よりよい未来を夢見る力:ニューヨークの野心とSNSの幻想
痛みも苦しみも怒りも…言葉にならないような記憶や感情を、繊細かつ丁寧に綴る。それはまるで音楽のように、痛みと傷に寄り添う言葉たち。抜毛症のボディポジティブモデルとして活動するGenaさんによるコラム連載。
先日、「新しい人生が、欲しい。本当の自分で輝くために」そう願っていた、若かりし頃の私に伝えたいことというコラムを書いた。
キラキラしているように見える世界と現実の自分との接点のなさや、そもそもそれを目指すことへの疑問を自分の身を振り返りながら書いた内容のものだった。
いまの私は「キラキラしているように見える何か」のことは疑ってかかるようになったし、そのキラキラした側に入りたいとも思っていない。
でもその一方でその界隈の物語、特に社会的階級をのし上がっていこうとするような人の物語にとても興味をもっている。
高級ブランドに囲まれた物質主義的なハッピーエンドなキラキラの姿を見たいのではなく、そのギラギラした過程が見たい。自分の身ひとつでのし上がっていく才覚、あふれ出る野心。
そういう、自分に忠実な強い人間の姿が見たい。そんな気分になることってない?
今日のコラムはそんな野心に溢れたある女の子の物語について。
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先日美容師さんと話していて、恋バナの延長でNetflixの『Tinder詐欺師』の話になった。
あたかも自分が財閥の御曹司であると見せかけて、Tinderで出会った女性を次々と虜にしていった詐欺師。手口も巧妙だし、なによりスケールが大きすぎて映画でもみてるみたいだった。
あれ面白かったよねと言い合っていたら、それならあなたはこれも好きだと思うとおすすめされたのが『令嬢アンナの真実』。
Netflixオリジナルのドラマで全7話の構成になっている。
ありとあらゆる野心がひしめくこのドラマは、気力不足ぎみだった私を虜にした。
(以下、この記事にはネタバレを含みます)
この物語の主役はアンナ・デルヴェイ、ドイツ出身の大財閥の令嬢で、若干26歳にしてニューヨークの社交界で一斉を風靡した人物。
そんなアンナはなぜ逮捕されることになったのか。彼女を取り巻く人々の視点から物語は語られる。
どうやって並々ならぬ人々を騙し本当に外国の令嬢だと思わせ、高額な出資を受けることができたのか。
答えはひとつで、彼女が自分のことを令嬢だと信じて疑っていなかったからだと思う。
彼女が作り上げた世界観は、ほかの人が思わず信じたくなってしまうほど強固なものだった。
そしてもちろんこの物語の舞台はニューヨークだ。
実は私はニューヨークに一年弱住んでいたことがあるんだけど、ニューヨークっていうのは本当におかしな街だと思う。
巨大な成功があり、無数の物語があり、それに釣られて野心を持つ人々が集まってくる。
自分を大きく見せようとする人が多かった。成功している風に装うことが本当の成功を連れてくると信じているみたいに。
カフェで出会った相手にすら自分の事業プランを話したりする。こういう振る舞いはアメリカ人か外国人かどうかは関係なかった。むしろ外国からきた人のほうが突拍子もないスケールの夢を描いているかもしれない。誰もが主役になりたがる場所。特別な街。
そんな場所を実際に目で見てきたからこそ、一時だけでも居場所を得たアンナは大したものだと本当に感心した。
自分を大きく見せるどころか、自分が作り上げた世界観に人を巻き込み、実際に融資まで受けたのだから。
なぜアンナのことを令嬢だと信じたのか。周りに当時いた人々は口々に言う。
芸術への造詣が非常に深かったから。
シンプルで最高品質のものだけを身に纏っていたから。
ワインの銘柄に通じていたから。
誰にも媚びることがなかったから。
街で最高の格式あるレストランを知っていたから。
顔がそんなに可愛くなかったから(外見ではなく家柄で力を得たのだと思った)なんていうのも。
彼女の目標はマンハッタンの一等地に会員制の芸術サロンを作ることで、そのための人脈を固めていった。
受けた融資を元手にセレブのように振る舞い、パーティー三昧、買い物三昧、富裕層のコミュニティーに参入し、有益な知り合いを作り、サロンの実現に向けてコマを進めていく。
このあたりはちょっと見応えがある。躊躇いなく人のカードを使い、豪華なヨットやプライベートジェットですら動かす。
ファッションマガジンを研究して、いつかこういうものを身に纏いたいと憧れる女の子は山ほどいるだろう。それでもせめて行きつけるのは『プラダを着た悪魔』の世界あたりじゃないかと思う。
それなのにアンナときたら!
尊大な振る舞いや金で人をコントロールするところなど、お友達にはなりたいタイプとはちょーっと違うけれど、肝っ玉のデカさだけは見習いたい。まじで。
野心的な女の子の成功ストーリーが見たい人、最高にギラギラしたニューヨークを見たい人はぜひこのドラマを見てみたらいいんじゃないかと思う。
アンナの快進撃から没落までを描くこのドラマでは、「感覚が違うほどのお金持ちの世界」も垣間見せてくれる。
例えば、アンナのことを顎で使ったご婦人ノラのクレジットカードで、彼女は高級デパートで山のような買い物をする。バレンティノの靴からなにからで合計なんと40万ドル分も!
