2)誕生会の前日に、まさかの父の転倒事故が発生!【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。
たまに怒りが出るけれども、以前ほどではないし、訪問診療のドクターやスタッフ、看護師、ケアマネジャーなどが対応してくれる……その状態は、またも突然、打ち破られました。
父の誕生日が5月の下旬にあったので、それに合わせて、わたしたち夫婦も上京。まだ父の記憶に残るうちに、妹たち家族も含めて、父の誕生会をひらくという企画を立てていました。実は、コロナ禍もあって、姉妹それぞれが両親と会うことはあっても、全員が集まることはないまま、数年が過ぎていたのです。
でも、明日は東京に行くという日に、自宅に帰るために橋を歩いていると、母から着信がありました。父が怒って、ひとりで出ていってしまったと言うのです。その少し前からリハビリのデイサービスを再開していたので、ひとりでも歩けるようになっていたのが災いしたのでした。でも、高齢の母は、事の重大さがわかっていないようで、「迷子になったら、おまわりさんが連れ帰ってくれると思う」などと言っています。「すぐ追いかけて」と電話を切り、ケアマネジャーに電話をしましたが、他の訪問があって、今は行けないとのこと。「転倒が心配なので、追いかけてもらって、少し後ろからついていってもらってください」ということでした。

母に伝えると、「鍵をかけなくちゃ」などと言って、なかなか出かけようとしない。「ともかく早く追いかけて」と厳命し、電話を切りました。するとまもなく、今度は下の妹からの電話。「父が近所で転倒し、救急車で運ばれたらしい」と言うのです。看護師の彼女は夕方までクリニックなので、夜にならないと行けないとのこと。ケアマネジャーに電話すると、結局、自宅に寄ってくださったとのこと。事故の報を受けた警察の方も訪問してくださり、母が病院に行く支度をしているということで、駅まではケアマネジャーが送ってくださるということになりました。
父の搬送先がたまたま上の妹の近所だったので、ひとまず病院には上の妹が行ってくれることに。さらに母の支度では漏れもあり、病院から実家に行って、もう一度、準備もしてくれるなど、近居のありがたさも感じたことでした。また、普段は勤務中、電話にまったく出ない下の妹も、なぜ緊急事態には対応できるのかと思ったら、スマートウォッチを付けているので、知らない電話には出てくれていたようでした。遠隔で全員と話して、指示を送るのはわたし、救急とのやりとりは下の妹、病院付き添いは上の妹という具合で、オールメンバーでなんとか乗り切ったことでした。
→【記事の続き】3)主役は病院に。何とも複雑な気持ちで過ごした父不在の誕生会はこちらから。
文/Saya
東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
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Instagram @sayastrology
写真/野口さとこ
北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
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