佐久間裕美子さんが『今日もよく生きた ニューヨーク流、自分の愛で方』を通して伝えたい想いとは

佐久間裕美子さんが『今日もよく生きた ニューヨーク流、自分の愛で方』を通して伝えたい想いとは
撮影/長谷川梓
磯沙緒里
磯沙緒里
2025-08-26

佐久間裕美子さんの新刊『今日もよく生きた ニューヨーク流、自分の愛で方』(光文社)では、佐久間さんが30年間のニューヨーク生活で築き上げたセルフケア・セルフラブの道具箱のおかげで自分らしく生きてきた姿を垣間見ることができます。読後は、自分自身に「今日もよく生きた」と言ってあげたくなる本書についてのインタビュー後編です。

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セルフラブの第一歩は自分を否定しないこと

ーー本書の中で、セルフケアと同じくらいセルフラブの重要性についても言及されていましたが、日本人ってセルフラブが苦手な方が多いですよね。

佐久間さん:そうなんですよね。セルフラブがわからないってよく言われます。

ーー佐久間さんは「若い頃よりはずっと自分のことを愛しているし、許すことができるようになった」と書かれていますが、自分を愛することが難しいと感じる方は、どんなことから始めたら良いと思われますか?

佐久間さん:まずは、自分を否定しないことですね。 私は多分、自分のことが嫌いだったんだと思うんです。自分にはなにかが足りないって思っていたり、怠慢だと思っていたり、自分のことをいいと思えなくて。それに、私はすごくおっちょこちょいなので、電車を乗り間違えて派手に遅刻したり、ミスする度に「自分バカバカバカバカ」って自分をいじめていました。 でもそれっていいことがないんですよね。日本では自分に甘いのは良くないことだと言われがちですけど。もちろん、自分はこうありたいとか、今日はこのくらいは頑張りたいとか、自分に対してある程度の望みや期待があることはいいことだと思います。だけど、自分に無理な課題を課し続けることのマイナスもあります。例えば、私の場合、どう考えても無理な量のタスクを今日やることリストに入れて、それで、結局できないと自分を責めたりしていました。もっと言えば、自分をいじめるために高い目標を掲げている感じにも気付いたんです。もちろん、やることリストを消していくのは気持ちがいいんだけど、無理な計画を立てて結局できないと、できなくて当たり前なのに自分をいじめてしまう。生きてるだけで十分大変なので、自分をいじめないであげてほしいです。

ーーこれは、自分に対して思いやりを向けることの必要性に繋がりますね。本書でもセルフコンパッションについて言及されていますが、「自分に普段言っていることは、他人に対しては絶対に言わないことだったりする」という言葉に、どきっとしました。

佐久間さん:やってしまいますよね。 私もまだやってしまうことあります。こういう本を書いていると、できていると思われがちなんですけど、そうではないんです。自身もセルフコンパッションが必要だからあえて書いた部分もあります。 

この社会で課されている条件は簡単ではないと理解した

ーーつい自分に厳しくしすぎてしまう方はとても多いと思います。自分に対して思いやりを向けるために佐久間さんがしていることはどんなことですか?

佐久間さん:みんな当たり前のことのように生きているけれど、この社会で課されている条件は簡単ではないと理解したことが大きかったかもしれません。この資本主義社会に産み落とされて、どうやって生きて行くのか、どういう進路を選ぶのかを自分で決めないといけない。20歳前後で社会に放り出されて、自分に向いている生き方や仕事と出会えるとは限らないじゃないですか。でも、日々働いて、自分の面倒を見ることができて当たり前という前提で物事は進んでいる。だからできないと苦しい気持ちになるわけです。若い頃、大人たちが普通に生きているのを見て、自分にもできるんだと思ったけれど、実際にやってみたらいろんなハードルや障害物が登場するし、うまく処理できないと自分を責めてしまう。でも本当は、生きていること自体、十分偉いんですよ。そのことを理解したのが大きかったですね。 

ーーこの本のタイトルを読んだとき、「今日もよく生きた」って佐久間さんがご自身に対して言っているんだと思ったんです。でも私たちにも「よく生きた」って言ってくれているように感じます。

佐久間さん:みんなに「本当によく生きてる」って言いたい。 そして、自分に対して「今日もよく生きた」って、言っていくこともセルフコンパッションのひとつだと思っています。ちなみに、私はタイトルをつけるのが苦手で、毎回ギリギリまでタイトルをつけられないんですが、今回も、「今日もよく生きたって思いたい」と書いたところを編集者さんが拾ってくれて決まったんです。

