「行動のヨガ」本当の自分に気づき、輝く人生を手に入れよう

「行動のヨガ」本当の自分に気づき、輝く人生を手に入れよう

Laura Riley
Laura Riley
2018-02-24

2. 行動する

いったん自分の感じていることに気づいたなら、自分が見出したものをどうすればいいだろう。自分に対して明らかにされた選択肢をどうしたらいいだろう。あなたが得た自己についての知は、あなたに選択の機会を与えている。ここで振る舞いを変えるのか、それとも既に自分の役に立っているものだからやり続けるのか。その選択である。


振る舞いを変えるためには、意図と行動とをはっきりとさせることが必要だ。具体的にいうと、振る舞いを変えるのには、しばしばわざと正反対の行動をとることが必要になってくるのである。この「正反対の行動」というのは、自制心、気持ちを開くこと、判断を保留にすること、忍耐力、境界設定などを必要とする。もし、なんらかの人間関係や経験があなたの役に立っていないのなら、逆の行動をしてみて何が起きるか確かめてみてはどうだろう。


たとえば、私は何か会話をしなくてはならないと感じ取ることはできるが、本当のところ、ずっと遠くへ逃げてしまいたい。ときどき、なにか会話をしなくてすむいい理由はないものか、心のなかでちょっとした問答をしてみることがある。私はこの不安感が、ある感覚から来ているのを認める。自分の体のなかで生じた自分の初動反応から、その感覚が何であるのかということに気づき、逆の行動へ移って、会話をする。


これが予期学習の代わりとなる経験的学習の形態である。リスクはない。せいぜい、なにかいつもと違ったことをする心地悪さぐらいだ。うまくいけば、自分にとって役に立つ振る舞い方、あるいは他者との関わりにおける効果的なやり方を学ぶことができる。どちらにせよ、やってみなければなにも分からない。

 

3. 内面化する

スワディヤーヤを通じて、自分自身の内部に滞在してみることによって、活動主義を内面化していく。このことが意味しているのは、あなたが世捨て人になるだとか、自分の頭のなかで堂々巡りをしてさまようだとかいったことではない。むしろその反対だ。自分の頭のなかから飛びだすのだ。


自分自身の内部に滞在するというのは、目には見えない自分自身の中心へと向かって旅をすることなのだ。私は自分の臓器を自分で今ある場所に据えたのではない。解剖学的にいうと、美味しいものは全部まとめてだいたい体の真ん中にあるということになる。とはいえ、ここで私が言いたいのはそういうことではない。私たちはたくさんのやり方で目には見えない自分自身の中心へと旅することができる。 自分の犬を腕に抱いて、優しくなでるそのときに、私は自分の中心にあるもの、自分の核を呼び覚まされている。なぜか。それは私が犬たちのことを大事に思っているからだ。彼らに愛を示しているからだ。お腹をなでさせてくれることで、彼らも私に愛を示してくれているのかも知れない。このようにして私は自分自身につながり直すことができる。座って、目を閉じ、ゆるやかに呼吸をするとき、自分がもういちど現れる。パートナーがいつもよりちょっとだけ長く抱きしめてくれるとき、私はまた自分に出合える。


気づくことを選ぶ。行動することを選ぶ。あなたはあなたでしかあれないし、あなたであることで十分なのだ。そのことを受け容れよう。こうやって自分の内側の生に向き合うことで、あなたはこれから先の人生を、あなたが本当にそうであるところのものとして生きられるようになるのである。

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Translated by Miyuki Hosoya

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