東京から宇都宮へUターン。「スローライフでは描きたくない」漫画家が明かす地方で暮らす不便と豊かさ
「ご自愛」がテーマの漫画『たいていのことはめんどくさい』(文藝春秋)。主人公・片岡よしの(32)は地元・宇都宮を出て東京で就職するものの、がんばりすぎて限界を迎え、彼氏から逃げ出し地元にUターン転職します。地元に戻ってからも無理をしていたよしのですが、あるお店に入ったことをきっかけに「自分を大切にすること」に向き合い始めます。作者の六多いくみさんに、「ご自愛」や地方都市で暮らすことについて伺いました。
育児で漫画が描けなくなり、整体院へ
——今回、ご自愛やセルフケアをテーマに作品を描くことになった背景を教えてください。
大きなきっかけは、妊娠、出産、育児を経験したことです。ずっと睡眠不足で体がつらくてつらくて仕方ないという時期が、子どもが保育園に入りたてから数年間続きました。うちは共働きの核家族なので、睡眠を削ってなんとかするしかなくて、なかなか体を回復させることができなかったんです。
その頃、それまでルーティンのように描けていた漫画が、まったく描けなくなってしまって。漫画を描くことがこんなに体力のいる仕事だったのかと、初めて気づきました。私は漫画を描くのが好きな人間なので失いたくないという気持ちが強くあって、「これはいよいよやばい」と思って駆け込んだのが、近所の整体院でした。整体師さんは、具体的にどこがどう疲れているのかをしっかり教えてくれる方で、「今、自分の中でいろいろなことがうまくいかなくなっているから、一つひとつほぐしていきましょう」と提案してもらって、月に1〜2回相談しに行くようになりました。
日常の中で自分をケアする時間はなかなか取れませんが、整体院に行けば1時間から90分ほどは自分の体と向き合える。それまで美容や仕事をテーマにした漫画を多く描いてきたので、もう少し暮らしに近い食べること、ほぐすこと、運動すること、そしてメンタルを完璧でなくてもいい状態に保つことを漫画にしたいと思うようになりました。
——タイトル『たいていのことはめんどくさい』に込めた意図についても伺えますか。
私はもともとかなりズボラで、何をするにも「めんどくさい」が上回ってしまう人間です。それなのに、生きるためには片付けや自分のケアをしていかなければいけない。「めんどくさい」と感じているのは、きっと私だけではないだろうと思うので気持ちをシェアしたかったんです。
『いつかのいつか』(秋田書店)ではメイクを通じたセルフケアを描いてきたのですが、今回は、メイクにたどり着ける状態ですらないことが背景にあります。それまでは自分の世話だけしていればよかったところに、子どもが生まれるとそうはいかなくなって。メイクにたどり着くための体力そのものがない、という状況になっていました。
地方都市で暮らすリアル
——作品の舞台を六多さんの地元・宇都宮にした理由をお伺いしたいです。
地元に戻ってくるという設定にしたのは、私自身、学生時代は東京に通っていて、卒業後の1年間だけ東京で暮らして地元に戻った経験があるからです。当時は、心のどこかに「地元に逃げ帰った」という気持ちがありました。よしのとは、そこに共通点があると思っています。
数年地元で暮らした頃、東京の友人が仕事で宇都宮に来たときの話をしてくれたのを覚えています。友人がタクシーの運転手さんに「宇都宮のおすすめを教えてください」と聞いたら、「何もないよ」と言われたそうで。ほかの栃木県の人に聞いても、みんな「何もない」と答えたと聞いて、確かに私も「東京と比べたら何もないと思ってしまっていたな」と気づきました。地元のことをよく知ろうともせずに自虐的になっていたのはちょっともったいないなって。
そこから、地元との距離感を私はどう埋めていけばいいのかを考え始めました。そういう経緯もあって、よしのが東京から地元に戻ってくる設定にして、地元との距離感をどう扱っていくかを描く漫画にしたかったんです。
——地元との距離感を考えるうえで、地方都市で暮らす難しさをどのように感じていましたか。
