困難を乗り越えるのにヨガはどう役立つのか


ハワイでは3月23日から外出禁止令が施行され、ほとんど全ての経済活動が停止され生活に必要不可欠な理由を除き外出の自由がなくなりました。このような状況で心身に何らかの影響を受けている人も多いのではないでしょうか。この困難な状況にヨガの知恵をどう活かすかについてのワークショップに参加しました。
今回、私が参加したワークショップの講師はハワイ在住のヨガティーチャーのRupali。彼女はハワイのみならず日本でも定期的にヨガティーチャートレーニングを開催しています。ハワイも日本もコロナの影響で外出自粛を余儀なくされている中、ハワイと日本にいるヨギたちに向けてこの状況をヨガ的にどうのり越えて行けるかの知恵をシェアしてくれました。Rupaliのティーチャートレーニングの卒業生をはじめ、日本全国とハワイを合わせて40名ほどの参加者が集まりました。
感情のコントロールが難しい今の状況
さて、今の状況下で、今のみなさんの調子はどうですか?「最悪」「まぁまぁ」「最高」で表すとしたらどんな感じでしょう?
もし今の状況下この質問をした場合には、多くの人が「最悪」と答えるかも知れません。ヨガ実践者は日頃から心をコントロールする方法を学んでいるので、それほど影響を受けていないかも知れません。しかし、この状況で完全に平静を保てている人はいないのではないでしょうか。ヨガをやっているいないに関わらず、人間として感情の波があるのは普通のことです。「ヨガをやっているのに感情がコントロールができてない自分はダメなんだ」と自分を責める必要はありません。
ヨガは今回のような困難な状況を切り抜けるのに非常に有効なツールです。そして将来起こるかもしれない困難に備えて準備をするというのにも非常に有効です。こういう困難な状況のど真ん中にいて、感情がかき乱されている時には物事を広い視点でみることはとても難しくなります。そこで今回は一歩引いて大きな視点から「ヨガがどのようにこの困難に対処していくのに役立つか」についてシェアしたいと思います。
「第二の矢」が苦しみを作り出す
こういう大きな問題が起きた時に、最も問題となってくるのは実はその出来事そのものではなくて、ほとんどの場合人の感情に関わる部分です。もちろん感染のリスクから生活スタイルを変化させないと行けないことや、家族が自宅にいて責任が増えることや、必要なものが品薄で買えないことなどによる不便さがあるのは現実です。しかしながら、この問題そのものよりも、それに対して色々と思い悩むことによる心のストレスの方が重要な問題となり得ます。
仏教では「第一の矢・第二の矢」という教えがあります。
人生には生きていく上で苦しみや困難を避けることは誰もできません。今回のような世界的なパンデミックや自然災害をはじめ、個人レベルでも離婚や家族間のトラブル、病気や死などの問題は避けて通ることはできません。仏教ではそれを「第一の矢」と呼んでいます。この「第一の矢」は誰にもコントロールすることはできません。
この「第一の矢」に射られると、私たちは鋭い痛みをおぼえます。ただし、この痛みは通常短い時間しか続きません。そしてその後の生活は何もなかったように進んでいくのが普通です。
その後に私たちを苦しめる始めるのが「第二の矢」です。「第一の矢」に射られたことに対する感情的な反応が「第二の矢」となり私たちに突き刺さります。それが長く続く苦しみとなり、ひどい時には一生涯苦しみ続ける可能性もあります。ヨガスートラではこれを「サンスカーラ」と呼んでいます。
「サンスカーラ」とは「私たちの潜在意識にある、傾向として存在している条件反射のパターン」のことです。「自分の考えのくせ」とも言えます。これは自分自身の過去の経験から作り出されているのものあれば、前世から引き継がれているものもあります。
パンデミックが作り出す「2本の矢」
このコロナのパンデミックの「第一の矢」は「感染して病気になってしまうこと」「失業」「生活スタイルの変化」など、感染症そのものに関することや、それに付随して起こっている不自由なことなどがあげられます。
では「第二の矢」は何でしょう?
