40歳で「女性」のラベルから少し降りられた。クィアを自認する漫画家が語るいまの心地よさ【経験談】
「他人と性的なことをしたいとは思わないけれど、性欲はある」。恋愛や結婚があふれる世間に違和感を覚えながら、自身のジェンダーやセクシュアリティと向き合ってきたみやざきさん。「女らしくない」と言われた学生時代、女性的な身体への嫌悪、そして40歳を迎えた今の感覚とは。『人としてつき合えたら』(講談社)作者のみやざき明日香さんに、後編ではご自身のジェンダーやセクシュアリティについて詳しくお話を伺いました。
恋愛と性愛に溢れた世間への違和感
——本作はアセクシャルをテーマにされていますが、みやざきさんはどういった感覚をお持ちなのか教えていただけますか。
前提として、アセクシャルとは「他者に性愛感情が向かない」セクシュアリティのことです。アセクシャルという言葉と自分はそれほど関係がないと思っていました。自分は他人と性的なことをしたい気持ちはないが、男性向けのエロコンテンツは好きでよく見ており、「性欲があるから違うだろう」と。しかし性欲があっても、自慰行為をしても、他者に恋愛感情が向かわなければアセクシャルにあてはまることを知り、自分は部分的にアセクシャルの感覚を有しているのかもしれないと思うようになりました。ただ、自身の体に対する違和感など自分の感覚は複雑で、「クィア(既存の概念におさまらないジェンダーやセクシュアリティの総称)」を自認しています。
——本作では、アセクシャルである月城さんが世間に恋愛・性愛が溢れており、距離を置きたくても置けないことに悩んでいる描写がありました。みやざきさんも日常生活の中で、恋愛や性愛の話題に違和感を覚えることは多いのでしょうか。
20年ほど前は、本屋に並んでいるファッション雑誌が「モテ」を意識した特集ばかりで、「そんなにモテたいのか」と不思議でした。高校生の頃に流行った恋愛エンタメ作品に感情移入できなかった。最近でもネットを見ていると、恋愛リアリティーショーの番組の広告が流れてきます。人気があることは分かるのですが、自分はそれらをどう楽しめばいいのかわからないんです(ちなみに、アセクシャルの方で恋愛コンテンツを楽しむ方もいます)。それから30歳の頃には友達が結婚の話ばかりし始めたのも戸惑いました。
——30歳はなんとなく区切りの年齢として考えられがちですね。
私は結婚に憧れたことがなかったので不思議でした。ただ、40歳になった今、家庭や子どもを持つ友人を尊敬しています。子どもを可愛いと感じるようになりました。しかしやはり、わたしの人生の選択肢に異性との結婚や出産はなく、自分に合う生き方を模索している最中です。
「自分はみんなとは違う」と思ったとき
——みやざきさんはご自身のジェンダーやセクシュアリティについて『性別X』で描いていますが、「みんなとは違うかもしれない」と感じ始めたのは、いつ頃だったのでしょうか。
中学生の頃には、他の女子とは違うと思っていました。当時『あいのり』という恋愛リアリティー番組が流行っていたのですが、クラスの男の子から「お前、バスに乗っていても最後まで恋愛しないよな」と言われたことがあって、「そうやろうな」と返した記憶があります。当時から男子の目にも、私は「女らしくない」と映っていたのだと思います。同時期にドラマ『3年B組金八先生』で上戸彩さんがトランスジェンダーの生徒を演じていて、その役にものすごく感情移入したんです。そういったことがあって、自分は他の女子とは違うんだなという感覚を強く覚えていました。
その後、10代で少女漫画雑誌に持ち込みに行ったときには、作品を見てくれた編集者から「君は少女漫画は描けないから、青年誌に行きなさい」「女の子を主人公にした恋愛は描けない」と言われました。自分は一般的な女の人の感覚と少しズレているところがあるのだと、そのとき自覚したんです。
——みやざきさんは性自認についてXジェンダーとおっしゃっています。詳しく教えていただけますか。
私の中には男性と女性がどちらも存在する感覚があります。といっても今は3:7くらいで女性性が多く占めているような。Xジェンダーの人の中には「男も女もどちらにも当てはまらない・当てはめたくない」と表現する方もいるので、一人ひとり感覚が違うことはお伝えしておきます。
私は女性として生活してきて、初対面の人に女性として扱われることに違和感はありません。若い頃はかわいい服が好きで、それなりにメイクもしていました。一方で男性向けのエロが好きで、性的な好みは男性的な感覚に近いと思います。
ところで、女性向け作品のエロは「恋愛感情の先に性的な欲求がある」という描かれ方がされることが多いですが、私にはその感覚が分からない。自分の中で恋愛とエロ(欲望)が繋がっていないんです。これは創作の話ですが、エロスとアガペー、どちらも単体では好きだが、それら二つは繋がらないというか、別のところに存在しているというか。
思春期以降、仲の良かった男友達は私のことを「女」として見ていなくて、本当に嬉しかったんです。好きなエロコンテンツの話や、自分の初体験の話を、他の男友達と接するのと同じようなテンションで話してくれました。ただ、私は男性として男性社会で生活してきたわけではないので、「自分は男の心も持っている」と言い切るのは、男性の方に対して失礼な気もしているんです。自分の中に男性性があると自分では思っていても、男性から見ればまた違う感覚かもしれない、という迷いがあって。自分の中にいろいろなものが拮抗している感じを表現するのに、「クィア」という言葉を使っています。
——『性別X』では女性として生活してきたものの、ご自身の身体の女性的な特徴には違和感を抱いていたことを描いていますね。
自分の身体を性的に見られたくないし、女性の器官、女性的な特徴をなくしたいという気持ちが強くて、18歳から30歳頃までは体重を徹底的に落とすようにしていました。胸の膨らみを落とすために、極端なダイエットを繰り返していた時期もあります。
子どもの頃から「妊娠」「出産」という言葉自体が怖くて、その文字を極力書くことも見ることも避けていました。妊娠に関係する身体の器官そのものへの恐怖が長く続き、生活しづらい状況に陥り、女性の器官を切除したいと婦人科に相談したこともあります。最近「妊娠恐怖」という言葉があることを知り、妊娠に対する恐怖に関しては、私だけではないのだなと知りました。
——ただ、「男性になりたい」というわけでもなかったのですか。
そうですね。身体から女性の機能をすべて排除したかったです。いっときは自分に男性器があった方が自然だったのでは?欲しかった、と思うことはありましたが。女性的でも男性的でもなく、性的な要素を排除した身体になりたかった、というのが一番近い感覚です。
40歳になった今、若い頃と比べて女性として性的な対象に見られづらくなったという安心感があります。(もちろん、年齢を重ねても女性らしくありたいと思う女性もいます)「女性」のラベルから少し降りられたような感覚がありますね。
【プロフィール】
みやざき明日香(みやざき・あすか)
漫画家。2010年四季大賞受賞。『人としてつき合えたら』連載中(①&②巻発売中)。これまで出した単行本は計8冊。コミックエッセイ『性別X』(全2巻)『強迫性障害です!』『強迫性障害治療日記』が発売中です。
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