パニック症の治療に精神科医が実践!「安心の土台」と「休む技術」とは
仕事に追い立てられ、気力が尽きかけている現代の私たちへ。「日本一優しい」と評判の精神科医、広岡清伸(ひろおか・きよのぶ)さんの著書『ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません 生きづらい社会で傷ついた人が、再び「自分」を取り戻すまで』(アスコム)より内容を一部抜粋して紹介します。
一気によくなろうとはせず、少しずつよくなればいい
パニック症の治療は、その根本にあるパニック発作の正体を知ることから始まります。パニック発作は、「危険ではない場面で警報が鳴る」状態です。警報が鳴れば、体は全力で自分自身を守ろうとするので心臓を速く動かし、呼吸は浅くなります。しかし、実際には、外に危険は存在しません。そう感じてしまう背景には、もともとの心配性、几帳面さ、完璧さを求める気質、結果だけで自分を厳しく評価するクセなどが関わることが少なくありません。そこで脳と体に「勘違いだった」と教え直す必要があります。
パニック症の治療は、基本的に二本立てです。1つは、脳と体の興奮を抑える薬物療法で「安心の土台」をつくることです。抗うつ薬の一種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などで自律神経の過剰な波を穏やかにし、必要に応じて不安を鎮める薬を短期間併用します。もう1つは、恐怖の記憶に新しい意味づけを積み重ねる練習です。薬でつくった安心の土台の上で、「嵐は短い」「必ず過ぎる」を体で覚えます。ネガティブな想像に気づいて距離をとり、成功体験を重ねていくことが回復の道になります。
そして、この二本柱を下から支える共通の土台として、心身の疲労を予防するための「休む技術」があります。うつ病の治療でもパニック症の治療でも、わたしがいちばん大切だと感じているのは、日々の生活の中でこまめに心と体を休ませることです。心がすり減り、脳がくたびれていると、ほんの小さな出来事でも、不安と恐怖の警報が一気に鳴りやすくなってしまうのです。
わたしは診察室で、患者さんに「休む技術」と呼んでいる小さな工夫をお伝えしています。たとえば、会社や家事の合間に一度いすから立ち上がって深呼吸をする、夜遅くまでスマホを見続けないように「画面を閉じる時間」を決める、朝にベランダに出て数分だけ日を浴びる、疲れている日は予定を詰め込みすぎないようにする……といった、ささやかな休み方です。どれも特別なことではありませんが、「少し休む」ことを自分に許す練習を重ねていくことで、心身の疲労がたまりにくくなり、パニック発作が起きづらくなります。
(過重労働に押しつぶされて、バス通勤ができなくなった水野さんとの診察室での会話)
広岡:水野さん、大丈夫ですよ。一気によくなろうとせずに、少しずつよくなればいいんです。わたしがプログラムを考えます。それに沿って練習すれば回復できます。
水野:練習……ですか?
広岡:はい、大切なのは、「怖さをゼロにしよう」と力むのではなく、「ゼロではなくても暮らしていける」感覚を育てることです。最初のうちは、発作の波が押し寄せることがありますが、サーフィンのように乗り越えていけるようになります。そうすれば、行動範囲は自然と広がっていろんな場所に出ていけますし、社会復帰も近づきます。
水野:どんな練習なのですか?
広岡:厳しい鍛錬のように無理を重ねるのではなく、「怖さを抱えたまま、短時間そこにいる」ことをくり返します。そのために必要なのが、怖さのレベルの細分化です。
わたしは紙に10段階の目盛りを描き、お母さんが見守る中で、水野さんと一緒に「不安レベルの階段」をつくることにしました。
不安レベル10「診察室や待合室の椅子に座れない」
不安レベル9「診察室の椅子に座れる」
不安レベル8「待合室の椅子に座れる」
不安レベル7「バス停まで行って、ベンチに座って帰ってくる」
不安レベル6「隣のバス停までバスで行き、帰りは徒歩で帰ってくる」
不安レベル5「隣のバス停までをバスで往復する」
不安レベル4「三つ先のバス停までを往復する」
不安レベル3「最寄りの駅までバスで行って往復する」
不安レベル2「バス、電車の乗り継ぎができる」
不安レベル1「発作が来ても平常心で対処でき、生活の障害がない」
広岡:この階段を1段ずつ上がっていくのがこれからの治療目標になります。ただし、上がるペースは、あくまでも水野さん次第。焦らないことが大切です。水野さんには、できたときは「〇」、できたとしてもつらかったときは「△」、その日はやめた場合は「―」という記録を付けることを併せて伝えました。記録するのは、自分を裁くためではなく、いまの自分の状態を確かめるためです。
この本の著者…広岡清伸(ひろおか・きよのぶ)
精神科専門医、指導医、精神保健指定医。広岡クリニック理事長。富山県高岡市出身、早稲田大学中退、日本大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院研修医、堀ノ内病院、関東労災病院などを経て1992年に横浜市港北区に広岡クリニックを開設。患者の目線に立って治療する独自の「肯定的体験療法」が評判を呼ぶ。今まで診察してきた患者は1万人を超える。著書に、『広岡式こころの病の治し方』(日経BP社)、『心の病になった人とその家族が最初に読む本』(アスコム)などがある。
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