自分の周りに起こっているそれ以外の全てことです。不安な気持ちや恐れ、経済的な不安や家族が家にいることで感じるストレス、高齢の両親の健康の心配など、全ての感情的なことが「第二の矢」と言えます。ただ、この第二の矢はコントロールすることが可能です。そしてそれにはヨガが大きな助けになり得ます。
「第一の矢」はヨガでどうにかすることは不可能ですが、「第二の矢」で起きている感情的な問題は最小限に食い止めることができます。
ヨガで「第二の矢」をコントロールする
ここでいう「ヨガ」というのは広い意味のヨガのことです。「アーサナの練習」「瞑想」「呼吸法」「マントラの練習」「チャンティング」これら全ては私たちの感情を落ち着かせてくれます。もしくは他にもアートやクッキング、サーフィンや自然散策など、自分の心を落ち着かせてくれることがあるならば、これも広い意味で「ヨガ」と言えます。
では「第二の矢」は前述の通り、感情によって作り出され、私たちは感情にとてもも左右されます。感情は脳により作られています。つまり「第二の矢」は脳で作り出されています。
脳は勝手に「未来への心配」と「過去への後悔」を作り出します。
この二つの感情「第二の矢」となり自分を攻撃し始めます。これらは無意識下で起こり、自分でさえそのパターンに陥っていることに気づいていない場合もあります。心と体には強い繋がりがあるために、気づかないうちに身体にストレスを与えてしまい、結果的に身体への変調も起きてくる可能性があります。このようにして「第二の矢」は「第一の矢」と同じように、私たちの体や命を危険に晒し始めます。
このマイナスのスパイラルを断ち切るために、ヨガが「今この瞬間」に引き戻してくれる助けになります。
ヨガの呼吸とアーサナで今この瞬間に自分を引き戻す
具体的な方法の一つは、呼吸とともにヨガのアーサナを行い、体をゆっくりと動かすことにより、マインドがスローダウンします。それにより感情もだんだん落ち着いてきます。これによって良い方向のスパイラルを作り出すことができます。
マインドと感情には直接的な関係があり、マインドが落ち着いてくると感情も落ち着いてきますこれは神経系にも大きく影響を与えます。この考えにはヨガで「チッタ・ブリッティー」という名前が付いています。「チッタ・ブリッティー」はよく日本語で「雑念」と訳されますが、本来は思想全てが「チッタ・ブリッティー」と呼ばれています。そこにはネガティブかポジティブかの区別はありません。
何かしらの思想や考えが頭の中に渦巻いていると、それが私たちの神経系に信号を送り続け、身体へストレスとなり得ます。それがマイナスな考えであれば悪影響は明らかです。逆にマインドが落ち着いていると、神経系への信号が減り、結果身体へのストレスが減ります。
私たちの中にはエネルギーやインスピレーションなど、人間として本来持っている力が存在しています。思考が頭に渦巻いている時には、このエネルギーが有効活用できません。心が落ち着いている時にだけ、本来の力にアクセスできるようになります。
心の問題にアーサナをする理由
では、なぜ「心」にフォーカスを当てているのに、アーサナをするのでしょう?ヨギは「体と心は繋がっている」ことを知っています。「卵が先か鶏が先か」の理論と同じですが、「体が先なのかマインドが先なのか」。答えは「両方」で影響は両方向に作用します。なので、心と身体のどちらから初めてもOKです。身体に対して始めたことがマインドに影響し、マインドに働きかけることが体にも影響します。
ほとんどの人にとって体からアプローチする方が簡単です。体から始めると、柔軟性が高まったり、筋力がUPしたり、体が引き締まったりすることで、効果が目に見えて現れます。アーサナは神経系に影響を与え、神経系はマインドに影響し始めます。マインドがクリアになり、人生がよくなっていきます。人によっては瞑想などマインドにアクセスすることから始める人もいます。アーサナを全くしない人もいます。これも「ヨガ」です。
どちらから始めたとしても、だんだんと自分の日常生活に良い影響が出てくることが分かります。
