仏教由来の瞑想法「慈悲の瞑想」に31日間挑戦! 体験後に起きた変化は?
ヨガジャーナルのデジタルストラテジストであるサマンサ・トゥルーハートは、31日間「慈悲の瞑想(Loving-kindness meditation)」を実践しました。シンプルなマントラを基本とした瞑想を毎日15分間行うことで、困難との向き合い方やストレスを抱えたときに気持ちを落ち着かせる方法に変化が起こりました。
ヨガジャーナルの編集者としてあまり公言したくないのですが、正直なところあまり瞑想は得意ではありません。瞑想用のクッションに天使のように優しく微笑みながら横になり、深い平和が降り注ぐように訪れてくる様子を思い描くのが理想ですが、実際には一貫した長期間のプラクティスには集中力を欠いてしまい、正しく行わなければならないという思いに駆られてしまいます。ですから、ヨガジャーナルのスタッフがこの31日に及ぶ瞑想チャレンジに参加することに同意した際は、正直私にとっては賭けでした。
私の心のどこかで未体験の瞑想に恐れを感じ、表面化するかもしれない心の闇についても考えを巡らせました。だからこそ、ネガティブな感情と積極的にワークし、自分を救うスタイルの「慈悲の瞑想」を試す決意をしました。
「慈悲の瞑想」とは何か?
私は恨み、憤り、嫉妬、比較といった自分の感情に度々葛藤することがあったため、以前から「慈悲の瞑想」には興味を持っていました。これらの感情というのは一般的でよくあることではありますが、この種の瞑想を行うことでもっと優しく愛ある方法でこれらの感情を表現できたらと思いました。そして同僚や家族、友人やパートナーに対してもっと理解を示し、思いやりを持てたらとも思っていました。今回のチャレンジを始める前は正直言ってあまりこのプラクティスについて知らなかったので、「慈悲の瞑想」のエキスパートであり、ニューヨークタイムスが選んだベストセラー作家でもあるシャロン・ザルツバーグさんにコンタクトし、私の瞑想の旅をガイドしてもらえるよう依頼をしました。
「慈悲の瞑想」はマントラを繰り返し唱える瞑想法を用いて、自分の人生に関わる人々にも幸せが訪れるように祈ります。「呼吸法の代わりに主要なテーマとして、あるフレーズ(マントラ)を静かに繰り返します。そしてそのフレーズは誰かへのギフトでもあります」とザルツバーグさんは述べます。
「私が安全に、幸せに、健康に、そして安心して暮らせますように」
「慈悲の瞑想」のマントラ
ザルツバーグさんは今回私が瞑想にチャレンジするに当たり、最も一般的なマントラに集中するよう薦めました。
私が安全でいられますように
私が幸せでありますように
私が健康でありますように
私が安心して暮らせますように
私がするべきことはひたすらこのフレーズを繰り返すことでした。そして自分に関わる人々のことを思いながら行うときは、「私が」ではなく「あなたが」に変えるだけです。
ザルツバーグさんはこう述べます。「集中力を欠くこともあるでしょう。でも全く悪いことではありません。私たちはそもそもそういう生き物なのです。集中力が本当に重要になるのは、本当に自分を見失ってしまったときなのです。そんなときこそ、優しく物事を受け流すことができるようになるチャンスなのです。もっと自分たちに優しくなって、やるべき事に向き合うことができるのです」。
ザルツバーグさんの知恵のおかげで座り姿勢で行う瞑想のプラクティスに新たな希望を見出すことができました。私はこれまで「正しく行わなければいけない」というプレッシャーを自分にかけ過ぎて、初心者として何か新しい物事を探求するという心のゆとりを忘れつつありました。本来、心にゆとりを持つことこそが、自分をもっと優しく穏やかに愛することができる素晴らしい方法なのです。
そこでこの瞑想チャレンジに関しては以前と異なった気持ちでこう述べたいで。しばらく完璧にはこなせないと思いますが、それでも良いのです。
「慈悲の瞑想」シークエンスの行い方
マントラに集中して行う「慈悲の瞑想」のシークエンスは、まず①のあなた自身に注力することから始まり、(②~⑥の順番で)他の人々へと移行します。毎回、瞑想のセッションの際、完璧に終わらせる必要はありません。時にはプラクティス中ずっと一人きりでいることを感じながら座るのも良いでしょう。または、ザルツバーグさんが私に薦めてくれたように、シークエンスを4週間に分け、このプラクティスの愛と思いやりを受け入れ、ゆっくり学んで行きます。
①あなた自身
シークエンスはあなた自身にまずフレーズを問いかけることから始めます。ザルツバーグさん曰く、人に愛を与えるよりもまず自分自身を愛するほうがたいてい簡単だそうです。もしこのフレーズを不快で難しいと感じるのであれば、自分が始めたいと思うタイミングまで待ちましょう。個人的には最も必要なワークだと実感していて気に入っています。瞑想を行う際、セッションが終わる前にこのセクションをさっとやり過ごすときも時々あります。
②ベネファクター(愛や恩恵を施したいと思う誰か)
このシークエンスの2番目はベネファクターになります。ザルツバーグさんは私が「愛」と聞いてイメージする誰かもしくは何かについて考えてみてくださいと言いました。必ず人間や実在する人間である必要はないと言います。彼女はそれが飼い犬であっても良いと言及していました。私にとって母は無条件で揺るぎない愛の象徴なので母のことを思い浮かべました。
③友人
3番目は友人、またはあなたが好きな誰かを思い浮かべましょう。正直なところ、私はシークエンス中、この部分はスキップしています。数週間経過してから、自分の意識をむしろ苦手だと感じる人々に意識を向けるようになりました。
④(何の感情も起きない)中立的な人
