シンプルだけど、大事なこと。人生に劇的な変化をもたらす7つのアドバイス
ヨガを始めたことで、自分の本当に気持ちに気づいたり、まわりの目を気にしてのびのびとふるまえなかった自分に気づけたり…ヨガが「人の内面」にもたらす影響は大きい。ここでは、アメリカ在住のヨギたちの実例をピックアップし、彼女たちの人生を変えるのに大きく役立った「ヨガの教え」を7つ紹介する。
「ヨガや瞑想のプラクティスを始めると、人生に大きな変化が起きる」。統計学的な根拠はないが、私はこう確信している。その変化は、まず内側から起こる。もしかしたら、プラクティスが「完全な自分」の定義を変えるのかもしれないし、心の奥底にある願望が解き放たれたり、自分自身の中に包み隠していた真実が見えてきたりすることもあるだろう。
こうした自分の内側で起こる変化は、すぐに人生の外側にも表れる。すると、自分の行動パターンに疑問を抱いたり、違う生き方へと駆り立てられたりする。これを私は「カルマの加速」と呼んでいるが、つまるところヨガのプラクティスには、人間関係や人生設計の展開スピードを速める性質があるようだ。そのために、不幸な人間関係や、満足のいかない仕事を10年間我慢するところを、気づいたら2年間で強行突破している。けれども、これは何も自分が変わった人間だからというわけではない。
「仮面夫婦」を続けてきた、あるヨギの本音
ほとんどのヨガ実践者は、自分の人生を根本から変えうる「内的誘発による選択」に向き合うことになる。そのときこそマット上でのプラクティスをどう人生へと広げていくのかを学ばなければならない。それが「新たに生まれてくる自己」に命を与え、変化の過程で生じる恐怖や混乱を乗り越えていく支えとなる。これらすべては私がリタの話を聞くときにいつも思うことだ。37歳の彼女は、ペンシルヴァニアのヨガスタジオのオーナーで、もう5年近く離婚を考えている。結婚生活は18年になるが、もう長いこと何の感情もない。夫と一緒に過ごすことはめったにないが、あっても大小さまざまな問題について言い争うだけだ。
問題のひとつは、2人の生活が合わないことだ。彼女は熱心なヨギで環境問題にも取り組んでいるが、夫にとってヨガは退屈きわまりなく、気候変動も立証されていないと考える。2人はもう何年も、家や10代の娘のこと以外に話をしていない。けれども、結婚が終われば、これまでの生活も終わる。今後ひとりで生計を立て、夫の援助なしにヨガスタジオを経営していく自信もない。もちろん、娘の幸せも考えなくてはいけない。リタには、新たな人生を創造すべきだという内なる声が聞こえていたが、離婚が何を意味するかを考えると、恐怖に襲われ、決断を先延ばしにしてきたのだ。
人生設計の根本的な変化を何度か経験している私には、彼女の気持ちは理解できる。私は20代半ばで不幸な結婚を終え、20代後半にスピリチュアルなコミュニティで生きていくために満足していたジャーナリストの仕事をやめ、家族や友人に別れを告げた。そして30年後には、そのコミュニティからも去るべきだという内なる声を聞き、まったく新しい人生を始めた。そうした状況下で、決断までに数年間かかったことが二度あった。私は自分の行動が正しいと確信したかったのだ。
いいものであれ悪いものであれ、「変化」にはストレスがつきもの
率直に言おう。人生の変化は怖い。とりわけ、他の人たちの人生を左右したり、その先に何が待ち受けているのかがわからないときには。離婚や転職を考えるだけでも、本能的な恐怖が生じ、それが健康問題や悪夢、過食や優柔不断といった現実逃避となって表面化する。あるいは恐怖に対抗するため、無計画にその状況から飛び出し、すべてを片付けてしまおうとする。
信じられないかもしれないが、この本能的な恐怖は、人生がプラス方向に大きく変わるときにも生まれる。ストレス研究では、結婚、就職、待ち望んだ機会の実現といった人生の質を高めるような出来事が、望まないことと同じぐらいストレスになるという結果が出ている(結婚式前に泣き崩れる花嫁や、サンフランシスコでの生活が恋しいという理由でコロンビア大学大学院を中退してしまう若者のことを考えてほしい)。要するに、変化が自分の意志によるものであっても、恐怖感は生まれるのだ。もし誰かが傷ついたら? 自分の選択が完全な失敗に終わったら、その後どうやって生きていくの? 変化の過程で生じる混乱に対処するスキルを自分は持ち合わせているの? リタを無力にした問いかけが、時として動きのとれない苦況を長引かせるのだ。
劇的な変化へと導く、ヨガの根本的な教えとは
広い意味での「ヨガ」は、劇的な変化を導くために必要な強さと洞察力を与えてくれるものだ。ヨガのプラクティスと同じように重要なのが、以下のようなヨガの基本的な(そして極めて応用性の高い)教えである。つまり、「内側への働きかけは、外側へも影響する」、「人生の多様性の裏には、根源的な一体性がある」、「真の強さは静けさの中にある」、「時として気まぐれだったり、臆病だったり、身勝手な人物に見えるのは、本当の自分(真我)ではない」というものだ。
