〈東京→長野移住〉「都会にいないと仕事ができない」という執着を手放し実現した、地方移住 #暮らしの選択肢

〈東京→長野移住〉「都会にいないと仕事ができない」という執着を手放し実現した、地方移住 #暮らしの選択肢
写真提供: himary

近年、テレワークの普及やライフスタイルの多様化により、都市から地方へ完全移住をする人々が増加傾向にあるのはご存知でしょうか。自然豊かな環境でのびのびと生活ができる、住宅費などの物価の安さ、あるいは子育てのメリットなども魅力の地方移住。一方で、実際に移住した人たちのリアルな本音はどうなのでしょうか。自らの価値観に基づき「暮らしを選ぶ人」から、その魅力や課題、リアルな日常を深掘り。理想と現実の狭間で見えてくる移住者たちの「暮らしの選択肢」の今を伝えます。

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今回お話を伺ったのは、2025年に東京から長野県へ移住されたhimaryさん。自身の体調を考慮したこと、また20歳年上のパートナーの夢を一緒に叶えたいという思いから、地方移住を決断。2年間の入念な準備期間を経ての移住でしたが、なんと4ヶ月前に、当初決まっていた場所に移住ができなくなってしまいました。決して平坦な道のりではなかった移住計画ですが、「結果的に良かった」と話します。himaryさんの #暮らしの選択肢 に迫ります。

〈移住者プロフィール〉himary

デザイナー。2025年、パートナーと共に、東京から長野へ移住。Instagram: @hhiimmaarrii YouTube: @hhiimmaarrii_youtube

大好きな仕事を辞めて、お先真っ暗。ターニングポイントは?

本州のほぼ中央に位置し、山地の総面積が県の84%を占める山岳地帯、長野県。周りには標高3000メートルクラスの高い山が連なっており、「日本のやね」とも呼ばれている。そんな長野へ、都心からの移住者が増えているのは、そのような豊かな自然の他にも、さまざまな魅力があるから。例えば、東京や名古屋などの大都市からのアクセスの良さ、また、手厚い支援制度などもある。そんな長野へ東京からパートナーと共に移住したのが、himaryさん。出身は湘南で、長野へ移住するまで首都圏の外で暮らしたことはなかったそう。

写真提供: himary
写真提供: himary
 

himaryさんの地方移住への関心が高まったのは、今から3年前のこと。専門学校を卒業し、昔からの夢であったデザイナー職として就職した会社を1年で退職した後のことだった。湘南育ちということもあり、元々、のんびりと自然の中で過ごすことを好んでいたhimaryさん。一方で、都会で働くには、満員電車や人混みは、もはや必須。都会のあまりにも多い人の数に圧倒されてしまい、体調が悪くなってしまったそう。himaryさんによると、他人から受けるエネルギーに過敏に反応してしまったのが原因だったのではないかとのこと。例えば、遅延した電車の中に閉じ込められていると、周りのストレスが彼女にも伝わってきてしまって、息苦しくなってしまう、など。また専門学生時代、多忙で食生活も不規則になりがちだったため、結果として、低血圧と自律神経のバランスが崩れてしまった。仕事は続けたいけれど、人の多さ、人から受けるストレスには拒否反応を示してしまう。しばらくの間、休職をしたが改善は見られず、1年後に泣く泣く退職することになった。

「退職をしてからはこの先、どうしていいのか分かりませんでした。けれど、落ち込んでばかりいても仕方がないので、時間もできたことだし、ひとりで地方を回る旅をしたんです。その旅で、色々な人たちに出会いました。船に乗って生活しているご家族にお世話になったり、地方のエコヴィレッジで過ごしたり。みんな自分に合う場所で、常識に囚われず自由に人生を生きている様が素敵だな、と思いましたね。そんな経験から、地方に移住したいという気持ちが芽生えました」

就職するまで、ずっとデザイナーという職業を目指してきたこともあり、「デザイナーではない自分は想像できなかった」と語るほど、それが彼女のアイデンティティになっていた。また、仕事を続けるには、都会にいなければならないという思い込みもあった。だから、会社を退職せざるを得なくなった時は、お先真っ暗。けれど、旅で出会った人々に感化され、いろんな生き方もあることが分かったのだ。そして、執着を手放すと、その分だけ、また新しいものが入ってくる。例えば、退職後はオンラインでデザインの仕事を請け負って、インドの会社とやりとりをしていたそう。都会にいなくても、仕事をすることができたのは、彼女にとってはまさに目から鱗が落ちる出来事だった。

