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変わりたい、変わりたい。自由になりたい。なりたい自分に、そして本当の自分になる方法

6月に引っ越した。私が去年から住んでいるベルリンは想像を絶する住宅難で、アパートを見つけるのが本当に大変だった。

なんとか入居にこぎ着けた新しいアパートの、まだがらんとした台所に立つ私をパートナーが写真に残した。まだテーブルもなくて、スーツケースの上でご飯を食べていたころ。

後日その画像を見たとき、小さなショックを受けた。不満を押し込めたようなイライラした無表情があまりに母にそっくりだったから。

容姿が似るのは当然のこととはいえ、表情や気質まで似るなんて当時の母の年齢に追いつくまで想像もしていなかった。

 

2023年現在、絶賛31歳を生きる私の世界には、身近にたくさんの欲望がある。

痩せたい、垢抜けたい、良い条件の職場に転職したい、家が欲しい、愛されたい、選ばれたい、すごく満たされるセックスがしたい、豪華な海外旅行に行きたい、自分の人生になにか特別で素敵なことが起こってほしい、SNSでたくさんのフォロワーが欲しい、韓国で肌管理したい、高見えする服が欲しい、っていうか財力がほしい、外国のみたいなウォーク・イン・クローゼットにお気に入りの靴や鞄を綺麗に整理して飾りたい。

よく知られている人間の根源的な欲求から、あまりに令和っぽい、SNSからも強く影響された具体的な欲望まで、枚挙にいとまがないほど思い浮かぶ。

現代を生きる私たちの欲望は尽きることがなく、それは祖母たちの世代よりもずっと具体的で細分化しているのだと思う。

  

思春期のころから自覚していた自分の大きな欲望の一つは、「変わりたい」だった。見た目も、持ち物も、性格も、なにもかも変わりたかった。

ただし、それは0から違うものに作り替えるという風ではなくて、元の私をベースにもっと良くなりたいというもの。

「本来の私」ならもっと成績がよく、友だちもたくさんできるはず。100%の力を発揮できれば。ありのままの私でストレスなくいられたら。髪を抜かなかったら。そんな葛藤を抱き続けてきた。

この「変わりたい」という欲望を持つことは、もしかしたら一般的じゃないのかもしれない。それは例えば世の中には嫉妬をする人としない人がいるみたいに、くっきりと分かれてるように思う。

でも私以外にも少なくない人がこの願望を持っていることを知ってる。

 

変化を望む欲望には、その中でも種類があるように思う。「妄想した通りの理想の自分になりたい」というものと、「本当の自分になりたい、本来の自分に返りたい」というもの。

「なりたい自分になる方法」に長年アンテナを張っていた私は、次第にそんな風に区別して考えるようになった。

「理想の自分になりたい」願望というのは、例えば「誰々みたいな外見になりたい」「垢抜けたい」「若く見られたい」「お金持ちに見せたい」「仕事をバリバリとこなして経済的に豊かになりたい」「おしゃれな雑誌に載っているようなライフスタイルを送りたい」「インフルエンサーになりたい」——そしてそれを実現する方法はいくつも提示されている。

高度なメイクテクニック、ダイエット方法、様々な整形、骨格別のコーディネート、パーソナルカラー診断。仕事を効率よくこなすためのハウツー本は本屋の大きな一角を占めている。Youtubeだって、オンラインサロンだってなんでも揃っている。憧れのライフスタイルを構築する商品が、どこで、いくらで売られているかだって検索することができる。フォロワーの集め方を説くオンラインコンテンツは合理的なものからきな臭いものまでそこら中に転がっている。

基本的にこの願望は、もっともっとと私たちを駆り立てるもので、経済的な消費活動と結びついていく。そして終わりがない。次から次へと、もっと上質なもの、よく見えるものが現れ、私たちは刺激される。

身を持ち崩す人もいるだろう。整形のゴールが分からなくなったり、SNSに極度に依存したり、効率の良さやお金だけを追い求めて大切な人間関係を蔑ろにしてしまったり、他人との比較でしか自分の幸せを測れなくなったり。

自分も身に覚えがあるからこそ、その沼の深さを知っている。

最近では浅瀬に留まることを意識して、あまり深いところまで行かないようにしているけれど、SNSを長いこと眺めているとき、綺麗なVlogを眺めているとき、Pinerestで情報収集の本筋から脱線して延々に素敵なものを探しているとき、自分の足が深部に向かっているのを感じる。

もっともっとという感情を刺激してくれる楽しいコンテンツは好きだけれど、付き合い方はまだまだ学ぶ必要がありそうだ。

(以前のコラムで紹介したNetflixのドラマ「令嬢アンナの真実」は最後までとことんその欲求を追求した映画で、その強いエネルギーに魅了された。興味がある人はぜひ)

 

もう一方の変身願望「本当の自分になりたい、本来の自分に返りたい」というのは、もう少し違った質のものだと思う。

具体的な例を挙げてみるならば例えば、生まれたときから自分の身体の性別に違和感があって、目で見るのも嫌で、だからそんな状態を解消したい。

男性からは勝手に大人しくて女の子らしい人だと思われがちだけど、本当の性格は真逆で、勘違いされるのがストレス。だから内面を外見のイメージに反映させて、中身と外身を一致させたい。

人と話すとき自分の周りに殻があるように隔たりを感じて、人と仲良くなることが難しい。本当の自分はこんなに奥が深くて面白いのに。殻を打ち破って人と繋がりたい。本当の自分を伝えたい。本音で話し合ったり、大笑いできるようなおしゃべりがしたい。 

