「恋愛しない」はずのヒロインが恋に目覚めるのはモヤモヤする。アセクシャルを描く漫画家が語る本音【経験談】
アセクシャルという言葉をご存知でしょうか。他者に性愛感情が向かない人々のことを指し、近年少しずつ知られるようになってきたセクシュアリティです。「恋愛しない女性を描きたかった」という思いから生まれた月城さん、「非モテの呪い」に苦しむ朝倉くん、モテるがゆえに苦しむリョウ兄——それぞれのキャラクターに託された思いとは。『人としてつき合えたら』(講談社)の作者であるみやざき明日香さんに、作品に込めた思いをお聞きしました。
アセクシャルとは他者に性愛感情が向かないこと
——本作は、アセクシャルをテーマにされています。まずは言葉の意味から教えてください。
アセクシャルは他者に性愛感情が向かないことを指します。アロマンティックという言葉を聞いたことがある人もいらっしゃると思うのですが、他者に恋愛感情が向かないことです。両方を併せ持つ場合に、アロマンティック・アセクシャルと表現します。
共通しているのは「他の人に性愛感情が向かない」という点だけで、それ以外は違うところも意外とあるんです。実は「アセクシャル=性欲がない」ではなくて、性的な空想やセルフプレジャーをする人もしない人もいます。結婚している方やお子さんがいらっしゃる方もいます。
ちなみにアロマンティックとアセクシャルに関連する、グレイロマンティック(滅多に恋愛感情を抱かない、わずかな恋愛感情しか抱かない)やデミセクシャル(精神的に強いつながりのある相手のみに性的感情を抱く)など、自分の性のあり方を細かく表すマイクロラベルがあります。作品の中でも、キャラクターたちが自分の感覚を言語化していくシーンを描きました。多数派とされるヘテロセクシャルの方々も、丁寧に掘り起こしていくと、一人ひとり違う部分もあるのではないかと思います。
「絶対に恋愛しない女性」を描きたかった
——中心人物の一人である月城さんはアセクシャルの女性として描かれています。どんな思いでつくり上げていったのでしょうか。
エンタメ作品で、「恋愛しない」と言っていたヒロインが突如現れたイケメンと恋に落ちる展開は定番です。しかし私は、最初に「恋愛しない」といったなら最後まで恋愛をしないでいて欲しい。「恋愛しない」ハズのヒロインが恋に「目覚める」と、何だかなあ…と思ってしまいます。
昔から「独身で生きて行く」と言っている女性の有名人に関心があったのですが、その方が突然結婚・妊娠の発表をしたとき、目標を失ったようにショックを受けることがありました。自分の作品の中では、恋愛しない、結婚を考えないヒロインが描きたくて、月城が生まれました。
——「独身で生きていきたい」という思いは、いつ頃から持っていたのでしょうか。
中学生の頃です。当時、父親が病気になり闘病生活を経て亡くなり、その期間は本当につらかったです。母親が苦労している姿や、親族の対応を見るうちに、自分は結婚しない生き方をしたいと思うようになりました。
朝倉に込めた男性の「非モテの呪い」
——主人公の朝倉くんは「非モテの呪い」に苦しむ男性として描かれています。何か参考にされたものはあるのでしょうか?
朝倉のキャラクター像には、男性の担当編集者の経験や意見を取り入れています。たとえば朝倉が中学時代に消しゴムを拾ってくれたクラスメイトを一瞬で好きになる描写は、担当編集者からのヒアリングをベースに制作しました。
もちろん個人差はあると思うのですが、男性は学生時代にモテなかったことをずっと引きずるなど、私が知らなかった感覚を教えてもらいながら描いていきました。
——序盤で朝倉くんは月城さんと友人として時間を共にする中で、想像を膨らませてしまいますね。
第一話で朝倉が月城に対して「付き合ってる」と勘違いをして、「騙された」と落胆するシーンがあります。そこでの朝倉に対する反応が、男女で大きく分かれたのが印象的でした。女性読者さんからは「気持ち悪い」「最悪」というメッセージをたくさんいただいたのに対して、男性読者さんから「朝倉は気の毒だな」という意見をいただきました。私自身はどちらが悪いとも思っていなくて、お互いに言葉で確認をせず思い込んだままコミュニケーションを続けていた部分があって、すれ違っただけだと感じています。
——朝倉くんは家事能力が高いキャラクターとして描かれていますが、何か意図はあるのでしょうか?
朝倉は非モテという悩み以外のところでは、しっかりした人間として描きたかったんです。高校生からバイトを頑張って、18歳からずっと働いて、自分の身の回りのことも自分でできる。ただモテないことだけが悩みで、身長が164センチであることも気にしている。コンプレックス以外の部分は「いいやつ」と伝わるように描きました。
朝倉が母子家庭で貧しい家庭の出身でありながら、前向きに頑張っているところには、私自身の憧れを重ねています。つらい環境の中で育っても、明るく生きている主人公を描きたかったんです。
リョウ兄から見える男性社会の生きづらさ
——朝倉くんが憧れる「リョウ兄」は、モテるけれど苦しんでいるキャラクターで、朝倉くんとは対照的ですね。
朝倉が尊敬する人物としてリョウ兄を出しました。高学歴、高身長、仕事ができて彼女もいる。でも本人は恋愛が楽しくなくて、自分を偽ることに疲れていて、私生活も荒れている。「モテればハッピー」という朝倉の思い込みをひっくり返したかったんです。
それから、リョウ兄は朝倉のことがとても好きなんですが、そこに恋愛や性愛の感情はありません。男性同士の愛情はBL的に描かれがちなのですが、性愛のまったく入らない強い想いを描きたかったんです。
——男子の「冷やかし文化」についても、作中で触れられていますね。
男性の話を聞いていて思うことは、恋愛のことでからかわれることが多いんだなって。女の子と一緒にいたら「付き合ってるの?」と冷やかされ、女性への関心が薄かったり、男同士で仲良くしていたら「ゲイなの?」とからかわれる。私が学生時代に女性コミュニティにいた中では、レズビアンの子がいても、特に冷やかしを感じたりはしませんでした。
どうして男子の間では同性愛がネタとして消費されやすいんだろうって考えていたんですけど、「男たるもの男らしいのが一番」「女好きでモテるのが一番」という無意識の規範が、同性愛をどこか下に見るような構造を生んでいるのかもしれません。リョウ兄が「恋愛的に人を好きにならない」と表現したシーンを描いたとき、同性愛をネタにするネットミームを使って冷やかしてくる人がいたんです。非常にショックでした。現実世界の男性たちはどれほど嫌な思いをしてきたんだろうと改めて考えさせられました。
男性の方から「リョウ兄の描写はわかる」というメッセージをいただいたときは、本当に嬉しかったです。男性のアセクシャルは女性以上に見えにくい存在だと思っていたので「届いたんだ」と報われた気持ちになりました。
※後編に続きます。
【プロフィール】
みやざき明日香(みやざき・あすか)
漫画家。2010年四季大賞受賞。『人としてつき合えたら』連載中(①&②巻発売中)。これまで出した単行本は計8冊。コミックエッセイ『性別X』(全2巻)『強迫性障害です!』『強迫性障害治療日記』が発売中です。
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