写真家・中川正子さんが「強がりとかじゃなく、年齢を重ねることは心から楽しい」と語る理由

 写真家・中川正子さんが「強がりとかじゃなく、年齢を重ねることは心から楽しい」と語る理由
Naoki Kanuka(2iD)
磯沙緒里
磯沙緒里
2023-05-27

心と体が大きく変化する”更年期”。年齢とともに生じる変化の波に乗りながら生き生きと歩みを進める女性たちにお話しいただくインタビュー企画「OVER50-降っても晴れても機嫌よく」。第4弾は、写真家の中川正子さんにお話を伺いました。後編をお届けします。

広告

周囲に伝えてPMS症状と付き合っていく

ーー中川さんは健やかな印象がありますが、産後のホルモンバランスの乱れや、PMSなどによって不調を感じたことはありますか?

中川さん:産後1ヶ月程度経った頃、睡眠不足もあったのですが、夫のひと言にキーッとなってしまったんです。帰宅した夫が展示会に行った話をしていたのですが、「展示会に行く」ということがかつて自分がいた場所の象徴に思えたんですよね。「あなたは展示会に自由に行くことができるけど私は何もできていない」って、自分でもびっくりするくらい怒ってしまって。夫も「今どこに地雷があったんだろう?」っていう感じで…(笑)。

展示会に象徴される、かつていた洗練された世界、明るい世界に反応したんでしょうね。その時に行きたかったわけでもないのに。感情を抑えられない自分に対して、少しだけ冷静な私が、「おいおいどうした?」って思っていました。

あの頃は自分の怒りスイッチがわからなかったですね。産後のホルモンバランスの乱れについては、聞いたことはあってもどこかで自分は大丈夫だと思っていたところがあって、その時は溜め込んだ日頃の不満が爆発したのだと思っていました。でも振り返ってみると、完全に産後のホルモンバランスの乱れですよね。このことをきっかけに、思ったことは溜め込まずにすぐ言おうということになりました。

PMSについて自覚があるのは、2ヶ月に1度、生理前にやたらと「ムカつく」こと。イライラというか、ムカつくんですよ(笑)。思春期のなにもかもが嫌なあの感じ。2ヶ月に1回、生理の前日だけなので、自分がそうなることをついつい忘れちゃって。朝起きて、家族の誰かが食卓に置いていた鉛筆にすらムカついてしまう。「整理整頓しようよ」とか正論を言いたくなる。普段はそんなこと気にしないのにね。そういう日の自分のことを、「黒・正子」(くろまさこ)と名付けています。だから、そういう時は家族に「今日は『黒・正子』が出るから気をつけてください」って言うんです。

「黒・正子」の日には、用事があって家から出ると、私には関係のない様々なことでイライラするんです。いつもは気にしないのに、街にある看板に腹が立ったりする(笑)。気が立っている、っていう感じ。そうなると、「ダメだ、今日は『黒・正子』の日だから、大事な人に取り返しがつかないことを言わないように気をつけないと」って意識するんですよね。

ーー「黒・正子」の日はスケジュールもずらせるならずらすとおっしゃっていましたよね。徹底していますよね。

中川さん:そこまで親しくない人には抑えることができるんですけど、夫や親友など親しい人には言い過ぎちゃうんです。そういう時の自分って本当に恐ろしくて、その人に一番ぐさっと刺さる言葉を考えてしまって、言わなくていいことまで徹底的に言ってしまったりするんです。もう絶対にそんなことしたくないので、とにかく気をつけるようにしています。

PMSって言葉が知られるようになって、もちろん名前をつけることの弊害もありますが、私にとってはこの状態に名前がついたことで、「私の気が狂ったわけじゃなかったんだ」と思えたんですよね。そう思えてすごく安心できました。

ーーPMSって女性にとっては身近なものですが、男性にとってはなかなかわかりにくいですよね。ご家族にはPMSについてどのように伝えていますか?

中川さん:簡単にしか説明していませんが、息子には、「生理の前、とにかくムカつく日がある。それはママが変な人になったわけじゃなくて、女の人ってそういう波があるの」ってざっくりと伝えています。

息子は結構気がつくタイプで、こちらの様子に敏感なので、イライラしているタイミングでは「今日は『黒・正子』の日だよ」と伝えるようにしています。「イライラしているのは自分のせいかもしれない」って思って苦しくなってしまったらかわいそうだから、説明するよう気をつけています。

中川正子
photo by Naoki Kanuka

瞑想に近い状態をつくり出す過ごし方

ーーPMS以外でも、自分を回復させるためにすることはありますか?例えば、体調が良くない日はどんな風に過ごしますか?

中川さん:「黒・正子」の日は、何かするというよりも「今日はやらない」と決めて何もしないよう意識しています。イライラしやすい日なのであれこれ片付けたくなるけど、この日にやってもうまく行かないので、やらないようにするんです。

小さな浮き沈みはあっても病気になることは滅多にないのですが、最近の不調といえばコロナ罹患です。久しぶりの病気でした。

「人間、気合いだ!」みたいなところが私にはあるけれど、圧倒的に体調が悪くなって。自分が弱っているからか、すれ違う自転車のスピードすら怖いって思うような体験をしました。今となってはいい経験だったと思います。

ーー日常的にしているセルフケアはありますか?

