やっぱり私、抜毛症を直したい。|抜毛症の私が考える、ボディポジティブ 2.0【後編】
痛みも苦しみも怒りも…言葉にならないような記憶や感情を、繊細かつ丁寧に綴る。それはまるで音楽のように、痛みと傷に寄り添う。抜毛症のボディポジティブモデルとして活動するGenaさんによるコラム連載。
私には抜毛症という自分の毛髪を抜いてしまう病気がある。
11歳のときに発症し、それは30歳の今でも続いている。
そしてここ2,3年は、「抜毛症のボディポジティブモデル」を名乗って活動してきた。
名乗った際に相手からすんなり理解してもらえることは少ない。
ボディポジティブを知らない人もいるだろうし、知っていても普通は体型のことが頭に浮かぶだろう。
ボディポジティブが目指すのはありのままの自分の身体を愛すること。
プラスサイズモデルなどはその代表格だ。
今回のコラムでは、なぜ私が抜毛症とボディポジティブを結びつけて活動しているのか、そこにどんな意味があるのかということを書きたいと思う。
大きなコンプレックスを抱えている人、自分をもっと愛したい人に読んでもらえたら嬉しい。
【前編】
<1>抜毛症であるということ
<2>そもそもボディポジティブってなに?
<3>自分の価値を信じられるようになるまで
<4>身に起きた変化
<5>自分を愛するといっても
【後編】
<6>スーパーモデル以外の体型のモデルに対する嫌悪
<7>ボディポジティブの持つネガティブな側面
<8>ボディポジティブのその先へ やっぱり私、抜毛症を治したい。
6|スーパーモデル以外の体型のモデルに対する嫌悪
私にはいいことだらけに思えるボディポジティブだけど、世の中にはこれに対する批判もある。
批判を紹介する前に、ボディポジティブもしくはプラスサイズという言葉が一定の人たちの反感を買っている事実をお見せしたいと思う。
Googleで「ボディポジティブ」+スペースを入力すると、「不健康」「言い訳」という組み合わせがサジェストされる。
「プラスサイズモデル」の場合は更に露骨な「いらない」とか「嫌い」という言葉が。
ふくよかな女性がモデルを名乗ることに対する意地悪な反感がいかに多いかがわかる。
Twitterでもしょっちゅう炎上しているのを見かける。叩いているのは細さや筋トレに固執しているような女性か、自分が選ぶ側だと信じて疑わない男性たちだ。
ボディポジティブという言葉が私たちを鼓舞する一方で、別のグループの人々を大いに刺激している事実がある。
炎上の炎の強さは、ある種の人がどれほど強く「細い=美しい、モデルと名乗っていい」を信じているのかを示しているんだと思う。
価値観の違いといえば聞こえはいいけれど、別の価値観を持つ他者を全力で叩くほどだとすれば、それはもう嫌悪だと思う。
英語では fatphobia(ファットフォビア)、太っていることや太っている人に対する嫌悪感を表す言葉がある。
ボディポジティブの中でも王道の体型の例をあげたけれど、抜毛症がもっと浸透すれば抜毛症に対する直接的な批判や嫌悪感も出てくるだろうと思う。
髪の少ない女優はテレビに映らないし、たとえばもっと身近な症状であるアトピーのある人も画面越しにはほとんど見かけない。
言葉にされていないだけで、多くの外見に関する排他的な基準が社会の中に働いている。
ボディポジティブを嫌悪する人は自分を例外だと思っているか、自分の人生の主役になることを諦めて完全に脇役になったつもりでいるのではないかと思う。
7|ボディポジティブの持つネガティブな側面
先日YouTubeを見ていたところ、先述のアメリカのプラスサイズモデル、テス・ホリデイとボディポジティブを批判する動画に出会った。
その内容は「嫌悪感」とは角度の違う建設的な反対意見だと思ったし、抜毛症のボディポジティブにも大いに関係するものだと思ったので、ここで紹介したい。
ちなみに今回のコラムで私が一番書きたかったのはこの章だったりする。
この動画の製作者のKianaは、近年の一部のプラスサイズモデルの台頭や、Health at Every Size(健康のためのダイエットよりも、肥満の人々に対する偏見を軽減しようとする公衆衛生的なアプローチ)は、究極的には「肥満は危険ではない」という結論を生みかねないが、すでに多くの人々が信じる考え方になりつつあるという。
それに一役買っているのがテス・ホリデイであると彼女は指摘する。
テス・ホリデイはプラスモデルとして初めて大手のモデル事務所に所属し、世界で一番大きなスーパーモデルと呼ばれている。タイムマガジンの選ぶもっとも影響力のあるインフルエンサーの一人に選ばれ、現在のインスタグラムのフォロワー数は262万人と大人気だ。
Kianaの指摘は【そんな彼女がテレビのトークショーや雑誌のインタビューなどで度々「自分は完璧に健康」と発言しているが、少なく見積もってもBMI49の”病的な肥満”と健康は両立しえない。彼女のようなモデルを起用することは肥満に対する賞賛であり、彼女の影響力の大きさを考えると多くの人の健康を害することにつながる】 という意見だ。
さらにこの動画の後半では、極度の肥満がどれほど健康上の危険を伴うのかをいくつもの例を挙げて紹介している。