一番言いたいことは、みんなこの社会でよくやってるよっていうこと。 たとえば、身内が亡くなったとき、学校や会社を休んでいいのって数日でしょう。人が1人死んじゃったのに、少し休んだら歯を食いしばって仕事に行かないといけないだなんて、みんなそんなことをどうやって処理してるのって思いました。特に親世代、先輩の女性たちは「嫁」の役割とか、ケア労働とか、いろいろなことを課されて生きてきたわけですから、本当にすごいと思います。 

まずは自分が元気じゃないと人の面倒は見れないし、闘えない

ーー本書でも介護世代について触れていますが、介護でも育児でも、人のケアをする立場に置かれると、自分のウェルビーイングを後回しにしてしまう方は多いと思います。どんなことに気をつけたら良いと思われますか?

佐久間さん:「今日は元気ですか?」って自分に聞いてあげてほしいです。自分が元気がなかったら、人の面倒をうまく見ることもできないと思うんです。人をケアしようとしたときに、自分のことなんてって思いがちなんですけど、自分を後回しにしてしまうことは誰のためにもならないんじゃないかと思います。

ーー社会問題でもそうですが、世の中の状況を憂たり闘ったりするためにも、まずは自分が元気じゃないとできないですよね。

佐久間さん:元気じゃないと闘えないとも思うんですけど、自分が元気じゃなくなった時のために闘っているところもあります。過去に自分が大きく転んだときのことを振り返ると、制度にずいぶん助けられて。私が恩恵を受けてきた制度は、誰かが闘ったから今あるわけなんですよね。最初からあったわけじゃない。社会のために闘うとか言うけど、結局は自分のためだと思うんです。差別を許したらいけないというのも、結局自分のため。 私は、いい子ちゃんだから社会のために闘おうって言っているわけじゃなくて、自分のためだと思っています。

ーーそれは親近感がわきますね。高尚な精神の方がされていると思うと、自分とは違うから同じようにはとてもできないと思ってしまいがちですが、「自分が転んだときのためだよ」と言ってくださると急に身近に感じられて、それなら自分にもなにかできるかもしれないと思えます。

佐久間さん:自分が転んでみないと転んだ人のことってわからなくなりがちなんですけど、誰だって生きていたら必ず転ぶんですよね。

自分の中の感情を無視すると自分を傷つけることになる

ーー佐久間さんが本書で「怒っていい」とおっしゃっていたことも印象的でした。少なくとも日本社会で女性に求められがちなのは淑やかさや優しさ、協調性、母性だったりします。感情的になりにくい状況にあり、怒りを抑えている人もとても多いと思います。

佐久間さん:そうなんですよね。でもね、本当に怒っていいと思います。私は自分の中に住んでいる色々な感情を頭の中で擬人化しているんです。怒りちゃんとか、エゴちゃんとか。いつもフラットで機嫌のいい友人と、「エゴが出てきたらどうするか」という話題になったとき、「エゴが出てきたらよしよしして、お帰りいただく」って言ったんです。それはいいなと思ってね。怒りだって自分のものだから認めてあげて、怒りちゃんよしよしってしています。やっぱり無視しちゃったらいけないと思うんですよ。無視すると自分を傷つけることになるから。 

ーー佐久間さんは常にご自身と対話をされている印象があります。

佐久間さん:セルフラブに長けている人が周りにたくさんいるんです。その人たちから学んで、対話できるようになってきたっていう感じですね。みんなに教えてもらってる感じです。 

ーー本書でも登場人物がみなさん魅力的です。

佐久間さん:あるとき、父が亡くなって、49日も過ぎてからアメリカに帰った頃、大家さんから電話がかかってきたんです。「家賃を払い忘れたかな?」と思いながら電話に出たら、「悲しみが癒えるには時間がかかるということを伝えたくて」っていう話だったんですよ。半年とか1年とか経っても悲しい瞬間がやってくる、それは当たり前のことだからねっていう電話だったんです。うちの大家さん最高だと思いました。

佐久間裕美子

自分には価値があるってことを、ちゃんと知っていてほしい

ーーきっとこういった周囲の方々のことだと思いますが、大病をされたとき、「たくさんの人が見せてくれた前例のおかげで、怖がる必要はないのだと信じることができた」と書かれています。これは私たち読者にとっても言えることで、佐久間さんが見せてくれる前例が、いつか誰かの励みになるのだと思います。大病を経験し、多くの愛を受け取り、今佐久間さんが読者に届けたいことはありますか?