田舎の良さとして、空気がきれい、水がおいしい、家賃が安い、車があればどこにでも行ける、といったことがよく挙げられます。ただ、一度外に出て戻ってくると、そう単純にはいきませんでした。
私の場合、学生時代の友人とのつながりがあまり保てていなかったので、地元に帰ったときには、東京でできた友人とも少し距離ができてしまって、人間関係が一気になくなった状態でした。そのうえ東京なら電車で大体どこにでも行けますが、地元では車がないと行きたい場所に行けず、誰かに頼らなくてはいけないことが増えてしまうことも困りました。
地方都市を舞台にすると、あるあるのスローライフとして描かれることが多いのですが、それは絶対にしたくなかったんです。車がないと不便だという面も含めて、ちゃんと描いてあげないと不誠実だと思って。1巻では地方都市で暮らす不安を抱えて帰ってきたところも描いています。
あとは、いろいろな意味で変化を歓迎してくれる人が少ない印象があって、話していても「少し変わったこと」を言うのをためらってしまって。会話を円滑にできる話題を選んでしまうところがありますね。たとえば海外から来た方や移民の方に対して、偏見の強い言動を感じることもあります。親や親戚が集まったときの会話にも、そうしたトーンが出ていて、私は居心地が悪いなと感じてしまいますね。
——ご両親との距離感についても伺えますか。
うちは「絶対にいくつまでに結婚した方がいい、絶対に子どもを産んだ方がいい」と言うタイプの親ではありません。ただ、私は今40代で、両親は昭和世代の価値観を内包しているので、合わないところは出てきます。子育てに関しても、「わかっているけれど、それを言われたくない」と思うことを言われてしまうこともあります。心配して言ってくれているのはわかるのですが、傷つくこともありました。
そこで、産後は距離を取ることを重視しました。自分が傷つかないため、そして親に強く当たらないためでもあります。頼る先は親でなくてもいいのではないか、と考えるようになって、保育園の先生に相談したり、カウンセリングに頼ったりするようになりました。
——地方だとそうした相談先を見つけるのが難しいと感じることはありましたか。
それはありますね。メンタルクリニックの数が東京など首都圏に比べるとどうしても少ないですし、予約の取り方も、朝一で電話をかけ続けないと取れなかったり、ネット予約だと初診が3か月先まで解放されなかったりで、気軽に受けられません。私はめんどくさがりなので、朝一で待機して電話をかけ続けるということができないタイプで、余計に困りました。ちょっとした不安があって相談したいのに、相談する先が見つかりにくいというのは、ひとつの課題だと思います。
——六多さん自身、今は宇都宮への思いは変わりましたか?
そうですね、今は宇都宮が好きです。一番いいなと思っているのは、音が静かなところです。私は街中から車で20〜30分ほど行ったところで暮らしているのですが、夜もすごく静かですし、田んぼもあって、自然の音が聞こえてきます。
意外に感じたのは、担当編集者さんに教えてもらった「外食レベルの高さ」でした。取材で宇都宮に来てもらったときに、私が好きなお店に案内するのですが「すごく美味しい。逆に東京に来てもらったときに、満足してもらえるかを考えてしまう」と言ってくれて、そこで初めて気づきました。宇都宮は餃子で有名ですが、餃子だけではなくて、日本料理から海外の料理までいろいろなジャンルの名店があります。
野菜も本当に美味しくて、直売所で安く買えたり、いちごも安く手に入ったりする。庶民でも買える価格でおいしいものが味わえるのは、すごくいいところだと思います。
※後編に続きます
【プロフィール】
六多いくみ(ろった・いくみ)
健やかに暮らしたい漫画家。宇都宮市在住。
代表作『リメイク』『メイクはただの魔法じゃないの』
最新作『いつかのいつか』『たいていのことはめんどくさい』
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