後日それに気がついて激怒したノラは、結局その全額をカード会社から返金してもらっている。アンナはもちろん返品していない。
不正利用ならともかく、普通の感覚では常識外の対応だと思う。
金持ちには金持ちの保障があることが明示される瞬間の一つでもある。
このシーンを見ていて思い出したことがあって、中国のアーティストが卒業制作でおこなったある実験がある。
それは富裕層向けのサービスを使い倒し、21日間一銭も使わずに生活するというもの。
セレブに見える立ち振る舞いを研究し、偽のブランド服に身を包んで、ホテルのロビーや空港のファーストクラス用ラウンジなどに出入りし、サービスの食べ物で食いつないだ。
無料の食べ物や行き届いたサービスなどの「過剰物資」が富裕層だけに提供され、その一方で貧困層は日々の暮らしにあえいでいる社会構図に問題意識を持ち、それを可視化してみせた作品だと思う。
アンナのバイブスはこれにとてもよく似た部分があったと思う。
金が金を生むルールの世界では、元手がなければ何者にもなることができない。
アンナはそのルールを覆そうとするだけの気力を持っていた。
ドラマの序盤から、視聴者にはアンナが本物の令嬢でないことがなんとなく伝わっている。
でも彼女の出自が語られるのは終盤のほうになってからだ。
ドイツ出身だということは事実であったものの、もちろん財閥の娘などではなく、労働者階級の出身で、そして幼少期にロシアから移民してきた経緯があるということが明かされる。
社会の底辺から成り上がるために、どれほどのガッツと野心を必要としたのだろう。
彼女のことをただの野心と虚栄心にあふれた女の子、詐欺師だと見る人もいるだろう。でも同時に、ドラマ内で言及されているように私もアンナのことを階級の流動性を失った世界への挑戦者であると思う。その手法はともあれ、ね。
余談だけれど、この物語を見ていて、アンナの周りの人たちのことも気になった。
いつもつるみ、奢ってもらい、気前よく物を買ってもらったりもしていた人たち。
特に印象的だったのは、ファッション雑誌VanityFairに勤めるミーハーなレイチェル。
アンナからモロッコの超高級リゾートに誘われ、天にも舞い上がるほど浮かれていたレイチェルは、旅行先で地獄へと突き落とされる。アンナのクレジットカードがとうとう上限に達し、支払いができなくなったからだ。仕方なくレイチェルが会社のクレジットカードで全額立て替えることにするが、その「立て替え分」は戻ってこなかった。
本来ならば一人分ですら自分で支払うことができないような金額の旅行に、友達の財布で行くのはどんな気持ちなんだろうか。
ショウウィンドウから見ているだけだった洋服をポンっとプレゼントしてもらうのは?
高級スパでシャンパンを入れ、朝までパーティーしてスウィートに泊まるのは?
レイチェルやその他アンナの取り巻きに共通していたのは、おこぼれに預かって「得をしたい」という気持ちなのではないかと思った。
SNSの普及によって、普段なら接点のない階級の人々のライフスタイルが見れるようになり(その中には本物ではなくあくまでそう見せかけているだけの人もいるだろうけど)贅沢な世界が身近に感じられるようになったのだと思う。
お金を持っている人、万人受けするような美しい外見の人がどれほど贅沢や得をしている(ように見える)のか、そのことが不健全なまでに私たちに影響を及ぼしているように思える。
お金だけじゃなく外見に関しても似た傾向があると思う。
ここ数年、美容整形がメイクと同等の選択肢として検討のテーブルにあがるようになったと感じている。
綺麗な人・可愛い子がどれだけ得をしている(ように見える)のか。それがはっきりと可視化されてしまった。
アンナの物語を見ながらたくさんのことを考えていた。
私たちが今生きている社会は、とても複雑なんだろうと思う。
仕事や学校や家族だけの人間関係だけでなく、自分とは遠い世界の人、偽の情報や見せかけの世界からも影響を受けている。
誰かの欲望と自分の欲望を取り違えない賢さが必要だ。
そしてその上で自分の野望には忠実であること。「欲しいものは欲しい」と思うのはとても健全なことだよね。
目的もなく生きる人生が苦しいとき、野心が希望になり得る。
野心というと強欲さのニュアンスも感じるけれど、別の見方をすれば野心的であるということは良い未来を思い描くことで、生きる力でもあるのだと思う。
きっとその出発点は、私たちは私たちの望むものにふさわしいときちんと信じるところから。
私は恐れずに自分のためのスペシャルな未来を描いていく。
2023年、素敵なあなたはどんな一年にしますか?
AUTHOR
Gena
90年代生まれのボディポジティブモデル。11歳の頃から抜毛症になり、現在まで継続中。SNSを通して自分の体や抜毛症に対する考えを発信するほか、抜毛・脱毛・乏毛症など髪に悩む当事者のためのNPO法人ASPJの理事を務める。現在は、抜毛症に寄り添う「セルフケアシャンプー」の開発に奮闘中。
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