【不完全さを受け入れよう】あなたのポジティブな振る舞いが「有害」に変わるとき

 【不完全さを受け入れよう】あなたのポジティブな振る舞いが「有害」に変わるとき

「プラティパクシャ・バーヴァナ」は、明るい側面を見ることを勧めます。しかし、「良い雰囲気だけ」では、逆境の中で学んだ教訓を見落としてしまいます。

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我慢できない。

それが不安な気持ちです。恐怖で体が震え、口から心臓が飛び出そうになり、胃袋が下がってなくなったような気分になり、崖っぷちに立たされて落下するような感覚です。

時には、文字通り体から皮膚をはぎ取り、みぞおちを胸郭から引き抜いてしまいたいほどの圧倒的な恐怖感に襲われます。しかし、私は全般性不安障害(GAD)を患っているため、不安に特定の原因がないことが多く、特定の解決策もないことが多いのです。

私が不安を感じているときの様子を説明しようとすると、人々は私の気持ちを和らげようとします。

"ポジティブなことに集中したら"

"感謝のリストは書いてみた?"

"これはあなたに(偶然)起こったのではなく、あなたのために起こったことだと考えるようにしたら"

"自分の人生を見てみなよ! とても良い人生じゃない"

"ヨガの先生でしょ。自分のヨガを使ったら"

このような提案をしてくる人の多くは、私の身近な人で、良かれと思って言ってくれているのだと思います。(夫も含めて。) しかし、私が彼らにただ聞いてくれるように頼んでも、肯定的なアファメーションが口をついて出てしまうのです。

良かれと思って言ってくれた言葉でも、私は気分が悪くなります。不安に加えて、誤解されているような気がしますし、ポジティブな方向に意識を向けられないことへの罪悪感や恥ずかしさもあります。つまり、私はヨガティーチャーだから、いつも「愛と光」でいることが私の仕事なんだろうな、と。

「ただプラティパクシャ・バーヴァナしちゃいな」

これらの決まり文句は、私の友人やヨガ仲間の間では特に多く見受けられます。そして私は、彼らがトラウマや痛み、不快感に対処するための包括的なアプローチとして、特にあるコンセプトを支持していることに気づきました。「プラティパクシャ・バーヴァナ」です。

パタンジャリは、この概念を『ヨーガ・スートラ』の第2章(パダ)で紹介しています。ヨガと瞑想のコーチであるアヌシャ・ウィジェヤクマールは、この言葉を "ネガティブな考えをポジティブな考えに置き換えたり、心の中の反対の思考形態を置き換えたりすること "と訳しています。別の一般的な解釈は、"ネガティブな考えが生じたとき、その反対の考えに集中する"というものです。

一見すると、簡単なことのように思えます。不安な気持ちを、より楽しいことに向ければ良いのです。動詞としても使われているのを聞いたことがあります:「ただプラティパクシャ・バーヴァナしちゃいな」と。

しかし、この経典を本全体の文脈の中で見てみると、すべての状況でポジティブなものを見つけるという単純なものではないことがわかります。むしろ、ネガティブなことを避けるのではなく、現実を受け入れることが大切だと、人生のすべてをヨガとヴェーダ哲学に捧げてきたウィジェヤクマールは示唆しています。

「私たちのヨガの実践は、常に快適であることや、不快なことを避けるためのものではありません。永続的な変化を生み出すために、不快感に寄り添うことなのです」と彼女は説明します。ヨガ哲学では、人生の二面性の中で苦しみは避けられないものだと認めています。

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By SARAH EZRIN
Translated by Hanae Yamaguchi

AUTHOR

ヨガジャーナルアメリカ版

ヨガジャーナルアメリカ版

全米で発行部数35万部を超える世界No.1のヨガ&ライフスタイル誌。「ヨガの歴史と伝統に敬意を払い、最新の科学的知識に基づいた上質な記事を提供する」という理念のもと、1975年にサンフランシスコで創刊。以来一貫してヨガによる心身の健康と幸せな生き方を提案し続けている。



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