料理も段取りもスキルなのに「できて当然」?字幕監修者になって気づいた主婦業の本当の価値
「いい嫁でいなければ」——結婚後、周囲の期待に応えようとするうちに、自分らしさを見失っていった花岡理恵さん。しかし専業主婦として積み重ねた経験は、字幕監修者として働く今、確かなスキルとなって活きています。家事労働が評価されにくい社会の中で、どうすれば自信を取り戻せるのか。『「やってみたい」と思った今がそのとき』(あさ出版)の著者が語る、自分の軸を守り続けるためのヒントとは。
「いい嫁でいなければ」自分らしさをなくしていった過程
——本書において、子どもの頃はあまり人の目を気にされなかったものの、結婚後に「いい嫁・いい母親」と見られたいという思いが強くなり、徐々に自分らしさをなくしていったことが書かれていました。思いの変化についてお聞かせいただけますか。
流行っている言葉で言えば、結婚するまでは自分の軸で生きていたと思うんです。でも結婚した後は、夫や義理の両親が言うことに対して違和感を感じてもも、「それに合わせていくのが『嫁』としてあるべき姿なのかな」と考えるようになりました。
自分は必ずしも考えに賛同していなくとも、「こうあるべき」という規範に従わないと「どうしてあなたはそうしないの?」と言われますし、私がちゃんとしないと実家の両親まで悪く思われてしまうんじゃないかと考えてしまって。
自分らしさ自体は自分の中に持っていたとは思うのですが、表向きの言動を「あるべき姿」に変えていく中でストレスが大きかったのだと思います。自分に合わないものに自分を合わせていったところがありました。
——主婦の仕事は評価されないことが社会的にもまだ多いと感じますが、一方で本書では、主婦の仕事を真剣に積み重ねていたことが、会社で働く際にスキルになっていったことが書かれていました。具体的にどういったものが会社での仕事に繋がったのでしょうか。
一つは段取り力です。主婦は家の中を回すという役割があって、たとえば週の献立を考えるにしても、家族の行動を考えながら組み立てていきます。
また、私は幼稚園や学校のPTAで長のつく役職をやらせていただいたのですが、誰に何を言ったらどういう展開になるかとか、「この話はこの人からした方がスムーズにいくだろう」とか、コミュニケーションの部分で学ぶことが多くありました。
字幕の仕事も誰かが単体でやるわけではなくて、複数のセクションがあります。まず翻訳者の字幕があり、私の仕事は作品のハンドリングと最終的な仕上げです。そこに至るまでに配給や買い付けの人、映像の人など、いろいろな人が関わっています。仕事でスムーズにコミュニケーションをとることは、主婦の仕事をしていく中で鍛えられていったと実感しました。
家事は「できて当たり前」?
——家事も地域での活動も、基本的には金銭的な対価を支払われていない部分なので、大変なことなのに、軽く見られている傾向がありますよね。
たとえば女性ならお料理にしても、「美味しくできて当然」といった見られ方をしますが、お料理の本を見ながら何度も作って滞りなくできるようになっているので、それは身につけたスキルですよね。
ですが「女だから/主婦だから/お母さんだからできるだろう」と言われる。スタートラインは性別関係なく同じなんです。そこから努力や経験を重ねてできるようになっていったのですし、そうやって続けられることも一つのスキルだと思います。こういったことが「できるのが当然」と見られて、評価の対象となっていないことは問題だと感じています。
——さまざまな状況から、専業主婦をせざるを得ない方もいらっしゃると思います。ご自身の経験を振り返って、自信を失わずにいられるために必要だと思うことはありますか。
前提として、社会が主婦の働きや家事労働の大変さに対して、もっと理解してくれたらというところはあります。
ご家族の介護などもあって、なかなか外での労働が難しいという方はいらっしゃると思いますが、もし可能ならわずかでもいいので、何らかの方法でお金を稼いでみると変わるかもしれません。社会が変わるのを待っていられないので。目に見える形で評価してもらうことも、場合によっては有効かもしれないと思います。
家庭の中での役割が評価されにくい社会の中で、家のことだけやっていると、自分の優先順位がどんどん下がっていってしまうんです。お金を稼ぐことで、自分の「やりたい」「自分はこういうことができるんだ」という気持ちを取り戻すことも必要かもしれません。
外で人との関わりを通じて何かに取り組むことで、「自分ってこういうところもあったんだ」といった気づきもあると思います。できたら週に1回でも月に1回でも、そういう機会が持てると、自分の視点が変わっていく部分もあると思います。
——専業主婦から会社員になる中での気づきはありましたか?
配給会社で働き始めて感じたことは、主婦の仕事は本当に大変だったということです。もちろん字幕の仕事の大変さを否定しているわけではありません。ただ、会社員として仕事をする場合、その時間は仕事だけに集中すればいいんです。
でも家庭の仕事は、自分以外のことでずっと時間を使ってきたのだと気づきました。パートナーも子どももいて、子どもが複数人いるとスケジュールもそれぞれ変わってきます。
各々のスケジュールに合わせて準備するのは、スケジュール管理のプロフェッショナルのようなものです。そうして家族のスケジュールに追われていると、気づいたら自分の時間が取れなくなっていることがすごく多いと思うんです。
それだけ一生懸命やっているのに、家族のためのことが多くて、自分のための時間が少ない。なので、自分が消えちゃうような感覚があって、自分に自信がなくなってしまうのではないかと思います。
——お子さんが大きくなったり自立したりして、自分の時間が持てるようになった女性に向けて、メッセージをいただけますか。
本の宣伝のようになってしまい恐縮ですが、やってみたいと思ったことをやってほしいです。それはどんなに小さなことでもよくて、いきなり仕事にする必要もないと思います。
たとえば今まで映画を見たいと思っていても「このお金があったら家族にいいおかず買える」と我慢していたところ、「見たい!」と思ったらその日に行ってみるとか、そういったささやかなことから始めてみてほしいです。
自分の気持ちに正直になることが自分の活動の幅を広げますし、自分の軸や世界を広げる第一歩だと思っています。
【プロフィール】
花岡理恵(はなおか・りえ)
韓国(アジア)映像字幕監修者/翻訳実務士®(韓日)
1966年、東京・渋谷生まれ。帝京大学文学部国文学科(現・日本文化学科)卒業後、早稲田大学大学院研究生(日本語日本文学専攻)となる。まもなく結婚をし、約25年間専業主婦として過ごす。
2011年・44歳で韓国語学習を開始。2017年に51歳で配給会社である株式会社コンテンツセブンに韓国ドラマの字幕監修者として入社。韓国語の学習開始からわずか7年で字幕監修者としてデビューした。
2019年よりフリー。2021年、翻訳実務検定「TQE®」に初受検にて合格(韓→日)し、「翻訳実務士®」の資格を取得した。
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