佐久間さん:自分を許してあげてほしいと思いますが、これも難しいんですよね。私もまだまだできていないんです。病気になった時に高額な医療費を保険でカバーしていただいたんですけど、自分にその価値があるかどうかということを考えちゃったんですよね。というのも、私が手術を受けた日は10月7日だったんですけど、私はアメリカで高額な医療費を保険で賄ってもらって手術ができるのに、パレスチナではどんどん爆弾を落とされて人が逃げ惑ってるわけじゃないですか。それで自分がこの恩恵を受け取る価値がある人間かどうか考えて、「ノーだな」って思っちゃったんですよね。一瞬なんですけど。多分、移民として生きてきたということと関係があると思うんですけど、社会においてもらっているという卑屈な気持ちになったり、私はそんなに一生懸命に生きてないよな、と思ったりしちゃう。 そういうことも含めて、自分を許すことを実践できているかって言ったらできていないし、自分いじめをしちゃう日もあります。だからこそ、自分にも言っておかないといけないなって思っています。 

ーーそのお考えは、周囲の方からの愛情を受け取ったからこそ思えたことでしょうか。

佐久間さん:私はアメリカに行ったことで、「あなたに価値がある」とか、「あなたの意見に価値がある」とか、「あなたの怒りは正当です」と教えてもらって本当に良かったと思うんです。だからこそ、そういう場所でなくなりつつあるということに怒りもあるし、がっかりもしてるんですけど、自分が教わったことをみんなとシェアしたいんですよね。私自身、かつては生きづらかったけれど生きやすくなったからこそ、お裾分けしたいんです。

自分に価値があるかどうかって、自分では疑っちゃうけど、絶対にあるんですよね。 みんなにあるんです。みんなにあるんだってずっと人には言ってきたのに、自分がそうなった時には「自分には価値があるんだろうか」って考えちゃうのが人間だと思うんです。みんな、「自分なんて」とどこかで思いながら生きてるじゃないですか。悲しいことが起きたとき、「自分は考えすぎなのでは」とか思っちゃったりね。セクハラもパワハラも暴力も全部そうですけど、痛いっていうことを認めたくないところもあるじゃないですか。自分はそういうことをされるべきではないっていうことにまっすぐ向き合えないことってあります。だからこそ、自分には価値があるってことを、ちゃんと知っていてほしいと思います。知っているのと知らないのとで、人生との向き合い方ってかなり変わってくると思うから。

ーー佐久間さんはこうして「価値がある」って言ってくださったり、本書でも「みんなよくがんばってる」って言ってくれていますが、自分の価値や努力をあまり認めずにいる方って多いと思うんです。佐久間さんがそうやって読者にかけてくれる言葉 1つ1つが今がんばっている方々に響くと思います。

佐久間さん:みんながんばってるよね。本当に。偉すぎるよ! 

ーー佐久間さんが今後したいことはありますか?

佐久間さん:やっぱり色々なことに挑戦していきたいんですよね。例えば日本1周とかね。ストレス解消のために和太鼓をやってみたいとか、ミシンを使えるようになりたいとか、いろいろあります。いろいろなことに挑戦する人生でありたいと思っているから、まだまだ自分に見えていない冒険が残っているんじゃないかと思っているんです。70〜80代の女性たちが新しいことに挑戦する姿とかをSNSで見たりするすごくいいなと思います。これまで私はどちらかというと、湖にボートを漕ぎ出して「どこに辿り着くかな?」って流されるように生きてきました。だから、このままゆらゆらとボートに乗って、行き着くところで出会うことに挑戦していくと思います。

ーー佐久間さんの挑戦は続きますね。 

佐久間さん:昨年、乳がんになったときに書いていた日記を文章にまとめたんですけど、その経験でわかったのは、人間ってそんなに簡単に変わらないってことなんです。大病をしたところで、学ばないんだなって思うことが多くて。例えば、「もう元気になった」と勘違いして、早くに飛び出しちゃってつまづく、ということを何度かやったんですが、自分の頭が楽観的な情報に飛びつくんですよね。だから、つくづく自分以外の人生っていうのはできないんだなっていうのが結論です。自分は腐っても自分だったなと思って受け入れようと思いました。

ーー今後の活動でお知らせできることがあれば教えてください。

佐久間さん:ニューヨーク生まれのバイシクル・フィルム・フェスティバルというイベントに関わることになって、それも新しい冒険です。自転車を中心においた映画を放映する素敵な映画祭ですが、11月に日本で開催します。

ーー楽しみです!ありがとうございました。

プロフィール|佐久間裕美子さん

佐久間裕美子

1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。著書に『今日もよく生きた』(光文社)、『Weの市民革命』(朝日出版社)、翻訳書に『編むことは力──ひび割れた世界のなかで、私たちの生をつなぎあわせる』(岩波書店)がある。Sakumag Collective主宰。

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