なぜ自閉スペクトラム症の人は「生きづらさ」を感じやすい?最新研究が示す“心の傾向”|心理師が解説
自閉スペクトラム症(ASD)等の発達障がいの診断を受けた人、あるいはその傾向を持つ人のなかには、「過去に傷ついた経験がある」と語る人が少なくありません。今回は研究結果を元に心理師が解説します。
ASDと傷つき体験の関連
臨床の現場でも、発達特性を持つ人はトラウマ(心の傷)を抱えていることが多いと感じますが、それは単なる偶然ではないかもしれません。近年の遺伝学研究が、その“つながり”を少しずつ明らかにし始めています。
2021年にイギリスで行われた大規模研究(Warrierら)は、10万人以上の一般集団を対象に、自閉スペクトラム症(ASD)に関連する遺伝的傾向と、幼少期トラウマ・自傷・自殺念慮の関係を調べました。結果として、ASDに関係する遺伝的傾向が強い人ほど、幼少期に傷ついた経験を持つ割合がわずかに高く、自傷行為や自殺を考えたことのある割合も高い傾向にありました。これは「ASDだからトラウマを受けた」という話ではなく、「ASDの遺伝的傾向そのものが、トラウマを受けやすい環境を生みやすい」ということを示唆しています。
なぜそうなるのか考察
ASDの特性には、感覚の敏感さ、想像力の低さ、興味関心の偏り、コミュニケーションの苦手さなどがあります。たとえば、特性が育てづらさ等につながり、他者からの愛情深い支援が受けづらくなる可能性があります。また、他者の表情や空気を読み取りにくいことが誤解を生み、孤立や衝突を招くこともあります。危険を察知しづらい等の理由から被害体験に遭いやすい場合もあります。そうしたすれ違いやストレスの積み重ねが、結果として「否定された」「理解されなかった」という傷つき体験につながりやすいのではないでしょうか。
遺伝がトラウマを作るのではない
この研究は、「遺伝がトラウマを作る」と言っているわけではありません。生まれ持った特性と環境の掛け合わせの問題であり、社会や周囲が変化することでトラウマを防げる可能性を示唆しています。大切なのは、遺伝ではなく環境。それぞれの特性を理解し、安心して過ごせる環境を整えることが、何よりのトラウマ予防になります。
理解することの重要性
発達特性がある人は一見傷つきが見えにくいことがあります。しかし、「発達特性を持つ人ほど、傷つきやすい」そして、「傷ついてきた歴史がある」という理解を社会全体で共有し、環境調整と支援を充実させることは意義があることです。たとえば、
・学校や職場での配慮
・感覚過敏に対する環境調整
・サポート体制の整備
そうした一つひとつの取り組みが、発達特性を持つ人の「生きやすさ」を大きく変えていきます。“発達×トラウマ”と両者を切り離さず、「傷つきやすさを理解して支える」という支援のあり方が求められています。ASDやADHDといった発達特性を持つ人の心のケアには、「どんな支援をするか」だけでなく、「どんな傷を抱えてきたのか」に目を向けることが欠かせません。たとえば、「人と関わるのが苦手だから支援が要る」ではなく、「過去に人との関係で深く傷ついたから、安心して関わるには時間が必要」と捉えることもできます。そこに理解が生まれると、本人のペースを尊重する支援や、安全な関係の中での回復が可能になります。
今回の研究は、まだ因果関係を確定するものではありません。それでも、「生まれつきの特性が、環境からの影響を受けやすくする」というモデルは、発達特性を持つ人への支援を考える上で大切な視点を与えてくれます。“生まれつき”だから変えられないのではなく、“環境によって守れる”ものがあります。発達特性を理解し、その人が安心して暮らせる環境を整えることは、トラウマを防ぐ最良の方法です。そしてその理解こそが、誰もが傷つきにくい社会を作る第一歩になるのではないでしょうか。
(参考文献)Warrier et al., Molecular Psychiatry, 2021.
「Childhood trauma, lifetime self-harm, and suicidal behaviour and ideation are associated with polygenic scores for autism」
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