3)主役は病院に。何とも複雑な気持ちで過ごした父不在の誕生会【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。
父が転倒し、救急搬送された翌日、結局、わたしひとりで東京に向かいました。夫も来てくれるとは言ったのですが、滞在も伸びそうですし、病院のお見舞いだけになりそうで申し訳なかったため、留守番をお願いしました。
転倒による骨折などは幸い、なかったものの、手を伸ばしたのが支えきれずに、顎を打ってしまったらしく、父の入れ歯は全部割れてしまったとのこと。また割れた歯が刺さって、出血もひどかったようで、数日は入院となりました。入院中の父は、下顎が紫色になり、大変な痛々しさ。認知症状も進み、怒っているときもありましたが、じっくり話を聞いていると、なんとか興奮が落ち着いてくるという状態でした。ただ、このときのことは、わたしにとってもショックだったのでしょう。病院での記憶は、かなり曖昧です。
と言うのも、姪っ子たちを含め、家族全員で集まりたいというのは、父のたっての願い。1年前、父の田舎に連れていったとき、特急に乗る前に、「次は、みんなで集まる機会を作ってくれ」とお願いされていたほどだったのです。でも、父の易怒性に振り回され、介護体制づくりに翻弄されるなかでは「食事会」は、どうしてもあとまわしになってしまっていました。

でも、父にお願いされたのに叶えることができなかったら、後悔するのは自分です。わが家は個人主義と言いますか、普段から両親との交流は思い思いにやっていたのですが、今回だけはとわたしから働きかけていました。父にお願いされてから1年近くは経っていましたが、全員で手分けして、フラワーアレンジメントやプレゼントも用意。父も、「誕生会なんていい」と言いながらも、みんなで集まることは本当に楽しみにしていたのです。それがまさかの転倒事故なんて。「どうせなら、終わってから転倒してほしかった……」と歯噛みする思いでした。
また、アクシデントがあると、お店へのご迷惑もかかります。量が食べられない父やお酒を飲まない未成年がいるため、料亭やホテルなどは難しい。ファミリーレストランでは落ち着かないかもしれない。それで、実家から歩いてもいけるくらいのオーガニックカフェを予約していました。とは言え、前日になって、10人のキャンセルも申し訳なさすぎる。父も、覚醒しているときは、「俺がいなくて、みんなで会うといい」というスタンスだったので、誕生会は父抜きでやることになりました。京都と東京で離れていたこともあり、コロナ禍を挟んで、4、5年会えていなかった姪っ子たちに会えたのは本当に嬉しかったものの、「おじいちゃん、おめでとう」というメッセージは動画で届けることになりました。
→【記事の続き】4)病院で父がパニックに。いったんは家に帰される……はこちらから。
文/Saya
東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram @sayastrology
写真/野口さとこ
北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
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