ただ、アーサナをしないとマインドが落ち着かないというのなら、まだ正しくヨガを実践できていないかも知れません。それはヨガのアーサナはいつどんな場面でも行えるというわけではないからです。どこかの時点で、このアーサナのプラクティスをマットを離れた場面でも適用できるように練習していかなければいけません。もしアーサナなしでも心を落ち着かせる術があれば、自分がどんな環境にあったとして「第二の矢」の衝撃を和らげることができるようになります。
ヨガのプラクティスを日常生活に適用させる
アーサナ以外で日常に取り入れられるのは「瞑想」と「呼吸法」です。
アーサナの練習をする時に呼吸を一緒にすることにより、大変なポーズを取っている時にも呼吸をするという練習が、困難な状況にあっても呼吸をするという助けになります。パンデミックというのはいわば「大変なポーズを取っている状態」と同じだとも言えます。ヨガのクラスと違うのはいつまで続くのか分からないと言うこと。「もう解いてもいいですよ」というインストラクターはそこには存在しません。ヨガは実際にこういう困難な状況に直面した時にとてもいい練習です。
呼吸は神経系を落ち着かせるだけではなく、自分の意識を「現在この瞬間」に戻してくれます。アーサナの練習をしている時には、体の状態に集中することで今意識を持ってくることができます。マットにいない時には呼吸をし、自分の内側に意識を向ける。大変な状況に遭遇した時にそれを行う事で現在に意識を向ける事で、マインドは落ち着いてきます。
どんな状況でもヨガに取り組んでみる
ただし、世界中がネガティブな方向に向かって行っている今、自分だけが反対の方向に引き戻すというのは思いの外難しいものです。TVやネットを見るとネガティブな情報ばかりが目に入ってきます。
こういう時こそ、自分がどういうプラクティスをしているかを見直すいい機会になります。たとえ今現在心が乱れていてしまったとしても問題ありません。周りの人からは「ヨガをやっているのになぜ心が乱れるの?」と言われることがあるかも知れませんが、人間ならそれが起きても普通です。また練習を続けて行くだけです。
そしてまたマットに戻って練習をすると決め、マットを降りてからもこの練習を継続すると自分自身に誓います。そしてマットにいる間は過去や未来を考えることなく、今現在取っているアーサナのことだけを考えましょう。それ以外のことは何も考えず、全てのエネルギーを「呼吸」と「体に起きている感覚」だけに注いで行くこと。もし他のことを考え始めたら、また心を「呼吸と感覚」に引き戻します。心がよそ見をし始めたら、とにかくそれに気づくこと。いいか悪いかのジャッジはしません。「どんなことが浮かんできたか」を観察だけして、また気持ちを「呼吸と感覚」に戻しましょう。
スタジオに行けず、万全の環境でなくてもマットにとりあえず乗ること、日によっては軽くストレッチをするだけの日もあっていいでしょう。ただ、時には今日は集中してプラクティスやると決めて取り組むことも大事です。その繰り返しがマインドをコントロールする学びに繋がり、今後困難な場面に遭遇した時にも自分のマインドをコントロールできるようになります。
Profile:Rupali
1985年にヨガと出会ってすぐに魅了され、ヨガを学ぶため、ヨガアシュラムに滞在する。その後ヨガの指導を始め、1993年にクリパルセンターにてTeaching Certificateを習得。後にヨガインストラクタートレーニングのアシスタントも経験。その後もハタヨガ、ブレスワークテクニックを学び続け、アシュタンガヨガのマスター:Sri K. Pattabhi Joisとその孫:Sharath Rangaswamyのもとで学ぶために頻繁にインドを訪れている。
ライター/寺岡早織
2003年からヨガを始め、その後ピラティスを始める。2010年BASIピラティスインストラクター資格(マット、マシン)を取得し、ピラティス指導を開始。結婚を機に2013年ハワイに移住し、その後もピラティス指導を続ける。2015年よりハワイでの日本人向けRYT200の解剖学講師を務める。2018年よりヨガ・ピラティスインストラクターに特化したプロフィール写真のカメラマンとしても活動を開始。趣味は絵を描くこと。Instagram (ピラティスアカウント):@saori_pilates、Instagram(ハワイ写真アカウント):@saori_hi_photography
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