「大きな変化のときに、どのくらいヨガが助けになったか」。これが自分のプラクティスをテストする方法のひとつだ。ヨガの教えによって、恐怖や困惑、混乱を感じなくなるわけではないが、その教えは、賢明な友達のように自分の中に現れ、そうした感情の嵐の中で自分を見失わないように導いてくれる。また、優柔不断に陥ったり、衝動的な行動に走らないように助けてくれる。
私はもう長年、変化や混乱に対して、助けとなる教えを自分の内側に求めることにしている。そして、ほとんどの場合、同じ教えが繰り返し浮かんでくる。ここでは、劇的な変化を導く指針となる、ヨガの根本的な教えを7つ紹介しよう。
1.「変化は必然である」と知る
無常(アニッカ)という仏教の教義は、「変化は必然的で絶え間なく、避けることができない」と説く。すべては変化する。この事実を理解するだけで、「なぜ私に?」という変化に対してもっとも気力を失わせる反応をしなくなる。
仏教徒が「無常」と呼ぶものを、タントラヨガでは「シャクティの絶えず変化する特質」、つまり「生命の中心に内在する動的なパワー」に起因させる。シャクティとは無限大の女神のエネルギーで、物事を顕在化させ、しばらく維持した後、消滅させるというサイクルを繰り返す。あらゆる瞬間、活動、細胞は、この創造・維持・破壊という流れの一部なのである。この流れは、大宇宙のレベルでは季節の移り変わり、潮の干満、文化の変動として、小宇宙のレベルでは身体状態の変化、人生の浮き沈み、頭の中の思考や感情の動きを通して起こる。変化の過程にある普遍性を理解できれば、敬意を持って変化を迎え、身を委ね、変化とともに自分の道を歩んでいけるだろう。
2.「変化」は通過儀礼
伝統的な社会では、人生の節目はすべて新しい生き方の始まりだと考えられ、そのための儀式が執り行われた。そこでしばしば求められたのが、何らかの方法(夜を徹して祈りを見守る、暗闇の中で一晩過ごす、技能を証明するための質問に答える、など)で、未知なる世界へと踏み込んでいくことだった。儀式がそれほど行われなくなった昨今でも、私たちは通過儀礼を体験している。たとえば、転職、新しい土地への引っ越し、復学の決意などは、自分の習慣から抜け出し、技能を試し、しばらくの間未知なる世界で生きることが求められる。それまでの環境を飛び出し、新しい世界へと踏み込んだら、あなたは以前と同じ人間ではない。自覚をもって変化をくぐり抜けていけば、それ自体が成長の次の段階へ通じる扉となる。
フランシスの例を挙げよう。彼女は24歳のときにソウルで英語を教える仕事を引き受けた。ところが、行ってみると孤独感とカルチャーショックに苦しみ、パニックに陥った。それでもソウルに留まったのは、外国人として暮らすことが、それまでの自分のイメージを解放し、新しい自分の在り方を見つける助けとなるとわかったからだ。同じように、人生に変化が訪れたら、その変化がどのように自分を進化させ、自己理解を深め、自分の限界とそれを乗り超える能力の両方を教えてくれるかを考えてみよう。これが通過儀礼のプロセスだと受け入れることができれば、変化がもたらす恩恵も見つけやすくなるだろう。
3.瞑想で不安感を手放す
変化の体験でもっとも手強いのは、その過程で湧き起こる強い不安感だろう。なぜなら、真の変化には、驚き、挫折、行き詰まりなどがともなうからだ。そんなときに襲ってくるのが、恐怖、不安、怒り、いら立ち、悲嘆であり、行く先が見えない不安感とともに生じる身体的、心理的な緊張である。気持ちが張りつめ、頭の中では自分を被害者に仕立てた物語(「最悪のシナリオ」、「自分は才能がない」、「必要なものは決して手に入らない」といったもの)がぐるぐると回り始める。その後の行動は大抵、テレビをつけたり、何か食べたり、友達に電話をして愚痴を言ったりという現実逃避である。
けれども、行く先の見えない不安感への処方箋は、そこから離れるよりも、むしろ近づいていくことだ。体の中にある不安感とつながり、それを感じるがままに感じ、不安感とセットになっている「物語」を手放すのだ。抵抗したり、期待したりせず、ただ今の瞬間の自分自身や感情とともに「いる」ことだ。それができればおのずと変化の過程も自然かつ効率的に進んでいく。
瞑想のプラクティスを取り入れれば、人生の変化の道程を落ち着いて歩めるようになる。というのも、瞑想によって、真我とつながり、個人の意識と宇宙の中核を調和させる本質的な気づきに戻れるからだ。瞑想のプラクティスは、呼吸に意識を向けたり、マントラを繰り返し唱えたりするシンプルなものでもいいし、自分の思考に波長を合わせるような繊細なものでもいい。胸に呼吸を送り込みながら意識を集中させる方法もある。重要なのは、瞑想によって、自分の本質的な存在、内なる自己に結びつくことなのだ。
4.真の願望を見つけ出す