中川さん:お風呂にはゆっくり入ることにしています。ただ、ついついお風呂でも色々なことをしちゃいます。本を読んだり、映画を観たり。インプット癖があるので、ついつい意味があるものを読んだり観たりしがちですが、とにかく「お風呂は緩める場」って決めているんです。だから、お風呂ではインプットしなくてもいい本とかエンタメを観ることにしています。

あとは、いい刺激であってもメンタルが疲れることはあるので、そういう時こそ筋トレに行くようにしています。滞りを感じる時は、頭を空っぽにすることが大事なんです。私にとって、瞑想に近いことができるのが、筋トレや有酸素運動や登山なんです。頭を完全に空っぽにするのは難しいけれど、散歩や筋トレ、山歩きに集中することで、それに近い状態を作っています。

精神の不調を頭で治そうとしても難しいですよね。だから、首から上の部分でどうにかするんじゃなくて、体全体でやるんです。体を動かすことで物理的に解決につながっていると思っています。精神の停滞は体で直すって言うといかにも体育会系っぽいですけど。笑

Photo by Masako Nakagawa
Photo by Masako Nakagawa

体をケアすることに関しては自分よりすごい人が周りにたくさんいるのもあって、私は体の声を無視してしまっている方だと思っています。

ある時、肌が荒れてお医者さんに診てもらったら「ストレスですね」って言われたことがあって。「楽しくてやりすぎちゃうタイプですよね。それはあなたの心は楽しいかもしれないけれど、体にはストレスがかかってしまう。だから体のことも考えてあげて。」って言われて、確かにずいぶん酷使しちゃってたなぁと気付きました。

ーーそれは何歳くらいの頃ですか?

中川さん:40歳手前くらいです。年齢を重ねている自覚もないものだから、若い頃と同じぐらい動けると思ってやりすぎてしまっていたんですよね。今までのように睡眠を削っていたらダメだと思いつつ、まだまだ気合いでどうにかなるとも思っていた時期でした。

村上春樹さんが作品の中で、「年月は確実にその取り分をとっていく」とおっしゃっていましたが、大人になればなるほど、本当にそうだと思います。ただ、年齢を重ねるごとになにかが失われていくこともあるけれど、それだけではないと思っています。

「正子の黄金期っていつ?」って友達に聞かれたことがあるんです。その人は小学校時代が黄金期だと。それで考えてみると、私は今かなって思ったんです。こんなことを言うと自慢みたいですが、そうではないんです。

もちろん、年齢と共に失ったものはあります。白髪のない頭とか、目尻の皺のない顔とか、肉体的なことを挙げていったらたくさんあります。でも、自分自身への理解は深まっているし、自分の思いを言葉にすることも10年前に比べるとできるようになっている。そう考えると、プラス・マイナスでいえばプラスの方が大きいと思うんです。強がってるわけではなくて心から、加齢っていいことだと思います。だから私は、加齢に対して争うことはあまりしないんです。もちろん自分なりに対処できることはしていくけれど、できないことは受け入れていきたいと思っています。

中川正子
photo by Naoki Kanuka

新しいことに挑戦する楽しさ

ーーこれまで様々な経験をされてきたと思いますが、初めての書籍を出版される予定があるんですよね。新しいことに向き合う時、不安感はありますか?楽しみの方が大きいでしょうか?

中川さん:ワクワクの方が優っています!今年は3冊も出す予定があるので既に手一杯だし、どれも未知のレベルでがんばらないといけないけど、それくらいしないとワクワクできなくなっているんです。怖さや不安感なくしてワクワクはないんです。

去年は、どこか物足りなさを感じながら仕事をしていたところがありました。自分で想定できることをしていたからかもしれません。ワクワクして仕事をするというよりは、毎回想定したことをしっかりやり遂げてきた。仕事としてはそれで問題ないのですが、以前は嬉しかったことも、心が湧き立たなかったんです。もしかしたら情熱がなくなったかもしれないと思っていました。 

そう思っていたら、今年は書籍の仕事をいただいて。初めての書籍は、まずスケジュール的にきついし、書いたものは真っ赤に赤字が入って返ってくるような愛のある厳しい編集者さんと作っているので大変ではあります。これまでは優等生だったから、こんなにダメ出しをされることって人生でなかったんです。それを今やっていて、ちょっとしんどい時もある。でも、指摘していただくのってありがたいんですよね。中学時代は陸上部でしたが、それ以来のがんばりを発揮しています。

今は、辛いけど楽しいです!初めてのことなので未知ではありますけど、不安じゃなくてワクワクしています。元々、頑張り屋で頑張りジャンキーなところがあるから(笑)。だから、今はすごくいい状態です。

人によっては、こんなにもずっとプレッシャーかかっている状態って辛いだけかもしれないですが、私にはこれがちょうどいいんです。ただ、このインタビューを読んだ人が、自分ももっとがんばらなきゃって思う必要はないんです。ある意味異常だと思われるかもしれないけど、私にとってはこの状態が幸せだと思うだけなんですから。