4番目は、例えば、よく会うスーパーの店員さんなど頻繁に顔を合わす中立的な人。ザルツバーグさんは、強い印象やポジティブまたはネガティブな感情を持っていない人を選ぶようアドバイスしました。そこで私は郵便屋さんを思い浮かべることにしました。−彼は毎日笑顔で家のポストに郵便物を届けてくれています。
⑤難しい(苦手な)人
5番目は付き合い辛いと感じる人。ザルツバーグさんはこのフェーズでは大嫌いな人を思い浮かべるべきではなく、むしろ何と無く気が合わないタイプ、一緒に出かけると少しイライラするタイプを思い浮かべるようアドバイスしました。最初、誰かを思い浮かべるのが難しかったですが、仕事でストレスを感じていた時を思い出したら簡単に思いつきました。
⑥全ての人々
「慈悲の瞑想」のシークエンスの最後は、愛と願いを全ての人々に注ぎます。世界中の人々でもまだあったことのない人々出会っても良いでしょう。
体験1週間目の変化
毎晩15分間だけ瞑想のプラクティスを行うことから始めることに決めました。一方、ザルツバーグさんは瞑想を朝行うとたくさんのメリットがあると述べ、「一番良いのは朝の身支度が整った時」だと言います。アドバイスはしっかり受け止めましたが、夜ベッドに入る前に比べて私の場合、朝起きた後は身支度ができていないことが多く、理由をつけて瞑想をしなくなってしまうのではと思ったため、夜に行うことに決めました。瞑想1週目はとても気分が良く過ごせました:マントラを自分自身とベネファクターに唱えることに注力しました。ザルツバーグさんはこのプラクティスがうまくいくと実生活でもその結果が現れると言います。1週間もしないうちに自分にもっと優しく語りかけられるようになり、もっと健康的に食生活を送るようになり、仕事のメールに感情的になることが減り、もっと穏やかな方法でストレスをマネージメントできるようになりました。
プラクティスの最中、ランダムな過去の記憶に抑圧されたり、恥をかいたりした過去の記憶が頭に浮かぶこともありました。10代前半の頃に抱えてた不安感の記憶が蘇ったり、また、家族や友人が自分のことを愛してくれていたように自分は彼らを愛せていなかったかもしれないことを思い出したりしました。私は愛を捧げること、自分自身を許すこと、そしてもう役に立たない過去の記憶を受け流すことに注力しました。
母にマントラを唱えていた時は、普段以上に眠気を感じました。かつて眠りに入る時、私の心を穏やかにしてくれていたのですから、特に驚きはありません。必ずしも15分しっかりマントラを繰り返すとは限りませんでした。時にはただ心地よく、眠気と安心感を覚えながら座るだけの時もありました。
体験2週間目以降の変化
瞑想2週目はちょうどヨガジャーナル1月号が店頭に並び、私のプラクティスは新たな局面を迎えました。ヨガジャーナル2019年1月号は2種類の表紙で発売しました。1つはプラスサイズのヨガインストラクターとして知られるジェサマイン・スタンリーさん。もう1つは上級アシュタンガ指導者のマティ・エツラティさん。その表紙に関してSNSでネガティブな意見が拡散し、私が担当するデジタルコンテンツの業務は通常よりもストレスの多い状況を迎えました。数えきれないほどの否定的な意見を読んで私は傷つきましたし、読者を落胆させてしまったという申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになりました。そして、これらの感情を抱えて「慈悲の瞑想」のプラクティスに取り組むことになりました。
まず始めに自分に対してマントラを唱え、次に傷つけてしまった人たちに、そしてSNS上で怒りを露わにしている人々に、最後に全てのヨガジャーナル読者に向けて唱えました。悲しみと怒りのせいで、全ての瞑想を行うのが難しいときもありました。しかしながら、この瞑想のおかげで、とにかくただ争いごとに加担したいといった人たちに対して同情できるようになりました。人は皆、痛みや苦しみと戦っていると思います、そして究極的には否定的なことばかりをいう人たちは、愛され、受け入れられたいのです。– 私もそうであるように。
数週間経過していくと、「慈悲の瞑想」に一層惹かれていきました。仕事でストレスを強く感じたときやプライベートな時間でマントラを自然に唱えるようになり始めました。旅行中に飛行機が着陸する際、揺れが起きたとき、気持ちを落ち着かせるためにマントラを暗唱するようにさえなりました。
私にとって「慈悲の瞑想」は、自分をスローダウンし、何か行動に移す前に自分の心を理解するための方法となったのです。例えば、近所で騒々しいパーティーが行われていたとして、怒って大声で文句をいうよりも瞑想を唱え、コントロールしようという感情を受け流し、その状況を受け止め、彼らが自分に悪気を持って行っているわけではないと理解を示します。
31日間に及ぶ瞑想チャレンジの最終日、おそらく瞑想が簡単だと思える日は一生訪れないかもしれない、深くそして永続的な平和を求める旅は一生続くのかもしれない、と感じました。自分自身に今の自分のままで良いのだと言い聞かせ、自分自身を愛する方法を見つけるためにプラクティスが重要だと学びました。
教えてくれたのは…サマンサ・トゥルーハート
ヨガジャーナルアメリカ版編集部のデジタル・ストラテジスト。ヴィンヤサフローヨガとキャンドル陰ヨガのクラスがないときは、愛犬のラブラドール・レトリバーとドッグパークを訪れたり、山にハイキングに出かけたり、最近のNetflix番組を一気見したりを楽しんでいる。
ヨガジャーナルアメリカ版/「How a 31-Day Loving-Kindness Meditation Challenge Transformed My Relationships and Reduced My Anxiety」
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く





