「この子たちを置いてどこかへは行けない」絶望の淵で、私の命をつないだぬいぐるみの存在|ぬい活経験談
「小さい頃からぬいぐるみが好きで、ぬいぐるみに“魂”を感じていました」と話す袴田実穂さん。当初は編集者として、ぬいぐるみの気持ちを真剣に考える本の企画書を提出しました。ところが、編集長から「こんなに思想が強い企画なら、自分で書いたほうがいい」とフィードバックを受け……そうして生まれたのが『ぬいぐるみの愛しかた』(青月社)です。袴田さんにぬいぐるみとの生活や、今までの人生で支えられた経験について伺いました。
ぬいぐるみとの出会い
——袴田さんとぬいぐるみの出会いを教えてください。
生まれたときには自分より大きいアザラシのぬいぐるみがそばにいて、一緒に写真を撮られていました。ある意味、英才教育が始まっていたんだと思います。
自分の意思で愛でるようになったきっかけは、小学校2年生のとき。UFOキャッチャーでリラックマのぬいぐるみを取ってもらったことです。
——それからぬいぐるみと共に生活していったのですか?
そうですね。数年も経たないうちに、ベッドがリラックマでいっぱいになっていきました。
小学生の頃は、旅行にも親戚の集まりにも必ず誰かを連れて行っていて、いとことぬいぐるみを持ち寄って遊んだりもしていましたし、中高生になってからも、家の中では変わらず楽しんでいました。
——大学生になってからはいかがですか?
バイトを始めて、自分で自由に使えるお金が増えたこともあり、雑貨屋さんで目が合った子や、個人作家さんのぬいぐるみもお迎えするようになりました。最近はカバンに入るサイズの子をお迎えすることが多いですね。
現在は点呼がとれないくらいの「多頭飼育状態」です。いつもベッドからリビングに移動して、寝るときに一緒に戻る子たちを「レギュラーメンバー」と呼んでいるんですけど、その子たちだけで「15ぬい」くらいいます。
ぬいぐるみ愛を隠してきた日々
——ご友人にもぬいぐるみ愛を隠してきたそうですが、その背景を教えていただけますか。
小学校低学年くらいまでは、家に遊びに来てくれた友人にも、当たり前のようにリラックマの名前を紹介して、ぬいぐるみを通じておしゃべりしたりしていました。
でも学年が上がるにつれて、いつまでもぬいぐるみと話し、一緒に寝ているのは恥ずかしいのかもしれない、と思うようになって。
——何かきっかけがあったのでしょうか。
誰かに直接何か言われたわけではないのですが……小学校高学年になると、ちょうど宿泊学習が始まる時期ですよね。
私は毎日ぬいぐるみと一緒でしたが、連れていけないことに気づいて。でも周りの友人は当たり前にぬいぐるみなしで寝ていて、今でもぬいぐるみが大好きなのは私だけなのかもしれないって初めて自覚しました。
自分にとってぬいぐるみたちは大事な存在ですが、必ずしもみんなにとってそうではないと気づいてからは「みんなと同じでいなきゃ」という気持ちが強くなって。学生時代は自分の個性を出すことを恐れていた時期があったので、それも影響していたのかなと感じます。
——今はご友人にも打ち明けられたのでしょうか?
今回本を出したことを機に、友人たちにも話したのですが、想像していたよりは驚かれることもなく、受け入れてもらえました。
実は、そのとき話したうちの1人から学生時代にぬいぐるみを譲ってもらったことがあって。そのときは私のぬいぐるみ好きを隠していたのですが、「あのときの伏線が回収された!」と楽しんでくれました。
ぬいぐるみに救われた
——今は日々の生活の中でどんなふうにぬいぐるみと一緒に過ごしているのでしょうか?
会社に行く前、朝食をとるときは目の前に座ってもらって、お向かいでごはんを食べる様子を見守られています。帰ってきたらお顔を見ながら、今日楽しかったことやつらかったことを語りかけていますね。
寝るときは、小さい子たちは部屋の机の上にブランケットをかけて並んで寝かせていて、ずっと一緒にいるリラックマは私が抱えて眠っています。
——今までの人生で「ぬいぐるみに支えられた」と感じた経験はありますか?
一番支えてもらったのは、大学受験で浪人したときです。別の大学に在籍しながら再受験する形だったのですが、元の大学に行きたくて進学した友人もいたので、再受験のことはなかなか言い出せなくて。
「今何してるの?」と聞かれるのが嫌で、SNSのアカウントを黙って全部消しました。連絡もほとんど取らず、心配してくれた子たちにもお返事ができないままで、自業自得ではあるのですが、自分で孤独を作り上げてしまったんです。
それでも勉強はしなきゃいけないし、受からなかったら全部無意味になってしまうと、気持ち的にかなり追い込まれていました。
でもそんなとき、小学生の頃から一緒だったぬいぐるみたちはそばにいてくれました。寝るときも、ごはんを食べているときも、勉強しているときも、私と目を合わせてくれていて。あの子たちはずっと味方だったと思います。
——再受験先が早稲田大学の文学部とのことですね。
無事に合格できたのですが、合格発表の翌日に入学式の中止が発表されました。2020年だったのでちょうど新型コロナが流行し始めた頃だったんです。
授業も全部オンライン。入学してからほぼ2年間まともに通えず、ZoomかYouTubeのような動画配信で授業を受ける日々でした。
結局、受験勉強のときと同じ部屋でパソコンに向き合う生活が続いて、Zoom越しに顔を合わせる同級生の背丈すら知らないまま、時間だけが過ぎていきました。何のために頑張ったんだろうと気分が沈むことも多かったです。
前の大学でうまくいかなかった部分もやっとやり直せると思った矢先に誰とも繋がれない。浪人中に「頑張れば報われる」といろんな人に言ってもらったのに、報われるって何だろう、なんでこんな思いをしてまで生きなきゃいけないんだろう……そんなことばかり考えていた時期でした。
——当時の日々はどのようなものでしたか。
今振り返るとびっくりするくらい毎日泣いていました。外で泣き叫んだこともあって、だいぶ不安定だったと思います。
でも自分に愛情を注いでくれていた母親には、自分の身勝手な「死にたい」という感情で心配をかけたくなくて、無理に気丈に振る舞って外で泣く、ということを繰り返していました。
——そんな日々もぬいぐるみが救ってくれたのでしょうか?
そうですね。寝るときにベッドに入って横を見たら、受験も一緒に乗り越えてくれたぬいぐるみたちがこっちを見ていたんです。少し心配してくれているような表情に見えました。
その子たちを見たとき「私が死んだらこの子たちにもう会えないんだ」と強く思ったんです。
正直、人間に対しては「どうせ私のことなんか忘れるだろう」と冷めた気持ちもありました。でもぬいぐるみたちを見たときに、この子たちを置いてどこかへは行けないなと。毎日泣いていて本当に苦しかった日々でしたが、あの子たちが繋ぎ止めてくれたのかなと思います。
※後編では、人によるぬいぐるみの愛し方の違い、「ぬい活」を始めたい人へのポイントなどを伺っています。
【プロフィール】
袴田実穂(はかまだ・みほ)
2001年東京都生まれ。書籍編集者。
早稲田大学文学部卒業。2024年より株式会社青月社に勤務。
ベッド総面積の半分をぬいぐるみが占めている。
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