抜毛症のボディポジティブモデルの海外奮闘記|日本とは違う社会でモデルを目指すということ

 抜毛症のボディポジティブモデルの海外奮闘記|日本とは違う社会でモデルを目指すということ
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Gena
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2022-11-10

痛みも苦しみも怒りも…言葉にならないような記憶や感情を、繊細かつ丁寧に綴る。それはまるで、音楽のような言葉たち。抜毛症のボディポジティブモデルとして活動するGenaさんによるコラム連載。

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最近あまり気力がない。まぁ気力がないのはいつものことなのだけれど。

私って気力の出力を一定に保つことができない。

ある日はものすごく精力的にあれこれこなせるけれど、別のある日は点でだめだったりする。買い物を忘れ、連絡を返せず、昨日立てたはずの予定を横目にちらり。罪悪感もちらり。

普段からそんな感じの気まぐれ営業なので、住環境などががらっと変わるとさらに乱れる。

7月から私はパートナーと一緒にベルリンに住んでいる。ワーキングホリデービザというのを一念発起して取得したから。

ずっと海外で暮らしてみたいねって話をしていて、東京で雇われて働き続けることに限界を感じていた私たちは実行に移すことにした。

給料はずっと安いままなのに労働時間は長く、正社員ではなかったので住民税は自分で払わなければならず、老後の2000万円なんて程遠くて、良い未来が想像できなかった。

二人揃って仕事を辞め、家具を売り払い、家を引き払い、スマホ・電気ガスを解約して、住民登録を変更して、出発した。

行動力がすごいとか、よくそんなリスクを取れたねって友だちからは言われる。

でも私はパートナーと出会うまでの人生があまりに辛かったので、出会えただけでこの人生上がりみたいに考えている節があって、出会った先からの人生はもうボーナストラックだと思うことにしている。

だからやってみたいことにはできるだけ手を出すし、へんな我慢はしないようにしている。

私が海外に出た理由 

なぜ海外に出たかというとそれはチャンスがほしいと思ったから。

私は日本で抜毛症のボディポジティブモデルとして活動を始めて、1年ほどで大きな反響を得るようになった。

同じような苦しみを抱えている人がこれほどいること、私の想像をはるかに超えて応援してくれる人がいることがわかって、自分のために始めたこの活動の意義は案外深いのかもしれないと思えるようになった。 

抜毛症という深いトンネルを抜けてその先にある世界を見てみたい。

髪の毛が一部なくても格好良くなれること、こんな自分でも居場所があることをなによりも自分に証明したい。

モデルとして自分を起用されたいと思っている。

そしてそのチャンスは日本よりも海外のほうが多そうだと思った。

ベルリンにきてから、早速いくつかのモデル事務所に応募してみた。

海外のモデル事務所はいくつかの部門を用意してあるケースが多い。

女性モデル、男性モデル、少し年齢層が高いモデル(40代ぐらいが多いように見える)、Curveモデル(プラスサイズ)など。

いくつかの事務所はQueer(クィア)部門もあったりする。

私はいったいどこに当てはまるのだろうかとうろうろする。

私はプラスサイズではないし性自認も一致している。かといって一般のモデル部門に応募するには体重も重いし年齢も高い。

そばかすやすきっ歯は愛すべき特徴として広告のモデルなどでも見かけるけれど、それはスーパーモデルのようなスタイルありきの話なのかな? 

自分の所属がはっきりしなくても、チャンスはどこに転がっているかわからない。

そう思って片っ端から応募してみたけれど、いまだに良い連絡はない。

さすがにそんなにすぐに仕事が決まるとは思っていなかったので、これは1年かけて挑戦していきたいと思う。 

そんなことを決意しながらも生活するうちに、ベルリンでは東京ほど外見が大事ではないのではないかと思うようになった。

普段結んでいる髪の毛が割れて地肌が見えていたとしても、ほとんど人からの視線を感じない。

どれだけ肌をみせ、タトゥーを大胆に露出していても、私の体を舐め回すようにみたり、声をかけてくる人はいない。

服を褒められることもなければ、どこから来たの?と直接的に聞かれることもない。

外見を全く度外視している、もしくは外見で判断していないという訳ではないと思う。ただ、他者の外見について介入しないというルールが徹底されているんだと感じる。

そんな社会の中で、自分の他者とは違う外見を武器にして私はモデルになれるのだろうか。

私が日本でボディポジティブ活動していたことの大きな動機は、社会からのプレッシャーを跳ね除けたかったからだった。

自分で髪を抜くなんて普通じゃない。
こんな頭皮を晒して恥ずかしくないのか。
真実を告げずに黙っていなさい。
ウィッグをつけて普通に見えるようにするべき。

私はこういう社会からの声が聞こえる環境の中で育ち、大人になった。

もともと反骨心が強かったのでこういう言葉の全てにむかつき、同時に深く傷ついていた。

普通になれないのは私のせいじゃない。それに普通ってそんなにいいものなのか。

その社会からのプレッシャーに抗うことが私の大きな動機になっていたのだけれど。

ベルリンにきて早くもそのプレッシャーが軽くなったような気がしている。

ベルリン社会の風潮と、私が外国人であることも大きく関係していると思う。

これまで戦ってきた動機は、もう私の背を押してはくれない。

冒頭に書いた気力の低下は、おそらくこういったことも影響している。

これまでは世間の風潮と戦っていることで自分を鼓舞してきたような節があるけれど、ベルリンに来たことで私は次のフェーズに入ったのではないか。そんな気がしている。

肩の荷をおろして活動できるとも言えるけれど、その前に自分のバランスの取り方を調整しないといけない。そんな感じ。

同時に活動も続けて、ビザが切れる前に実績を残したい。

書き出してみると忙しないプランだな。

でも自分と新しい社会で感じていることについて、このコラムで言語化できたことは大きな前進のようにも思える。

もっと前に進みたい。新しい自分に会いたい。

自分のままできちんと働けるという自信を持った自分。

キャリアを自分の手で切り開いてきたと胸をはれる自分。それで生活していける自分に。

期待と不安がいつでも胸にある。30歳ってこんなもん?

見守ってくれたら嬉しいな。 

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AUTHOR

Gena

Gena

90年代生まれのボディポジティブモデル。11歳の頃から抜毛症になり、現在まで継続中。SNSを通して自分の体や抜毛症に対する考えを発信するほか、抜毛・脱毛・乏毛症など髪に悩む当事者のためのNPO法人ASPJの理事を務める。現在は、抜毛症に寄り添う「セルフケアシャンプー」の開発に奮闘中。



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