 

 

また、himaryさん自身のことに加えて、パートナーの夢を一緒に叶えたいというのも、地方移住に至った大きな要因の一つだったという。himaryさんのパートナーは、彼女の20歳年上。二人で将来のことを真剣に話し合った当時、彼は40代前半だった。パートナーにとって、人生の後半戦。「本当に好きなことをやってほしい」「やりたい仕事に就いてほしい」とhimaryさんは心から思ったという。

「彼は、自然に携わって守っていく仕事をしたいという希望がずっとありました。一方で、彼はどちらかというと、保守的なタイプ。しかも、当時の仕事でも責任のある立場だったことで、なかなか踏み込めずにいたんです。けれど、私の地方移住への強い希望に背中を押されたのか、少しずつ気持ちが固まっていきました」

写真提供: himary
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移住4ヶ月前に起こったハプニング

20代前半という若さでの地方移住をすることを決意したhimaryさん。「きっと、私だけだったら、特別な準備もしないで、そのまま飛び込んでいたかもしれません」と笑いながら話す。一方で、パートナーの慎重に計画を進めていきたいという希望を考慮し、期限を決めて、段階を踏みながら準備を進めることになった。その期間は、約2年間。今、その2年間の準備期間を振り返ってみると、「きちんと準備をしてよかった」と感じているそう。特に、地方暮らしのイメージを膨らますことができたのは、移住を計画的に進めることのメリットの一つだった。2年間の間に、色々な場所へ足を運んだので、自分の理想の暮らしを思い描くこともできたし、地方移住のリアルを垣間見るチャンスもあった。入念な準備があったので、理想と現実のギャップに驚くこともなかったし、最大限、彼女のイメージに寄せることができた。

最初は、日本全国の都道府県の中から、自分たちがどこに身を置きたいかを決めることからスタート。幾つかの候補地をピックアップしてから、そのエリアへ実際に足を運んだ。湘南生まれの海育ちということもあって、海へのアクセスが良い静岡県辺りを多く見て回ったが、リアルにその土地に立ってみると、「イメージと違うかも」と肌で感じることも多々あったという。色々な場所へ赴く中で、自分たちがその場所で心地よくいられるかというバイブスを実際に行って感じることが移住先選びの鉄則だと学んだ。

このようにして移住先を決めたわけだが、なんと移住4ヶ月前に、当初決まっていた場所に、移住ができなくなってしまうというハプニングが発生。パートナーの就職が決まっていた仕事のポジションに別の人が採用されることになったからだった。

 

「こんなことが起こるんだ、と焦りましたが、今となっては「そこではないんだよ」と教えてもらったのかなと思っていて、結果は良かったと思っています。今の選択にとても満足していますし。例えば、移住をしたら、ご近所に素敵なおばあちゃんがいたらいいなと思っていたのですが、実際にいたんですよ(笑)、今では家族同然の大切なおばあちゃんです。長野に、引き寄せられたんだと思います」

写真提供: himary
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このようにして、長野への移住を決断。4ヶ月の間に、himaryさんのパートナーのやりたい仕事も見つけることができ、就職先も決まった。

一方で、大変だったのが、家探しだったそう。地方暮らしと言えば、庭のついた大きな一軒家で暮らすイメージが強い。実際、himaryさんが家探しのために長野を訪れた時も、空き家はたくさん見つけることができた。一方で、それを賃貸に出している人は限りなく少なかった。パートナーの仕事へのアクセスを考慮することに加えて、地方暮らしがはじめてだったことから、生活に困らない住宅地エリアをチョイスした二人だったが、これが最終的な定住地としては最初から考えておらず、いずれかはもう少し田舎の、いわゆる今より不便なエリアに移動したいと考えている。だからこそ、最初の数年は賃貸でと思って、物件を探していたのだが…。そこで頼ったのが、LINEのコミュニティーグループチャット。長野に住んでいる友人に紹介してもらって、グループチャットに参加し、「賃貸で家を探している」とコメントしたところ、今の家の大家さんに巡り合ったという。

こうして、2025年にhimaryさんの長野での地方暮らしがスタートした。

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