思います。

繰り返しになるようですが、僕のSNSのタイムラインには、ぽっちゃり女性の美しい肉体が溢れています。それは素晴らしいことのようでいて、実際には、様々な属性の女性が男性から連綿と受けて来た性的搾取の文脈の中に取り込まれたに過ぎず、体型への偏見が、性的に搾取される社会的弱者の立場に変遷したに過ぎません。だから、僕はSNSで、そうしたぽっちゃり女性の美しい肉体に出会う度、暗澹とした気持ちになってしまいます。そしてその美しい肉体を性的価値に変換して簡単にお金を得ようとする魂を、僕は申し訳ないけれども、醜いと感じてしまう。

だからこそ、自身の人生や、自身の内面の探究の為に、その肉体を僕の前に曝け出し写真に撮られてくれる女性の、その魂の美しさを、僕はこの頃、しみじみと感じるのです。

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