自己探求 (アートマ・ヴィチャーラ)は、変化を導き出すためのヨガの中核的な手法である。これは、自分自身に「この状況で自分が本当に望んでいることは何だろう?」、「すべての人に最良の結果とは何だろう?」といった本質的な問いかけをするという、シンプルだが効果的な方法だ。そこで思いついた答えは書き留めておく。
次に座って、呼吸に意識を向けながら、内なる自己との結びつきを感じるまでしばらく瞑想をする。そして以下のように自問する。「真我よ、内なる師よ、どうするべきか教えてください」。その後もう一度自己探求の問いかけを行い、それに対する返答を、無関係と思われることも含め、すべてを書き留めておく。そして、書き留めたものから内容が共通している部分を探す。そこから、真我が自分に何を望んでいるのかが感じられるはずだ。奥深いところにある真の願望とつながると、変化の道筋全体が組み立てやすくなるだろう。
5.強い意志を持つ
次のステップは、サンカルパである。これは、明確な言葉による決意表明だ。真のサンカルパは、自分の意志の力に働きかけ、自分の意志と宇宙の意志を同調させるものだ。それまでの自己探求の過程で、自分の真の願望を感じ取っていれば、それに適したサンカルパを表明できるはずだ。内なる願望と自分の意志との調和がとれていれば、それを支えるような人生の変化を始動させることができるだろう。
そうは言っても、サンカルパはその時々の状況に応じて変わるものだ。ある時期のサンカルパが「自分が大好きで、子供と過ごす時間もとれる仕事を持つ」であっても、別の時期には「新しい家を見つけるための方策を上手に立てている」とか「心身を癒している」となるかもしれない。
どのサンカルパも現在形で表明されていることに気づいてほしい。これはサンカルパが、単なる願望とか目的の表明ではなく、自分の目標を実現へと導くという明確な意志表明に他ならないからだ。サンカルパに力を与えているのは、表明しようとする結果が「確実」なだけでなく、すでに「起こっている」と想定していることなのだ。
6.ステップ・バイ・ステップ
ヨガのプラクティスの核心は「アビヤーサ」、つまり自分の進みたい方向へのたゆまぬ努力である。人生を変えようとするときは、もう一度自己探求のテクニックを使って、実現に必要なステップを考察してみよう。
リタの場合は、新しい人生を始めるための方策を考えなければならない。「どこに住むの? 友人や支援グループはいるの? 娘のケアはどうするの? スタジオ以外からの収入源はあるの? 夫がスタジオの家賃を払えなかったり、払う意志がない場合、どうやって自分で支払うの?」。自分の持つ選択肢と可能性について考えることは、恐怖を静め、すべての質問に答えが出なくても、計画を練りなおす助けとなる。
よく考えた後には、実際に行動に移すことが重要だ。人生が変化しているときに効果的なヨガのアビヤーサは、重圧を感じすぎないよう、一つひとつを段階を追いながら取り組むことだ。リタが夫から経済的に独立する計画を例に考えてみよう。彼女のとるべき第1のステップは、プライベート・レッスンの仕事を増やすことだ。第2のステップは、以前仕事をしていた紛争解決の分野の研修を受けることだ。こうした行動によって経済的な安定がもたらされ、夫に離婚を切り出す自信が生まれてくる。リタのように、小さくても一歩一歩踏み出していくと、自分の歩みに応えて目標達成の見込みも見えてくるだろう。
7.手放す練習をしよう
ヨガ的な観点では、人生の変化がもたらす副産物のひとつに「ヴァイラギアを練習する機会が与えられること」がある。ヴァイラギアは通常「無執着」「手放す」という言葉に訳される。それは、過去、以前のやり方、恐怖や悲しみ、昔の人間関係や仕事を手放す、ということである。
けれども、無理やり「変化を起こそうとするサムライ」になって、「容赦なく」手放す必要はない。そうではなくて、喪失をそのまま悲しみ、不安をそのまま感じることだ。その後に息を吐き、自分が執着しているものが何であれ、それが呼気とともに流れ去っていく様子を思い浮かべる。あるいは、短い祈りの言葉とともに、それを宇宙へ捧げてもいい。たとえば、「変化と変化にともなうすべてのものを捧げます。その結果が、生きとし生けるものに恩恵をもたらしますように」のように。これを本物のヴァイラギアと一緒にやってくる自由の感覚が得られるまで繰り返す。
私の経験では、瞬間ごとに「手放すこと」を忘れないでいること自体が、前向きで大きな変化を導く内なる鍵となる。事実、変化のプロセスから「手放すこと」を少し学ぶだけでも、変化が与えうるもっともすばらしい贈り物を受け取ることになり、自分が夢見る人生に大きく一歩近づくのだ。
ライター
サリー・ケンプトンは、世界各国で知られる瞑想やヨガ哲学の指導者であり、『Meditation for the Love of It 』の著者。
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