この動画を見終わったあと、これまで考えてこなかったボディポジティブは真に健康的なのかという問いに唸った。
個人的には、そもそもボディポジティブは画一的で排他的な美の基準に対するカウンターカルチャーとして出てきた概念だと理解していて、あくまで精神的な健全さや価値観の話だと思っていた。
美しくない、醜いと扱われてきた人々が、自分の美を信じられるようになること。
その自己肯定的な変化こそがボディポジティブの真髄であると思う。
ただ発祥地のアメリカではボディポジティブは精神論に留まらず、プラスサイズ市場の大きさと相まって莫大な利益を生むようになり、商業色が増し、モデルたちの影響力が増したことで今回のような指摘が出てきたんだと思う。
精神的な健全さで広がってきた文化が、最近になって肉体の健康という側面にも注目されるようになった。
思わず抜毛症と結びつけてきた自分のボディポジティブの活動を振り返った。
私の活動は健康的であっただろうか。
はっきりしているのは、私の長年の抜毛症によってどうしようもなく低くなってしまった自尊感情を助けてくれたのは、ボディポジティブという考え方だった。
私はきっと一人で考えていては今のように自分を受け入れることができなかったと思う。
深いコンプレックスや社会からの偏見と戦い、そして輝いている姿を見せてくれた存在がいるからこそ、この道を進もうと決心することができた。
世間からの批判を浴びながらも活動を続けてきた先人たち、そしてボディポジティブという概念に出会えたことに感謝している。
※この動画制作者のKianaは一部の「大きすぎる」モデルの活動を批判しており、ボディポジティブそのものやプラスサイズモデル全員を批判しているわけではない。ただし、どこまでを健康的と捉えるかの線引きは曖昧だとしている。
8|ボディポジティブのその先へ やっぱり私、抜毛症を治したい。
セルフネグレクト気味な思考や希死念慮が消えず、地獄のような状態だったメンタルから抜け出すための入り口として、ボディポジティブは大きな役目を果たしてくれた。
ただ、ボディポジティブモデルを名乗り始めたとき、私は髪を抜く行動を治そうとは思っていなかった。
というのも「髪の毛を抜かない努力」がどれぐらい無意味なものかをよ〜く知っていたからだ。
学生時代に何度何度もも髪を抜くのをやめようとして様々な工夫をしてきた。家の中で帽子をかぶったり、すべての指に絆創膏を巻いたり、小さなおもちゃを手慰みにしたり。
どれも抜毛衝動の前には全く役に立たなかった。
親に腕を縛られていた人の話も知っているけれど、その人はそれでも治らなかったそうな。
ある意味では当然のことだと思う。
抜毛症は精神由来の症状であり、意思の弱さの問題ではないからだ。
髪を抜く行為は結果にすぎず、その行動を引き起こす原因を無視しても意味がない。
心の奥底の問題を解決しない限り、抜毛症は解決しないという強い実感があった。
というわけで当初の私が目指したのは抜毛の有無よりも、「抜毛症である自分を受け入れること」だった。
活動を続けていく中でそれはちょっとずつ現実になった。
髪を抜いてしまう自分を許せるようになり、一部の髪がない状態の自分を認めてあげられるようになった。
何も諦めずに、自分の人生をちゃんと生きようとさえ思えた。
そしてここ一年ほどは、自分のこともすっかり受け入れつつ、けれども習慣化した抜毛行為は続けているような状態だった。でも頭のどこかで、これは目指していた状態なのかというぼんやりとした疑問が常にあった気がする。
今回の批判を目にして自分のこれまでの疑問が明確になり、私も自分のスタンスも振り返る必要があるなと感じた。
抜毛症の精神的な呪いからは逃れられたとはいえ髪を抜き続けるのは健康的じゃないし、髪を抜くことでしか自分のバランスを取れないのも成熟した大人として健全なことではない。
ストレスに身を削ることなく生きたい。
自分の身体を慈しみながら歳を重ねたい。
やっぱり私、抜毛症を治したい。
当たり前だと思われるだろう結論に、長い回り道をしながらようやくたどり着いた。
自分を受け入れる期間を経て、ボディポジティブの先にある私の道が見えてきた気がする。
人生は長く、セルフラブジャーニーの道のりもまたしみじみするほど長いのね。
私は自分のこの変化が、蕾が開くようなものであることを願ってる。
どうしても今回、自分の思考と行動の変化を改めて言語にして記録しておきたかった。
私のボディポジティブモデルとしての使命の一つは、不可解な部分の多い抜毛症を言葉にすることだと思うようになったから。
同じように苦しむ誰かの生きる道の先の明かりの一つになれたら嬉しい。
私の開発した抜毛症の方に寄り添うセルフケアのための固形シャンプーも、よければ応援をよろしくお願いします!
AUTHOR
Gena
90年代生まれのボディポジティブモデル。11歳の頃から抜毛症になり、現在まで継続中。SNSを通して自分の体や抜毛症に対する考えを発信するほか、抜毛・脱毛・乏毛症など髪に悩む当事者のためのNPO法人ASPJの理事を務める。現在は、抜毛症に寄り添う「セルフケアシャンプー」の開発に奮闘中。
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