Photo by Masako Nakagawa
Photo by Masako Nakagawa

回復を観察して焦らずに過ごした経験を役立てていく

ーーこれから更年期を迎える読者の中には、更年期への不安を感じている方もいらっしゃいます。中川さんの健やかな更年期を知ることで更年期への不安が和らぎそうです。

中川さん:私のポジティブすぎる印象って、「私はそうはなれない」って思わせちゃう可能性があってそれが嫌で。でも、そんなことないんです。私も、コロナで撮影が全部無くなった時にはストレスで湿疹が出たこともありました。

そんな時、以前の私なら早く元気な自分に戻りたかったと思います。今は、不調な時は、「ああ不調だなー」って不調な自分を見るようにしています。なんとか良くなろうと足掻くことでは良くならないから。だったら、とっととお風呂に入ってとっとと寝るんです。

去年の11月くらいにコロナにかかったのですが、その時はゆるく不調が続いて、しばらくの間はあんまり元気が出ませんでした。今思えば2週間ぐらいはやる気が出ない状態でした。倦怠感というのか、体調が悪いわけじゃないけど、起きるのも食事するのもメイクするのも面倒くさくて。

こんなにも倦怠感が続くことは珍しくて、早い段階で友達に相談したら「コロナの後遺症だよ」って言われたんです。かつてPMSって言葉を知ってほっとしたように、後遺症って言われるとほっとしたんです。私がダメな人間になったわけじゃないんだって。 

それからは、どれくらいで治っていくのか観察していくうちにまたワクワクし始めました。早く治さなきゃと焦らずにゆっくりいこうと思えたのはよかったと思っています。

更年期の症状も、同じだと思っていて。私には今は症状は出ていないけど、この先はなにかしら出てくるかもしれない。更年期症状だけではなく、気合いでやりすぎてガクッと不調になる時があるかも。その時に、コロナ後遺症で自分を観察していた経験が役に立つのかなと想像しています。そういう時に、無理矢理がんばらなくていいんですよね。

怖さの正体に向き合うことが大事

ーー年齢を重ねることに対して、ネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、中川さんは年齢を重ねることを楽しんでいそうです。実際にはいかがですか?

中川さん:「楽しいよ!」って言いたいです。でもね、もし年齢を重ねることが怖いとしたら、怖さの正体に向き合うことが大事かもしれません。体力の低下が怖いのか、男の人に見向きもされないのが怖いのか。これは、私がモヤッとした時にやることなのですが、自分のモヤモヤの正体を見てみると、意外と大したことないことで構成されているんですよね。中には簡単に解決できないこともありますが、ちょっとしたものから解決していくんです。

「更年期どうなっちゃうの問題」は、身近な先輩、経験者に聞いてみることにしています。私の場合は、その分野で楽しそうな人にしか聞かないんです。例えば、移住について聞くならば、移住して楽しそうな人にしか聞かない。更年期も、「更年期症状はあったけどこうだったよー!」って明るく答えてくれる先輩に聞く。勝手に想像するとお化けと一緒で怖くなるから。

ーー最後に、この先楽しみにしていることを教えてください。

中川さん:直近だと今抱えている大きなプロジェクトを乗り越えた先に見える景色が楽しみです。これまでとは違う景色が見えることはもう既にわかっているんです。ちゃんとやり遂げる自分を見たいと思っています。

こうやって話すと、また私の暑苦しさが。笑 私はこんなやり方でやっていますが、みんなそれぞれにちょうどいいやり方でやっていけたらいいと思っています。みんながそれぞれの価値観で、自分に合ったやり方で、更年期もこの先もやっていけたらいいですね。

Photo by Masako Nakagawa
Photo by Masako Nakagawa

お話を伺ったのは…中川正子さん

中川正子
photo by Naoki Kanuka

写真家。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告、書籍など多ジャンルで活動中。2011年3月より岡山に拠点に、国内外を旅する日々。最新作は135年の伝統を持つ倉敷帆布の日常を収めた「An Ordinary Day」ほかに写真集に「新世界」「IMMIGRANTS」「ダレオド」などがある。文章執筆の仕事も多数。2023年に初のエッセイ集を発表予定。Instagram@masakonakagawa

広告

AUTHOR

磯沙緒里

磯沙緒里

ヨガインストラクター。幼少期よりバレエやマラソンに親しみ、体を使うことに関心を寄せる。学生時代にヨガに出合い、会社員生活のかたわら、国内外でさまざまなヨガを学び、本格的にその世界へと導かれてインストラクターに。現在は、スタイルに捉われずにヨガを楽しんでもらえるよう、様々なシチュエーチョンやオンラインでのレッスンも行う。雑誌やウェブなどのヨガコンテンツ監修のほか、大規模ヨガイベントプロデュースも手がける。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

中川正子
Photo by Masako Nakagawa
中川正子
Photo by Masako Nakagawa
Photo by Masako Nakagawa
中川正子