世間の風潮に倣って異性と恋愛しているふりをしてきたけれどそんな無理はしたくない。被っている仮面を脱ぎ捨てたい。

いつの日からか男らしくすることを心がけてきたけれど、そういう振る舞いは自分の本質から遠いもので非常に負荷を感じている。

本当は芸術家肌なのに自分を押し殺して会社員として合理的に働いているけれど、本当はのびのびと自分の素質を生かして生きていきたい。

 

強い葛藤、フラストレーションがこの願望の源にある。

本能的な違和感、不一致感というのがキーワードだと思う。

 

変わりたい、変わりたい。自由になりたい。

羽化した本当の自分は強くて美しいだろう。

 

トランスジェンダーの人に会うと、私はごく自然に好感を持つ。私がそうとは気がついていない場合でも、本人の口から語られなかったとしても。

その人たちは自分の意思で選択し、羽化を終えた人たちだから。逆風の中でも自分を探し続けた、独特の気品と美しさがある。

私はジェンダーを超えていくようなトランスフォームを目指しているわけではないのだけれど、彼女たち/彼らを心からお手本にしている。

 

ずっと抜毛症に悩まされながらも共存してきて、今は一部髪の無い外見を含めて自分を愛したいと思っている。

ボディポジティブの活動を続けてからというもの、私の内面は少しずつ変化し、見た目も合わせて変身してきた。

外見の変化を伴うトランスフォームはとても繊細なもので、一種の危険を伴うものだと思う。

一気に格好のよい完成形に持って行けるわけじゃない。その間の不格好で不安定な過渡期を通過せねばならず、それを過干渉な世間の中で過ごすのは針のむしろに近い。

社会の「普通」に抗うとき、外野は黙っていてくれない。ジロジロと他人の傷口を眺め、平気な顔で不躾なことを聞いてくる。どうしてここまで言えるんだろうという匿名のコメントが、鋭利な刃を持って飛んでくる。

次第に自分の選択に自信が持てなくなって、やっぱり駄目なんだって自己否定したり、普通に戻りたいって来た道を引き返そうとしたりする。

変身するときに当人が戦わなくてはいけないものの多さは、都市部より地方、ドイツより日本の方が圧倒的に多い。

そういうものに押しつぶされないように、殺されないように、私たちは身を守る必要がある。

 

私もトランスフォームの過程でしんどくなったことがたくさんあった。

自分の経験についての文章を書き始め、SNSで外見を晒し始めたとき。内面と外見の両方を無防備に晒している気がして、不安に駆られることがあった。

タトゥーを入れたときは、自分の体が永遠に変わってしまった、両親からは一生理解されないであろうというなんとも言えない重たい実感があった。

大きな影響力のあるメディアに取材してもらったとき。温かな励ましと連体の声に混じって、わざわざそんなことを書かなくてもと思わずため息をつきたくなるコメントがたくさん来た。

人目に晒された状態でのトランスフォームは本当に怖い。だから、先日のRyuchellさんのニュースはあまりにショックだった。変化に挑む美しい人がまた一人、この社会からはじき出されてしまった。

 

私が自分の活動を続けてこられたのは、必要なときには休めること、側で休ませてくれる人がいたからだった。

変化を望む一歩と、その後の揺り戻しを繰り返しながら、ビビりまくりながら、それでも自分はこの道を行きたいんだって確認して進んできた。

そしてここに来て、また一皮脱皮した気分。

 

ある夏の日の食後、腹を括って髪を剃った。

ずっとある程度の長さの地毛をキープして、頭頂部をカバーしてきた私には大きな決断だった。念のため、自分を守るためのウィッグを用意しておいた。

パートナーが後ろのほうを剃るのを手伝ってくれた。彼の愛情がそんなことでは揺らがないことを私は知っていたから、ちっとも心配なんかしていなかった。彼は私の選択をいつも尊重してくれる。今回の抜毛症を治したいから髪を剃るという行為でさえも。

 
 
 
 
 
 
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鏡に映った坊主頭の自分は不思議なほどフェミニンに見えて、私は実際のところとても拍子抜けした。

髪は女の命っていう言葉があるけれど、あれは本当になんの根拠もない言葉だったんだな。

頭皮はむき出しになるけれど、地毛で隠していたときよりもさっぱりと清潔感があって、悪目立ちしないように感じた。

そしてベルリンでは誰も他人の外見に干渉してこないので、ウィッグは早々に必須のアイテムではなくなった。

そして私は坊主姿の母のことも思い出した。抗がん剤治療の過程で彼女の髪は抜けはじめ、ある日さっぱりと刈った。父は母にとても優しかった。そんな二人の姿を見ていたから、私も思いきることができたのかもしれない。

 

「本来の自分に返りたい」欲求は、一人一人きっと形があまりにも違うので、答えが無く、ハウツー本もない。

どうりで検索しまくっても出てこなかったはずだ。この問題に関しては、答えは自分の中だけにあるんじゃないかと思う。

本当はこうしたいっていう気持ちは、大人として社会の中で生活していくと簡単にごまかされてしまう。普通とか常識とか、そういう長いものに巻かれて、今まで通り波風立てずに生活していくほうがずっと楽。

でも時々——美しい人に出会ったとき。勇気ある物語に触れたとき。本当に好きなものを思い出したとき。

内側から小さな声がする。本当の自分で生きるんだって。 その声を握りしめて、私はこれからも変わっていく。

もしそんな声が聞こえたら。一緒に変わっていこう。大丈夫、きっと素敵になれる。

外野の声に耳を貸さないで。自分の身をしっかり守って。

本当の自分になるまで、あともう少し。

 
 
 
 
 
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