ヨガ界のレジェンド、40年の道のりを語る:6人のリアルストーリーとは
グルムク・カウル・カルサ
現在:ゴールデンブリッジヨガの創始者でありヘッドティーチャー
40年前:マウイ島のサーファー
ヨガを始める前は、マウイ島のビーチで暮らしていました。サーフィンやダンスを楽しんで、自由で気ままな生活を送っていました。1973年に(クンダリーニヨガをアメリカに紹介した)ヨギ・バジャンから、ニューメキシコで9人の出産を助けるように言われ、医師や自宅出産の経験のある助産師から必要なことを学び始めました。しかし、最終的に自分がすべきことは赤ちゃんを取り上げることではなくて、出産の準備を精神面で手助けすることだと悟りました。
40年前にはニューメキシコのアシュラムで、ヨギ・バジャンと生活を共にしていました。料理や庭仕事など、無償の奉仕を随分しました。ヨギ・バジャンに習った通りにクンダリーニヨガも教えました。朝は3時に起床して、集団生活を送っていました。今はこのアシュラムを出て、世界各地を回る生活です。年間290日、世界各地で指導をしています。
ロドニー・イー
現在:アーバン・ゼン・インテグラティブ・セラピーの共同ディレクター、ヨガシャンティの共同経営者
40年前:体操に打ち込む高校生
40年前といえば、18歳でカリフォルニア州オークランドの高校を卒業したばかりで、カリフォルニア大学デービス校に進学する準備をしていました。高校時代は体操に打ち込んでいて、大学進学後も続けたいと思っていましたが、競技者になるつもりはなかったですね。カリフォルニア大学に進学後、不器用さと体の硬さを克服しようと思い、バレエの授業を受け始めました。哲学部を中退して、オークランドバレエ団でフルタイムで踊るようになるまであっという間でした。8年間プロのダンサーとして踊り、日本でも1年間踊りました。
いろいろなものでがんじがらめになっていた体が、私をヨガに駆り立てたのでしょう。バークレーのヨガルームとサンフランシスコのアイアンガーインスティチュートが、文字通り自分の家になりました。1987年には、リチャード・ロンセン、クレア・フィン、元妻のドナ・フォンと一緒に、ピードモントヨガスタジオを開きました。1989年と1990年のヨガジャーナルのカレンダーには私の写真が載っています。1992年からはヨガジャーナルのビデオにも出演しています。
2003年にコリーン・セイドマンと恋に落ちて、拠点をニューヨークに移しました。私たちふたりはドナ・キャランと夢を語り合い、アーバン・ゼン・インテグラティブ・セラピーを立ち上げました。これは、ヨガとエッセンシャルオイルセラピー、レイキ、栄養学、禅で古くから行われている「見届ける実践」を融合させたものです。 今では、ハンプトンズにあるコリーンのスタジオも含めて、私たちふたりはほかの3人のパートナーと、ヨガシャンティニューヨークと、ヨガジャンティウェストハンプトンビーチのスタジオを共同経営しています。私たちには素晴らしい子どもが4人います。ふたりはすでに大学を卒業し、ふたりは現在大学生です。私たちは今でも世界中いたるところで指導しています。それは生活のためでもあるし、今でもヨガに夢中で、お互いに心底惹かれているからなのです。
二人の出会いを語った「ヨガティーチャー同士のカップル、リアルストーリー」の記事はこちら
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